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第6章 寝返りは青薔薇の香り
6-15.報告はラベンダーを添えて
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様々な薬草が花を咲かせる庭で、美しい少女がラベンダーを摘んでいる。栗毛の彼女は、教会の聖女として崇められる存在だった。リリーアリス姫、シュミレ国の第二王女である。少女が花を摘む少し後ろで、長いプラチナブロンドの魔女が菫色の瞳を見開いた。
「あらまあ」
届けられた情報に声が漏れた。予想外というか、ある意味想定内というべきか。時期尚早な気もするが、それだけ相手も追い詰められたのだろう。情報通の魔女は、にっこり笑って指示を出した。背丈のあるハーブの間に紛れた配下は、一礼して姿を消す。
「ドロシア、これをお願い」
精油を作るのだと大量に刈り取ったラベンダーを揺らして呼ぶリリーアリスに、ドロシアは柔らかな笑みを浮かべて近づいた。受け取ったラベンダーの陰で、愛しい少女の頬にキスをする。親愛の情と呼ぶには、少しばかり色のついた感情が滲む。
「お預かりしますわ」
「……っ、ドロシア!」
「人前ではしておりませんわよ。花が見ていただけですわ」
約束を破ったわけではないと屁理屈をこねる魔女は、長い髪を風に揺らしながら笑った。淡い紫のラベンダーは、まるでリリーアリスの瞳の色のようだ。この国で紫の瞳は神や悪魔に魅入られた証として、敬われ厭まれてきた。
ラベンダー色の淡い聖女の瞳と、菫色の深い魔女の瞳が絡み合う。先に逸らしたのは聖女だった。主に対して親愛の情が強いだけと自分に言い聞かせ、リリーアリスは深呼吸する。ラベンダーの爽やかな香りがふわりと鼻先をくすぐった。
「今回は、随分たくさん必要ですのね」
「……エリヤのお願いですから、多めに送ってあげたいの」
弟である少年王の頼みとなれば、リリーアリスは労力を惜しまない。なるほどと納得しながら、魔女は笑顔で頷いた。
手紙にはラベンダーが添えられていた。
「僕は伝書鳩じゃないのに」
愛しい美女から届いた手紙に心躍らせるのは、貴族でも平民でも同じ。そして内容が色気のない情報だったとき、項垂れるのも同じだった。ぼやくエイデンは肩を落とすが、情報が書かれたメモを手に廊下を歩く。
国王の執務室の前で、衛兵に取り次ぎを頼んだ。すぐに開かれた扉の中で、恋人達が色気のない会話をしている。
溜まった書類を片づけた際、足元から拾われた1枚はアルベリーニ辺境伯からの要請書だった。床に落ちて見落としたのだが、この単純なミスが国のかじ取りにとって致命傷になる可能性もある。書類を確実に手元で処理するための方法を検討しているようだった。
他国ならば、書類を回した文官が叱責されクビを切られて終わりの案件だ。しかし優秀な彼らは、無能を公言する手法を取る気はなかった。どうすればミスを減らせるのか、その1点のみを真剣に考えている。
「エイデン、書類の通し番号を付ける案はどう思う?」
執政に意見を求められ、アレキシス侯爵家の跡取りは少し考え込んだ。面倒だが、確かに番号が抜けていれば気づくのが早くなる。しかし順番通りに処理しなければならないという問題も発生するはずだ。緊急性に合わせて番号を振るのは難しいだろう。
「緊急性の順で番号を振るのが難しいんじゃない?」
「やっぱりそこか」
同じ問題にぶち当たっていたウィリアムが唸る。分かっているなら聞くなと言いたいが、それより早くエリヤが声をあげた。
「最初に出した、色分けと枚数だけの案が確実だな」
緊急性によって複数の色分けを決める。赤が3枚、黄色が2枚と書類の枚数を管理すれば抜けがあっても発見しやすく、緊急度に合わせた対応も可能だ。結論付けたエリヤに「それでいくか」とウィリアムも納得した。
「ところで、何か用事があったのか?」
問われて、エイデンは取り出したメモをウィリアムに手渡した。
「ドロシアから」
ぶっきらぼうな口調になってしまうのは仕方ない。想い人からの手紙に期待しながら開けたら、伝書鳩扱いで書類を運ぶよう指示されたのだから。その裏にある意味や想いを知るウィリアムは苦笑いし、気づかないエリヤは首をかしげた。
「……エリヤ。アスター国の宰相が寝返った」
「あらまあ」
届けられた情報に声が漏れた。予想外というか、ある意味想定内というべきか。時期尚早な気もするが、それだけ相手も追い詰められたのだろう。情報通の魔女は、にっこり笑って指示を出した。背丈のあるハーブの間に紛れた配下は、一礼して姿を消す。
「ドロシア、これをお願い」
精油を作るのだと大量に刈り取ったラベンダーを揺らして呼ぶリリーアリスに、ドロシアは柔らかな笑みを浮かべて近づいた。受け取ったラベンダーの陰で、愛しい少女の頬にキスをする。親愛の情と呼ぶには、少しばかり色のついた感情が滲む。
「お預かりしますわ」
「……っ、ドロシア!」
「人前ではしておりませんわよ。花が見ていただけですわ」
約束を破ったわけではないと屁理屈をこねる魔女は、長い髪を風に揺らしながら笑った。淡い紫のラベンダーは、まるでリリーアリスの瞳の色のようだ。この国で紫の瞳は神や悪魔に魅入られた証として、敬われ厭まれてきた。
ラベンダー色の淡い聖女の瞳と、菫色の深い魔女の瞳が絡み合う。先に逸らしたのは聖女だった。主に対して親愛の情が強いだけと自分に言い聞かせ、リリーアリスは深呼吸する。ラベンダーの爽やかな香りがふわりと鼻先をくすぐった。
「今回は、随分たくさん必要ですのね」
「……エリヤのお願いですから、多めに送ってあげたいの」
弟である少年王の頼みとなれば、リリーアリスは労力を惜しまない。なるほどと納得しながら、魔女は笑顔で頷いた。
手紙にはラベンダーが添えられていた。
「僕は伝書鳩じゃないのに」
愛しい美女から届いた手紙に心躍らせるのは、貴族でも平民でも同じ。そして内容が色気のない情報だったとき、項垂れるのも同じだった。ぼやくエイデンは肩を落とすが、情報が書かれたメモを手に廊下を歩く。
国王の執務室の前で、衛兵に取り次ぎを頼んだ。すぐに開かれた扉の中で、恋人達が色気のない会話をしている。
溜まった書類を片づけた際、足元から拾われた1枚はアルベリーニ辺境伯からの要請書だった。床に落ちて見落としたのだが、この単純なミスが国のかじ取りにとって致命傷になる可能性もある。書類を確実に手元で処理するための方法を検討しているようだった。
他国ならば、書類を回した文官が叱責されクビを切られて終わりの案件だ。しかし優秀な彼らは、無能を公言する手法を取る気はなかった。どうすればミスを減らせるのか、その1点のみを真剣に考えている。
「エイデン、書類の通し番号を付ける案はどう思う?」
執政に意見を求められ、アレキシス侯爵家の跡取りは少し考え込んだ。面倒だが、確かに番号が抜けていれば気づくのが早くなる。しかし順番通りに処理しなければならないという問題も発生するはずだ。緊急性に合わせて番号を振るのは難しいだろう。
「緊急性の順で番号を振るのが難しいんじゃない?」
「やっぱりそこか」
同じ問題にぶち当たっていたウィリアムが唸る。分かっているなら聞くなと言いたいが、それより早くエリヤが声をあげた。
「最初に出した、色分けと枚数だけの案が確実だな」
緊急性によって複数の色分けを決める。赤が3枚、黄色が2枚と書類の枚数を管理すれば抜けがあっても発見しやすく、緊急度に合わせた対応も可能だ。結論付けたエリヤに「それでいくか」とウィリアムも納得した。
「ところで、何か用事があったのか?」
問われて、エイデンは取り出したメモをウィリアムに手渡した。
「ドロシアから」
ぶっきらぼうな口調になってしまうのは仕方ない。想い人からの手紙に期待しながら開けたら、伝書鳩扱いで書類を運ぶよう指示されたのだから。その裏にある意味や想いを知るウィリアムは苦笑いし、気づかないエリヤは首をかしげた。
「……エリヤ。アスター国の宰相が寝返った」
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