【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!

文字の大きさ
88 / 102
第6章 寝返りは青薔薇の香り

6-18.有能ならば、噂すら操り味方につけるもの

しおりを挟む
 弟が側近と物騒な会話を楽しんでいた頃、聖女は魔女とお茶を飲んでいた。

「久しぶりですわね、リリーアリス様」

 お茶会が、ではない。ここ数ヶ月は戦後の処理でごたごたしていたため、王城へ足を運ぶことを控えたのだ。向かえば歓迎してくれるので、彼らの負担になるとリリーアリス側が自粛した。またウィリアムの行方不明事件を知った教会が、治安の悪化を理由に外出を許さなかった事情もある。

 聖女は教会の宝であり、もっとも重要視される人物だ。そんな女性が、万が一ケガや誘拐などの事件に巻き込まれれば……考えるだけでも恐ろしい事態だった。信者達は暴走し、教会を襲う可能性も出てくる。保身と平穏を望む教会は、彼女の外出願を受け付けなかった。

 隣国アスターが拉致したウィリアムが戻り、新たな戦争の前である今が最高のタイミングなのだ。ここを逃すとしばらく外出禁止になりそうだった。弟に会いたいと口にしたリリーアリスのため、多少の情報操作を行った魔女は、菫色の瞳を細めて笑う。

「ラベンダーの精油も集まったし、エリヤに花束も持っていきたいわ」

「同じラベンダーになさいますの?」

「そうね。あの子は紫色が好きだから」

 すべてを奪われ続けてきた少年王が望んだ己の片割れも、唯一手元に残った大切な家族である姉も。どちらも紫の瞳を持っている。青紫のウィリアム、高貴な紫のリリーアリス――エリヤの宝物である2人によく似た菫色の瞳を持つドロシアは穏やかに茶菓子を勧めた。

「出立は明日にいたしましょう。もうすぐお祈りの時間ですわ」

 窓の外はやや日が陰り、周囲を赤く染めつつあった。これから暗くなる時間に外へ出ることもあるまい。他国にとって聖女は手に入れたい必須の人物であり、狙われ続ける彼女を守るのに教会ほど適した場所はなかった。

 男子禁制、女性だけの園は部外者を排除するのに向いている。修道女であっても顔をさらす教会内は、見知らぬ者が簡単に入り込むことは出来ず、一番奥の花園に入れるのは両手に足りる信頼を得た者だけ。鎖された空間で守りの要となる魔女は、整った顔に笑みを浮かべた。

「朝摘みのラベンダーがいいわ」

「素敵ですわね、お手伝いいたします」

 朝の新鮮なハーブの香りを漂わせる王女を想像しながら、ドロシアは紅茶を口に運ぶ。頭の中は護衛のために必要な手順と情報を整理し、手配すべき項目を洗い出していた。






「軍部の書類課、ですか」

 自国を見捨てて寝返った男は、嬉しそうに声を弾ませた。ウィリアムの執務室に呼ばれたアスター国の宰相は、初老に差し掛かる年齢だ。自分の息子より若い執政の前で、感情をあらわにする。その姿に、ウィリアムは笑顔で頷いた。

「優秀な方だとお伺いしておりますからね。我が国は能力に応じた役職や地位を与えるのが流儀、ご満足いただけたようで嬉しいかぎりです」

 外向きの笑顔で彼を送り出す。白髪交じりの男を見送って、自ら扉を閉めて寄り掛かる。おかしくなって肩が揺れた。

「楽しそうだな」

 続き部屋から入り込んだエリヤは、自分も口元を緩めながら揶揄う。三つ編みの穂先をくるりと回し、ご機嫌のウィリアムはすたすたと歩み寄った。執務机の椅子に沈む主の黒髪にキスを降らせ、机の端に腰掛ける。

「あんなに単純で、本当に……噂なんて当てにならないな」

 事前にドロシアから話を聞いていなかったら、何かの罠を疑ったくらいだ。優秀だと吹聴された噂と裏腹に、単純すぎて騙し甲斐がなかった。しかし手を抜くつもりもない。足元の蟻を踏みつぶすにしても、全力を尽くすのがウィリアムの流儀だった。

「お前の噂も派手だぞ」

「おやおや、噂に惑わされるような主君じゃないだろ?」

「失望されない程度に有能なつもりだ」

 謙遜にならない返しに、ウィリアムが笑いながら頬にキスをくれた。ぷくっと唇を尖らせて不満を表明するエリヤに「まだ子供だけどね」と囁いて、唇を重ねる。

「そろそろリリーアリス姫が着く頃じゃないか?」

「出迎えるぞ」

 キスの甘い雰囲気も、悪だくみする子供の顔も、両方消し去ったエリヤの無邪気な顔にウィリアムは両手を上げて降参した。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた

BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。 「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」 俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

炎の精霊王の愛に満ちて

陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。 悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。 ミヤは答えた。「俺を、愛して」 小説家になろうにも掲載中です。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

処理中です...