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第3章 魔王城を目指す覚悟

70.勇者と賢者の旅立ち

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 魔王城へ向かう勇者一行は、準備を整えるのに5日を要した。国王の厚意と配慮でかなり短縮したのだが、セージはイライラしながら過ごした。妹が魔王に拐われて9日も経過している。

 愛らしいあの子が、魔族の中で怯えていないだろうか。酷いことをされていないか。もしかしたら泣きながら父や兄を呼んでいるのでは? 考えるほどに眠れなくなる。

 目の下の隈が濃くなるたび、リアトリスはあの手この手で眠らせた。薬を盛られたこともあり、昨夜は熟睡したが……なぜか見送りの侍女の目が温かい。両手を組んで拝むのはやめて欲しかった。

 理由に気づかぬまま、セージは先代勇者の剣をベルトに下げて馬に乗る。隣に並ぶ賢者リアトリスは、王太子時代の慣れがあるようで人目をさらりと流す。自然に手を振って、見送りの国民たちに応えた。

「急ぎたい」

 本音を告げれば、歓声の中で聞き取ったリアトリスが風を使い、返答を届けた。

「……都を出るまで我慢してくれ。人目が減れば、薔薇石の指輪が示す聖女様まで最短距離で向かう」

 魔王城内にいるのは間違いないと考えるセージだが、リッピア男爵家は方向音痴だ。母リナリアは問題ないが、父や弟は特に危ない。普段は決まったルートを回るだけの行商なので問題ないが、新規顧客が増えると事件だった。1日の距離が3日経ってもたどり着かないと思ったら、地図を逆さに見て逆方向へ進んでいたこともある。

 彼らよりマシだと思うが、セージは己の方向感覚を過信しない。一秒でも早くクナウティアに合流するには、聖女を示すリアトリスの指輪が必要だった。

「仕方ない、お前(の指輪)は必要だ」

「ああ、(戦力として)頼りにしてくれ」

 リアトリスが指輪を譲ってくれれば、セージに彼は必要ない。しかし王家の宝である、聖女の指輪を手放す王子ではなかった。食料品や後方支援の騎士の存在もあり、妥協したセージは溜め息をつく。

 戦力として頼られた。そう考えるリアトリスの口元が緩む。圧倒的な強さを持ち、聖女の兄にふさわしい人格者であるセージを、リアトリスは好ましく思っていた。もちろん恋愛感情ではなく、側近として治世を支えて欲しい欲だ。

「……王太子、じゃなくリアトリス殿下は……その」

「まさか、違うだろ」

 風が前から後ろへ吹いているため、付き従う騎士達に会話が届く。途切れ途切れの声を繋いで、数人が顔を引きつらせた。男色家の濡れ衣をかけられた王子は、そんな疑惑は露知らず民に手を振る。

「気を引き締めた方が良さそうだ」

「ああ、必ず無事に帰ろう」

 頷きあう騎士達の会話は、魔王退治に関する覚悟であり……同時に賢者となった王子に尻を狙われないようにと、間違った方向にも向いていた。全員が適度に誤解と勘違いに塗れ、仮の勇者一行は魔王城を目指す。

 その先に女神ネメシアのご加護があらんことを……祈る国民達に見送られ、彼らは魔王城へ続く深い森へ足を踏み入れた。
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