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廻(めぐ)りⅠ
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「——容体は?」
セルゲドは無言だった。
灰の混じった白馬の首を、ずっとなぜたまま。ギョロ目のきつい目を赤くし、鼻をすすっている。
異変に気付いた執事が厩舎に顔を出し、目顔でおれに問う。
おれは、セルゲドに見舞われた伯爵家の馬に顔を向けた。
執事が馬に近づき、膝を折る。
馬のたてがみに手を添え、
「…助かりませんか?」
セルゲドが、こく、とうなずく。
「…運がよけりゃ、助かりますが……薬もない」
「村には?」
おれの声に、大人二人が振り返る。
「知り合いの馬が倒れた時、薬で治ったって。まだ、残ってるかもしれない」
おれは、厩舎の壁にかかった外套をひっつかみ、
「これ、借りるぜ?」
と、デカいセルゲドの外套を着込む。朝の雪かきで、おれの外套はまだ乾いてなかった。
ぶかぶかの袖をまくり、城の前庭を抜けようとした時。腕をとられ引き留められた。
伯爵だ。
「どこに?」
「村だよ。あんたの馬にやる薬を調達しに」
「…日暮れまでには」
「——帰るよ。二度はごめんだ」
おれは走り出した。
太陽が真横にある。
村までの雪道を、ひたすら歩き進んだ。
**********
銀に光る鏡の面を、食い入るように覗く。
これから起こるであろう、ひと幕劇に、ロゼーは、ほくそ笑んだ。
もうすぐで、望みが叶う。
部屋の床に突き立てた、対の短剣を振り返る。
「あと少しで…彼は、ここへやって来る」
**********
走り去る背中を、本当は呼び止めたかった。
「これは…、ルシウス様」
執事が、驚いた顔を見せる。
「そう、驚くことか?」
笑みが零れた。だが、それだけ、心配をかけていたということだ。
「蔵からワインを——全部だ」
執事は目を見張り、しかし、何を問うこともなく、酒蔵へ姿を消した。
厩舎からセルゲドも顔を出し、玄関に、いくつもの酒樽が並ぶ。
「——火を」
樽の口に、松明で火を放つ。
燃え盛るそれを、呪われたバラの園へ全て放つ。
樽が壊れる音。やがて、のろのろと煙が上がる。
どこからか、断末魔の声が上がり、瞬く間に火は広がる。
「……」
燃えていく。
すべて。
**********
起き抜けの顔で、赤毛の男が頭を掻く。
「薬?」
「そうだ。春に、ニールのやつからもらってただろ」
ああ…、とあくび混じりに返事をして「それが?」と、だらしなくシャツの開いた胸を掻く。
「まだあったら分けて欲しい」
「……いいけど、タダじゃなぁ」
手が伸びてきて、顎をすくわれる。——振り払っていた。
相手が、驚いたように目を見開く。
一番驚いていたのは、おれだ。
なんてことない。手も、目も。
今まで何度もそうされてきた。そう、見做されてきた。
「…へえ?」
キッと睨むと、おぉコワ、と両手を上げ、
「ま、いいぜ。持ってきな」
と、家の中に姿を消す。
「ーーベル」
耳が立つ。
振り返らなくてもわかる。噂をすると影が立つ。
「ベル、もっとよく顔を見せて下さい。心配していましたよ。無事な顔を見られて良かった。神に感謝をーー」
違和感のある言葉に「なんです?」と、見上げれば、神父が顔を曇らせた。
「…実は」
**********
アランは、燃え盛る前庭を、馬で一気に駆け抜けた。
続く部下たちの口から、野太い鬨の声が次々に上がる。
セルゲドは無言だった。
灰の混じった白馬の首を、ずっとなぜたまま。ギョロ目のきつい目を赤くし、鼻をすすっている。
異変に気付いた執事が厩舎に顔を出し、目顔でおれに問う。
おれは、セルゲドに見舞われた伯爵家の馬に顔を向けた。
執事が馬に近づき、膝を折る。
馬のたてがみに手を添え、
「…助かりませんか?」
セルゲドが、こく、とうなずく。
「…運がよけりゃ、助かりますが……薬もない」
「村には?」
おれの声に、大人二人が振り返る。
「知り合いの馬が倒れた時、薬で治ったって。まだ、残ってるかもしれない」
おれは、厩舎の壁にかかった外套をひっつかみ、
「これ、借りるぜ?」
と、デカいセルゲドの外套を着込む。朝の雪かきで、おれの外套はまだ乾いてなかった。
ぶかぶかの袖をまくり、城の前庭を抜けようとした時。腕をとられ引き留められた。
伯爵だ。
「どこに?」
「村だよ。あんたの馬にやる薬を調達しに」
「…日暮れまでには」
「——帰るよ。二度はごめんだ」
おれは走り出した。
太陽が真横にある。
村までの雪道を、ひたすら歩き進んだ。
**********
銀に光る鏡の面を、食い入るように覗く。
これから起こるであろう、ひと幕劇に、ロゼーは、ほくそ笑んだ。
もうすぐで、望みが叶う。
部屋の床に突き立てた、対の短剣を振り返る。
「あと少しで…彼は、ここへやって来る」
**********
走り去る背中を、本当は呼び止めたかった。
「これは…、ルシウス様」
執事が、驚いた顔を見せる。
「そう、驚くことか?」
笑みが零れた。だが、それだけ、心配をかけていたということだ。
「蔵からワインを——全部だ」
執事は目を見張り、しかし、何を問うこともなく、酒蔵へ姿を消した。
厩舎からセルゲドも顔を出し、玄関に、いくつもの酒樽が並ぶ。
「——火を」
樽の口に、松明で火を放つ。
燃え盛るそれを、呪われたバラの園へ全て放つ。
樽が壊れる音。やがて、のろのろと煙が上がる。
どこからか、断末魔の声が上がり、瞬く間に火は広がる。
「……」
燃えていく。
すべて。
**********
起き抜けの顔で、赤毛の男が頭を掻く。
「薬?」
「そうだ。春に、ニールのやつからもらってただろ」
ああ…、とあくび混じりに返事をして「それが?」と、だらしなくシャツの開いた胸を掻く。
「まだあったら分けて欲しい」
「……いいけど、タダじゃなぁ」
手が伸びてきて、顎をすくわれる。——振り払っていた。
相手が、驚いたように目を見開く。
一番驚いていたのは、おれだ。
なんてことない。手も、目も。
今まで何度もそうされてきた。そう、見做されてきた。
「…へえ?」
キッと睨むと、おぉコワ、と両手を上げ、
「ま、いいぜ。持ってきな」
と、家の中に姿を消す。
「ーーベル」
耳が立つ。
振り返らなくてもわかる。噂をすると影が立つ。
「ベル、もっとよく顔を見せて下さい。心配していましたよ。無事な顔を見られて良かった。神に感謝をーー」
違和感のある言葉に「なんです?」と、見上げれば、神父が顔を曇らせた。
「…実は」
**********
アランは、燃え盛る前庭を、馬で一気に駆け抜けた。
続く部下たちの口から、野太い鬨の声が次々に上がる。
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