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第14話 呪い
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クリムゾンドラゴンが放ったブレスのせいで辺りは全てが吹き飛び燃え盛っている。そこに立つのは人間1人とここを更地にした巨大なドラゴン。
思い出す。あの自分がまだまだ未熟で守ると約束した相手すら守れず無力だったあの頃を。確かその時もこんな感じで絶望的な状況だったっけなと。
あの頃の自分には力がなかった。誰かを守ってやれるほど強くなかった。何もしてこなかったわけでもなく、ただひたすらに自分に才能がなかっただけ。そりゃ一般人からして見れば十分な強さがあったのかもしれない、そこら辺のモンスター程度であれば負けることもなかった。けど、それでもシンはどうしても『勇者』には届かなかった。小さい頃はそうでもなかった、実際そこまで差もなくて毎回どっちが勝ってもおかしくなかったと思う。
けどお互いに身体が成長して子供ではなく青年とも呼べる年まで身体が成長した頃、2人の力量に明確な差が現れ始めた。元より『勇者』に選ばれただけの素質が彼女にはあり更には『勇者』のみが扱える魔法や武器もあってシンが負けるのは必然だったと言える。
「グルァァァォァァァァァ!!」
「あー、はいはい。今行きますよっ、とっ!」
確かに彼には才能がない。昔からちょっぴり腕っぷしに自信があっただけの何処にでもいる男だった。けど今は、
シンは地面を蹴る。ジャンプ、と言うには余りにもスピードがあり瞬く間にドラゴンと同じ高さまで飛び上がる。目と目が合った、まさか飛び上がってくるとは思ってなかったのかドラゴンの動きが遅れる。風を全身に感じる、荒れ果てた森も向こうに見える街も目の前の巨大なドラゴンでさえも全てがちっぽけに思えてくる。ただスローモーションで流れるドラゴンの動きは見るに堪えない、この程度の生物にこの世界は何度も苦戦を強いられて来たのか。だが今この世界で1番強いのはドラゴンじゃない。
「おせぇぞ!」
そしてそのまま空中を蹴る。
シンがやってるのはタネを明かしてしまえば自分の足の位置に一瞬だけ障壁張って足場にしているだけだ。位置とタイミングはとてもシビアで慣れなければ到底扱えない芸当である。例え身体が違えど根本的な使い方は一緒だし何より毎回のように使う技術でもありシンがミスを犯すことはない。故にシンは空中で三次元的な動きを可能とする。
再び空中を蹴ったシンは消えた。
音を置き去りにし、空気を切り裂き音を切り裂きその先を行く。ただそれを当たり前のように近所を散歩するかのように実行する。
適当に翻弄したところですれ違いざまに一閃。不可視の一閃は確かにドラゴンの鱗を引き裂いたが余りにも大きさに差があり過ぎてナイフ程度の長さでは致命傷は与えられない。別にやれない事もないがこっちに来てまともに動いていない、この身体でも何処まで動けるか確かめておくべきだろう。
こっちの攻撃も通らないが同じく此方を捉えられないドラゴンの攻撃も当たりはしない、ただやみくもに巨大な腕を振り回すドラゴンは猫が猫じゃらしで戯れているようだった。
「……ちっ、流石にナイフじゃ浅すぎるか」
何度か切り裂いたがやはりまともにダメージは入らない。魔法や少し本気を出せばその限りではないのだが本気を出せば間違いなく身体に影響が出るし魔法は単純に面白くない。魔法は便利だ、仕組みを理解し使いこなせれば事実上不可能な事はない。条件的に不可能のものもあるから実質なんでもは無理なのだがやはりそれでも何でも出来てしまう魔法はシンにとって好ましくは思えない。
自分は弱かった。それこそ無力で非力で貧弱であった。世界で自分はちっぽけな存在で少し世が自分を潰しに動けば一瞬で消えてなくなってしまう程に。
首を斬られてからやっとシンが後に移動したのだと理解するドラゴンは後ろを振り向くがその時には既にシンの姿はない。確かにドラゴンはとても優れた種族で実際に強い。けれども如何に優れていようとも自分よりもかなり小さく豆のような相手と戦う、それも素早く動く相手にはどうしようもない。人間だって素早く動き回るハエを空中で仕留めきれないのと同じでドラゴンはその巨体ゆえにシンを捉える事は難しい。
それにシンが消えたように見えるのはただ素早く動いているからではない。それでもいい充分だし確かに素早く動いているのだが彼が行っているのは瞬点と言われる歩法だ。相手の盲点、死角に入り込んで移動する歩法である。別段そこまで素早く動かなくとも相手には消えたように見えるのである。
三次元的な動きをしながら瞬点を使い何度もドラゴンの首元を斬り付ける。全くダメージは通っていないが一方的に蹂躙している、と言っても過言ではない。
あぁ、あの時にこれだけ戦える力があれば。もしかしたら結果が変わっていたのかも知れない、自分の隣に『勇者』がいて笑い合いながら世界を救っていたかも知れない。そんな有り得たかも知れない未来。何度も言うがシンの戦闘に関する才能とセンスは大したものではない。小学校や中学校の1クラス30人の中で1番とかそれぐらいの有り触れたちょっぴり腕っぷしがある程度の才能。
間違えないように言っておくが今のシンは『勇者』だ。
特別な魔法だって使えるし特別な能力だってある。例えそんなもの使わなくとも己の拳1つで大地ぐらいなら割ってみせるだろうし様々な知識も持っている。彼がここまで至ったのは彼自身の努力と途方がないほど長きに渡る研磨の末に得た経験の結果だ。彼は己自身の努力と途方もない時間を経て武の境地に到れるまでになっていた。
世界を救って、また違う世界に飛ばされてその世界も救って。そんな事を無限に、本当に無限に続けてきたシンはもう己の正確な年齢なんて把握してすらいない。1億年、あるいは1兆年、はたまた1京年かも知れない。そんな長い年月をシンは1人ただ世界を守る為に戦い抜いてきたのだ。彼の強さはその証でもあり努力の結果でもある。
物理攻撃も魔法攻撃も効かない敵がいた、瞬間移動を使える敵がいた、攻撃の全ての結果を相手にそのまま跳ね返す敵がいた、確率を捻じ曲げて思いのままに操る敵もいた。そんな理不尽な敵と数え切れないほど戦い抜いてきて、それでもシンは世界を守る為に打ち勝ち続けた。
数多くの強敵を打ち破り様々な世界を救ってきた。感謝されることもあれば心無い罵声を浴びる時もある。それはいい、自分は世界を守る『勇者』なのだから。
けどふとした時に思う。
自分が本当に守りたいものなんなのか。いや、守りたかったものはなんなのか。いつも自分は遅くて気が付いた頃には全て間に合わない。
シンは『勇者』だ。
世界を救い、人々を救うのが使命で己の成すべきことである。救えた世界がある、そこに救われた命がある。それは素直に嬉しいし誇れると思う。けれども自分が本当に守りたかったものは?
世界?
そこに住まう人達?
自然?
あぁそれは間違いない。
けど違う。違うんだ。
時々分からなくなる。何故自分がこんなにも頑張って世界を守っているんだと。こんな、こんな思いをするんだったらいっそあの時にとそう思ってしまう。
時々自分がズレていると感じる事がある。それは空気が読めないだとか時間的にとかそういうのものでは無い。自分の中で大切にしていた何かが無くなっていてまるで世界から自分以外誰もいなくなってしまったかのような疎外感。
あの時から俺はずっとズレを感じ続けている。次第にそれは大きくなっていって世界を守る意味も人々を守る熱意も何処か冷めていった。もはやこれは義務で儀式と言ってもいい。あんなにも焦がれていた勇者。
今ではそれに何の価値も見いだせなくなった。
世界を救ってそこに住まう人々を救って。
けどこの拭いきれないズレと違和感と疎外感はなんなんだ?
なんでこんなにも何も感じないんだ?
なんで俺は戦っているんだ?
なんで俺の隣には誰もいないんだ?
振るわれた自分の身長の何倍もある巨大な爪をナイフ1本で受け止める。ドゥンッ、と爆発にも似た凄まじい音が鳴り響き、シンの本来は亜里朱の美しい金髪がひらひらと宙を舞う。しかしそんな豪風であってもまるで吹く風のように軽く受け止めていた。
普通の生身であれば間違いなく肉片になって飛び散っていただろうが生憎と今は魔力が使える。もう身体の一部と言っても過言ではないほど馴染む魔力。それを操り質量の塊であるドラゴンの攻撃を止めれないだなんて事ありえない。
バリアでも時間停止でも反射でも身体強化でも何だって出来る。
「……あぁ、お前も俺を殺せないのか」
それは落胆の声だった。
少し期待があった。この世界において最も強力な存在であれば今こうして弱体化した身であればこの意味を感じられない無限ループを終わらせてくれるのではないかと。
けど実際はそんなこと有り得なかった。
しかしそれで終わるドラゴンではない。思い切り息を吸い込みブレスの体制に入る。ドラゴン由縁の切り札でもあるブレスを至近距離で受ければシンと言えども一溜りもない。それを何もせずまともに受ければの話だが。だがそれは余りに遅く緩やかだ。
魔力をナイフの刃へと集めてエンチャント、そして一気に解き放つ。それと同時にドラゴンもブレスを放つ。
「魔法剣……まぁ名前はねぇな」
ナイフの刃を纏うようにエンチャントされた魔力は巨大な魔力の刃となりブレス諸共ドラゴンの首を斬り落とした。ただそれだけ。
ただそれだけでドラゴンは死んだ。余りにも呆気ない幕切れ。この世界において長い間人々を苦しめてきたドラゴンは呆気なく死んだ。
諸悪の根源のような敵を倒した。きっとこの世界では偉大な事で染め称えられるような事だ。しかしそれでも俺の心には何一つ浮かんで来ない。喜びもなければ悲しみもない。ただ当たり前なようにこなした儀式のようなもので一切の感情を感じない。
「俺は一体何やってんだろうな」
その問いに答えてくれるものはいない。
「よぅ、倒してきたぞ」
「ばかぁ!私あの巨大な腕を受け止めた時もう死んじゃったのかと思ったんだからねっ!ほんとに……もうやめてよぉ……」
「いやあの程度で死ぬわけねぇだろ。例え目の前でブレス食らっても死なない自信あるぞ……いややっぱ今のままじゃ死ぬわ。魔力もすっからかんだし」
「死ぬとか死なないとか……そうじゃないの!お願いだから……お願いだから無茶しないでよぉ……」
「……わりぃ」
シンの胸倉を掴んで啜り泣く亜里朱。シンが死ねば自分も死ぬわけだから怖かったのは言うまでもないがそれとは別にシンが戦う姿は亜里朱には何処か痛々しく見えた。
何度も言うが亜里朱はついこの間まで争いとは無縁の場所で暮らしていた一般人だ。まるで死にたがっているかのような戦い方をするシンに胸が張り裂けるような想いであったのだ。何故そんなにも無茶な戦い方をするのか、何故そんなにも死に急いでいるのか。亜里朱には分からぬ事だが目の前で誰かが死ぬのはどうしても耐えられない。
自分でも自覚があるのでシンは黙って亜里朱を受け入れる。
「お願いだからもうそんな戦い方しないで」
「善処するわ」
確約しないところがシンらしい。だが彼が『勇者』である限り戦いからは逃れられない。
そうこれは呪いなのだから。
思い出す。あの自分がまだまだ未熟で守ると約束した相手すら守れず無力だったあの頃を。確かその時もこんな感じで絶望的な状況だったっけなと。
あの頃の自分には力がなかった。誰かを守ってやれるほど強くなかった。何もしてこなかったわけでもなく、ただひたすらに自分に才能がなかっただけ。そりゃ一般人からして見れば十分な強さがあったのかもしれない、そこら辺のモンスター程度であれば負けることもなかった。けど、それでもシンはどうしても『勇者』には届かなかった。小さい頃はそうでもなかった、実際そこまで差もなくて毎回どっちが勝ってもおかしくなかったと思う。
けどお互いに身体が成長して子供ではなく青年とも呼べる年まで身体が成長した頃、2人の力量に明確な差が現れ始めた。元より『勇者』に選ばれただけの素質が彼女にはあり更には『勇者』のみが扱える魔法や武器もあってシンが負けるのは必然だったと言える。
「グルァァァォァァァァァ!!」
「あー、はいはい。今行きますよっ、とっ!」
確かに彼には才能がない。昔からちょっぴり腕っぷしに自信があっただけの何処にでもいる男だった。けど今は、
シンは地面を蹴る。ジャンプ、と言うには余りにもスピードがあり瞬く間にドラゴンと同じ高さまで飛び上がる。目と目が合った、まさか飛び上がってくるとは思ってなかったのかドラゴンの動きが遅れる。風を全身に感じる、荒れ果てた森も向こうに見える街も目の前の巨大なドラゴンでさえも全てがちっぽけに思えてくる。ただスローモーションで流れるドラゴンの動きは見るに堪えない、この程度の生物にこの世界は何度も苦戦を強いられて来たのか。だが今この世界で1番強いのはドラゴンじゃない。
「おせぇぞ!」
そしてそのまま空中を蹴る。
シンがやってるのはタネを明かしてしまえば自分の足の位置に一瞬だけ障壁張って足場にしているだけだ。位置とタイミングはとてもシビアで慣れなければ到底扱えない芸当である。例え身体が違えど根本的な使い方は一緒だし何より毎回のように使う技術でもありシンがミスを犯すことはない。故にシンは空中で三次元的な動きを可能とする。
再び空中を蹴ったシンは消えた。
音を置き去りにし、空気を切り裂き音を切り裂きその先を行く。ただそれを当たり前のように近所を散歩するかのように実行する。
適当に翻弄したところですれ違いざまに一閃。不可視の一閃は確かにドラゴンの鱗を引き裂いたが余りにも大きさに差があり過ぎてナイフ程度の長さでは致命傷は与えられない。別にやれない事もないがこっちに来てまともに動いていない、この身体でも何処まで動けるか確かめておくべきだろう。
こっちの攻撃も通らないが同じく此方を捉えられないドラゴンの攻撃も当たりはしない、ただやみくもに巨大な腕を振り回すドラゴンは猫が猫じゃらしで戯れているようだった。
「……ちっ、流石にナイフじゃ浅すぎるか」
何度か切り裂いたがやはりまともにダメージは入らない。魔法や少し本気を出せばその限りではないのだが本気を出せば間違いなく身体に影響が出るし魔法は単純に面白くない。魔法は便利だ、仕組みを理解し使いこなせれば事実上不可能な事はない。条件的に不可能のものもあるから実質なんでもは無理なのだがやはりそれでも何でも出来てしまう魔法はシンにとって好ましくは思えない。
自分は弱かった。それこそ無力で非力で貧弱であった。世界で自分はちっぽけな存在で少し世が自分を潰しに動けば一瞬で消えてなくなってしまう程に。
首を斬られてからやっとシンが後に移動したのだと理解するドラゴンは後ろを振り向くがその時には既にシンの姿はない。確かにドラゴンはとても優れた種族で実際に強い。けれども如何に優れていようとも自分よりもかなり小さく豆のような相手と戦う、それも素早く動く相手にはどうしようもない。人間だって素早く動き回るハエを空中で仕留めきれないのと同じでドラゴンはその巨体ゆえにシンを捉える事は難しい。
それにシンが消えたように見えるのはただ素早く動いているからではない。それでもいい充分だし確かに素早く動いているのだが彼が行っているのは瞬点と言われる歩法だ。相手の盲点、死角に入り込んで移動する歩法である。別段そこまで素早く動かなくとも相手には消えたように見えるのである。
三次元的な動きをしながら瞬点を使い何度もドラゴンの首元を斬り付ける。全くダメージは通っていないが一方的に蹂躙している、と言っても過言ではない。
あぁ、あの時にこれだけ戦える力があれば。もしかしたら結果が変わっていたのかも知れない、自分の隣に『勇者』がいて笑い合いながら世界を救っていたかも知れない。そんな有り得たかも知れない未来。何度も言うがシンの戦闘に関する才能とセンスは大したものではない。小学校や中学校の1クラス30人の中で1番とかそれぐらいの有り触れたちょっぴり腕っぷしがある程度の才能。
間違えないように言っておくが今のシンは『勇者』だ。
特別な魔法だって使えるし特別な能力だってある。例えそんなもの使わなくとも己の拳1つで大地ぐらいなら割ってみせるだろうし様々な知識も持っている。彼がここまで至ったのは彼自身の努力と途方がないほど長きに渡る研磨の末に得た経験の結果だ。彼は己自身の努力と途方もない時間を経て武の境地に到れるまでになっていた。
世界を救って、また違う世界に飛ばされてその世界も救って。そんな事を無限に、本当に無限に続けてきたシンはもう己の正確な年齢なんて把握してすらいない。1億年、あるいは1兆年、はたまた1京年かも知れない。そんな長い年月をシンは1人ただ世界を守る為に戦い抜いてきたのだ。彼の強さはその証でもあり努力の結果でもある。
物理攻撃も魔法攻撃も効かない敵がいた、瞬間移動を使える敵がいた、攻撃の全ての結果を相手にそのまま跳ね返す敵がいた、確率を捻じ曲げて思いのままに操る敵もいた。そんな理不尽な敵と数え切れないほど戦い抜いてきて、それでもシンは世界を守る為に打ち勝ち続けた。
数多くの強敵を打ち破り様々な世界を救ってきた。感謝されることもあれば心無い罵声を浴びる時もある。それはいい、自分は世界を守る『勇者』なのだから。
けどふとした時に思う。
自分が本当に守りたいものなんなのか。いや、守りたかったものはなんなのか。いつも自分は遅くて気が付いた頃には全て間に合わない。
シンは『勇者』だ。
世界を救い、人々を救うのが使命で己の成すべきことである。救えた世界がある、そこに救われた命がある。それは素直に嬉しいし誇れると思う。けれども自分が本当に守りたかったものは?
世界?
そこに住まう人達?
自然?
あぁそれは間違いない。
けど違う。違うんだ。
時々分からなくなる。何故自分がこんなにも頑張って世界を守っているんだと。こんな、こんな思いをするんだったらいっそあの時にとそう思ってしまう。
時々自分がズレていると感じる事がある。それは空気が読めないだとか時間的にとかそういうのものでは無い。自分の中で大切にしていた何かが無くなっていてまるで世界から自分以外誰もいなくなってしまったかのような疎外感。
あの時から俺はずっとズレを感じ続けている。次第にそれは大きくなっていって世界を守る意味も人々を守る熱意も何処か冷めていった。もはやこれは義務で儀式と言ってもいい。あんなにも焦がれていた勇者。
今ではそれに何の価値も見いだせなくなった。
世界を救ってそこに住まう人々を救って。
けどこの拭いきれないズレと違和感と疎外感はなんなんだ?
なんでこんなにも何も感じないんだ?
なんで俺は戦っているんだ?
なんで俺の隣には誰もいないんだ?
振るわれた自分の身長の何倍もある巨大な爪をナイフ1本で受け止める。ドゥンッ、と爆発にも似た凄まじい音が鳴り響き、シンの本来は亜里朱の美しい金髪がひらひらと宙を舞う。しかしそんな豪風であってもまるで吹く風のように軽く受け止めていた。
普通の生身であれば間違いなく肉片になって飛び散っていただろうが生憎と今は魔力が使える。もう身体の一部と言っても過言ではないほど馴染む魔力。それを操り質量の塊であるドラゴンの攻撃を止めれないだなんて事ありえない。
バリアでも時間停止でも反射でも身体強化でも何だって出来る。
「……あぁ、お前も俺を殺せないのか」
それは落胆の声だった。
少し期待があった。この世界において最も強力な存在であれば今こうして弱体化した身であればこの意味を感じられない無限ループを終わらせてくれるのではないかと。
けど実際はそんなこと有り得なかった。
しかしそれで終わるドラゴンではない。思い切り息を吸い込みブレスの体制に入る。ドラゴン由縁の切り札でもあるブレスを至近距離で受ければシンと言えども一溜りもない。それを何もせずまともに受ければの話だが。だがそれは余りに遅く緩やかだ。
魔力をナイフの刃へと集めてエンチャント、そして一気に解き放つ。それと同時にドラゴンもブレスを放つ。
「魔法剣……まぁ名前はねぇな」
ナイフの刃を纏うようにエンチャントされた魔力は巨大な魔力の刃となりブレス諸共ドラゴンの首を斬り落とした。ただそれだけ。
ただそれだけでドラゴンは死んだ。余りにも呆気ない幕切れ。この世界において長い間人々を苦しめてきたドラゴンは呆気なく死んだ。
諸悪の根源のような敵を倒した。きっとこの世界では偉大な事で染め称えられるような事だ。しかしそれでも俺の心には何一つ浮かんで来ない。喜びもなければ悲しみもない。ただ当たり前なようにこなした儀式のようなもので一切の感情を感じない。
「俺は一体何やってんだろうな」
その問いに答えてくれるものはいない。
「よぅ、倒してきたぞ」
「ばかぁ!私あの巨大な腕を受け止めた時もう死んじゃったのかと思ったんだからねっ!ほんとに……もうやめてよぉ……」
「いやあの程度で死ぬわけねぇだろ。例え目の前でブレス食らっても死なない自信あるぞ……いややっぱ今のままじゃ死ぬわ。魔力もすっからかんだし」
「死ぬとか死なないとか……そうじゃないの!お願いだから……お願いだから無茶しないでよぉ……」
「……わりぃ」
シンの胸倉を掴んで啜り泣く亜里朱。シンが死ねば自分も死ぬわけだから怖かったのは言うまでもないがそれとは別にシンが戦う姿は亜里朱には何処か痛々しく見えた。
何度も言うが亜里朱はついこの間まで争いとは無縁の場所で暮らしていた一般人だ。まるで死にたがっているかのような戦い方をするシンに胸が張り裂けるような想いであったのだ。何故そんなにも無茶な戦い方をするのか、何故そんなにも死に急いでいるのか。亜里朱には分からぬ事だが目の前で誰かが死ぬのはどうしても耐えられない。
自分でも自覚があるのでシンは黙って亜里朱を受け入れる。
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