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74 観劇2

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 幕が上がり劇が始まれば、皆が食い入るように舞台を見つめる。そんな中マティアスだけはギリギリと歯を食いしばりながら、憎悪に塗れた顔を隠す事も無く苛立たし気に爪を噛んでいた。
 ウィリアムは横目でチラリとマティアスに視線を向け、再び舞台へと視線を向けながら気が付かれない様に溜息を押し殺した。

 王家に取り入る最短を見つけたとばかりにマティアスに近づき篭絡してはみたものの、彼は弟であるフェリチアーノにいい感情を持ってはいない。
 ウィリアムに心底惚れ込んでしまっている為に、それでもフェリチアーノに連絡を取ろうと試みてはくれてはいたものの、全て相手にされていなかった。
 これならば最初にフェリチアーノに出会った時にマティアスを放ってでも、フェリチアーノと親しくなれる様にすればよかった。アレが最初で最後になるなどと、誰が考えつこうか。
 マティアスさえ手元に置いておけば、何かしら利用できると思っていたのだが、ウィリアムにとってとんだ誤算だったのだ。
 マティアスの使い道が無い事にウィリアムは頭が痛くなる。さてどうやって切り捨ててしまおうかと考え、今この場にテオドールとフェリチアーノの二人が居る事は幸運な事では無いのかと閃いたウィリアムは手で隠した口元を歪めたのだった。



 一幕が終わり短い休憩時間の間、フェリチアーノはテオドールから離れ、ヴィンスを連れて涼む為にバルコニーへと向かった。
 涼しさを増した夜風は気持ちが良く、熱が篭った体を冷やしていく。思いの外バルコニーには人が居たが皆礼をするだけで、フェリチアーノに不用意に近づこうとする者は誰も居なかった。
 渡されたグラスに口を付けながら涼んでいれば、カツカツと床を鳴らす音が近づいて来た。

「お待ちを、不用意に近づかれては困ります」
「偉くなったもんだな、兄であっても近づけないとは」

 ヴィンスはフェリチアーノに視線を送り確認をすると、フェリチアーノは小さく首肯した。内心何故ここにマティアスが居るのだと驚きはしたものの、ここで下手に何か争ってもいい事など有る筈も無い。
 周りの人々は既にフェリチアーノに話しかけた者がなんであるかと、遠巻きにしながら聞き耳を立てているのだから。

「お久しぶりです兄上」

 ヴィンスを下がらせ、前に進み出たフェリチアーノは優雅に挨拶をするが、それはマティアスの神経を更に逆撫でるだけだ。

「はっ全く忌々しい。家にも全く寄り付かないくせに! この俺が何度も手紙を出していたのに、よくも無視してくれたものだな! ガチョウはガチョウらしくしていればいいのに、生意気なっ!!」
「やめるんだ、マティアス!!」

 マティアスが振り上げた拳は、フェリチアーノに届く前に間に割り込んだウィリアムの顔に勢いを保ったまま当たった。

「なっなんで、ウィリアム」

 突然割り込んできたウィリアムを止める間もなく殴ってしまった事に、マティアスは激しく動揺する。

「君が、弟さんと不仲である事は解っていたが、まさか暴力を振るおうとするだなんて……見損なったぞマティアス!!」
「そんな、だってアイツがっあぁウィル、全部アイツのせいなんだ、ウィル!」

 狼狽えながらマティアスはウィリアムに縋ろうとするが、伸ばされた手を叩き落とされた。ウィリアムはギロリとマティアスを睨みつける。向けられた事の無い愛する者からの憎悪の瞳に、マティアスは更に混乱を極めた。

「愛称で呼ぶな汚らわしい! もうお前とは金輪際付き合いを控えさせてもらおう」
「なっなんでっ」
「早くこの無礼者を外に連れ出せ!」

 周りに駆けつけていた衛兵にウィリアムは声を上げる。衛兵達はフェリチアーノを背後に守るヴィンスに指示を仰いだ。
 ウィリアムが先に庇った事によりフェリチアーノへの実害は無い。しかしここで追い出すだけにすれば閉演後に待ち伏せされ、更なる問題を引き起こしかねない。だが今この場でそれを指示してしまう事はどうにも周りの目を集めすぎている為に躊躇われた。
 まだフェリチアーノがデュシャンの人間では無くなったと公表されていない。身内が公に拘束されるのは外聞が悪いのだ。

「どういたしますかフェリチアーノ様」
「外聞がこれ以上悪くならない様にした方が良いかと」
「ではその様に」

 拘束されながらも暴れるマティアスは衛兵達の手によって劇場外へと連れ出されていく。外に出たところで、周りに知られぬように改めて牢に入れられる事だろう。実際に殴られてはいない為、勾留は一日程度しかないが。

 重たい溜息を吐いたフェリチアーノは、未だその場に留まるウィリアムに視線を向けた。
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