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とろりと甘い蜂蜜のような《番外編》
天気職人〈SIDE:水都〉
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微かに耳に届く歌声。
ひょっこり隣の部屋を覗いてみると、蒼夜がヘッドホンで音楽鑑賞中。
普段なら部屋に入るとすぐに気付くのに、今日は気付かないみたい。
トントン…
小さく肩を叩けば 『ん?』 って顔して見上げてくる。
オレが蒼夜を見下ろせるのってこんな時くらいなんだよね…。
オレに気付いた蒼夜はヘッドホンを片方だけ外して 『何?』 って視線で尋ねてくる。
こいつ…本当に面倒くさがりだよな…(呆)
「何聴いてんの?」
「天気職人」
「………ってポルノグラフィティの?」
答えは頷きだけ。
「口ずさんでた?」
今度はちょっと間があって、また一つ頷く。
何となーくむかついたからヘッドホンとコンポの接続を切ってやった。
『何すんだ』 って顔して見てるけど気にしない。
そもそもなんでコンポで聴いてるくせにヘッドホンなんだ?
せっかく音響のいいコンポなんだし、昼間っからヘッドホンなんてオレはイヤだね。
~~♪
スピーカーから聞こえてきたフレーズ。
やっぱり綺麗な歌声だよなぁ…なんて思いながら浸ってた。
隣では無意味になったヘッドホンを片づける蒼夜。
よくよくコンポの表示を見てみると “一曲リピート” になってる。
………ひょっとして…ずっと聴いてた…?
「蒼夜って…この曲好きだったっけ?」
「…なんで?」
「いや…お前が “一曲リピート” なーんて珍しいからさぁ」
「そう?結構好きだよ」
「へぇ~。やっぱり曲の雰囲気とか?」
「…それもあるけど…何となく懐かしいからかな…」
「懐かしい…って何が?」
「………笑うからいい………」
「笑わないって!気になるじゃん!!教えてよ」
オレが頼み込めばひとしきり 「うーん」 とうなる。
そんな蒼夜を見ながら、オレは蒼夜のベッドに座った。
いい加減立ちっぱなしも疲れるしね。
「絵本…」
絵本………ってあの絵本ですかっ!?
幼稚園児とかの読む…っ?!
さすがにそんな話題になるとは予測してなかったオレは、思わず絶句。
そんなオレを見て、蒼夜は一瞬イヤそうに顔をしかめたけど何も言わなかった。
「幼稚園児の頃、教科書代わりに毎日絵本読んでたんだよ…俺達。その時に読んだヤツの一つがすごく好きで…それ、思い出すんだ」
「へぇ~。どんな?」
「………虹の職人の話、かな。虹の職人は、みんなが眠っている間に銀色の大きな鍋で七色を混ぜ合わせてるんだって。ソレを大きな虹のロケットに詰め込んで、丘の上の発射台まで運んで、空にとばす。そんな話」
一つ一つ思い出すように話す蒼夜は、いつもの大人びた表情じゃない…小さな子供みたいな顔してた。
「ちょうど色を混ぜ合わせてるところの挿絵がね…星空の下で大きな鍋に大きなはしごをかけて長い棒でぐるぐる色を混ぜてるところで…。発射台に運ぶ頃は少しだけ日が差してたっけ。俺、その話が大好きで何回も読んでた」
オレは黙って話を聞いてた。
だって…蒼夜の顔見てるとどれだけ好きなのかすごくよくわかるから…。
すごく嬉しそうで…楽しそう…、そんな顔してる。
何となくオレまで嬉しくなって思わず微笑んだ。
「“天気職人”も…虹の職人と同じなんだろうね」
「え?」
「きっと大きな鍋で空の色を煮込んでるんだよ。毎日毎日、その時の気持ちを込めて一生懸命に。楽しいときはワクワクするような空、哀しいときは暗い空、嬉しいときの空、怒ってるときの空…みんな天気職人の心の色」
蒼夜の言葉にオレは思わず窓の外に広がる青空を見た。
今日は快晴。
きっと天気職人は何か良いことがあったんだろうね。嬉しそうな色してる。
「天気職人と虹の職人はお互いを大切に思い合ってるんだろうなぁ…」
「?」
「天気職人が哀しいときに雨空を描いたら、虹の職人は一生懸命七色を作る。それで朝一番の空に大きな虹を架けるんだ。『元気出せよ』って気持ちをたくさん込めた虹。ソレを見た天気職人は『ありがと、元気になったよ』って気持ちを込めた青空を描くんだ。その青空で虹の職人ももっともっと元気になれる」
「………」
「だから虹の職人と天気職人は“最愛”なんだよ、きっと」
まるで小さい子供に語りかけるように話す蒼夜は、いつもの無表情じゃなくて優しい笑顔を浮かべてた。
オレは何も言えずにその横顔を見つめる。
だって…蒼夜の言ったことはあまりにも意外だったから。そんなこと考えもしなかった。
変わってるヤツって思ってたけど…ここまで変わってるとはね。
でも…なんでかな。
蒼夜の言ってること、不思議と納得出来ちゃうんだ。
それが蒼夜の言葉だからなのかな…。ほんと不思議。
「…だからこの曲好きなんだ」
『くすっ…』っと小さく笑って言う蒼夜。
いつもと同じような笑い方のはずなのに、すごく優しい顔で笑うから調子狂うかも。
今日は蒼夜の意外な一面ばっかり見てる気がする…。
「…オレもその意見賛成。って賛成とかの問題じゃないか…」
「え?」
「だから…蒼夜の考え方に賛成って言ってるの。『天気職人と虹の職人は“最愛”だ』ってオレもそう思うってコト」
「…ホントに?」
「うん。なんかさ…不思議と納得出来るんだ」
「そっか」
「だからオレも今まで以上に好きになったよ、この曲」
オレの言葉がそう言うと、蒼夜は何も答えなかったけどすごく柔らかく笑ってくれた。
ああ、この顔。大好きだな。
「今日は天気職人…何か良いことがあったんだろうね。快晴だし」
「…そうかも。嬉しそうな色だ」
何となく口にしたオレの台詞に答えてくれる蒼夜。
さっきオレが思ったことと同じことを考えてたから嬉しくなって…思わず吹き出した。
いきなり笑い出したオレを不思議そうに見てくるからよけい笑っちゃって…。
何とか深呼吸をして笑いをおさめた。
「同じこと思ってたんだと思ったらおかしくてさ…」
「そか…」
また小さく笑った。
「あ」
「…なに?」
「天気職人ってさ…蒼夜みたいじゃない?」
「…どうして?」
「だって…いつもしかめっ面なんでしょ?蒼夜と一緒」
オレがそう言ったら複雑そうな顔してる。
これはきっと『嬉しいけど…微妙』って考えてるんだろうな。
「…じゃあスイは“虹の職人”だね」
「えっ?!」
「俺がしかめっ面の天気職人なら、スイは虹の職人」
「なんで?」
「雨空を描いたときは、いつも虹のロケットを飛ばしてくれるから」
それだけ言うとまた窓の外を眺める。
「…あぁ…でも俺の描いた青空が元気をあげてるかどうかわからないけど…」
ぽつりと聞こえた呟き。
そんなことない。オレはいつも元気付けてもらってるよ。
オレのほうこそ…蒼夜に元気をあげられてるのか心配だっての。
「蒼夜は“天気職人”だよ」
ちょっと真面目にそう言えば『そっか』って笑い返してくれる。
「じゃあやっぱりスイは“虹の職人”だね」
そんなに優しく幸せそうに笑いかけられたら、もう何も言えない。
そんなオレの様子を見守るように見る瞳は、子供っぽさなんてとっくになくなってて。
代わりにいつもよりずっと温かい光があった。
なんか…見てるこっちが照れくさくなるような…そんな瞳。
「せっかくのお天気だし、出掛けようか」
「…うん」
いつの間にか曲を止めてた蒼夜が、オレに向かって手を差し出してる。
その手を取って外に出ると、さっきまで四角で区切られてた空がどこまでも見渡せた。
風がさわさわと木々の葉を揺らしていく。
すごく気持ちいい。
「俺が天気職人なら…明日は幸せの青空を描くな」
「幸せの青空?…何でまた…」
オレと同じように空を見上げていた蒼夜の呟き。
不思議に思って訊いてみると…繋がれた手に少しだけ力がこもって
「スイが隣にいてくれる。それが俺の幸せの素だから…」
何気なくさらりと言うと、一人で先に歩き出していく。
………何か言いました………?
滅多にきかないような甘い台詞が聞こえて呆然としてたけど、はっとして先を歩く蒼夜のもとに駆け寄り、一度離れてしまった手を今度はオレから繋ぐ。
「じゃあオレがずーっと幸せの青空を描かせてやるから」
オレばっかり驚かされてるのがイヤで、恥ずかしいけどそう言った。
言葉は…かなりきついような気がするけど…素直になるなんて絶対無理。
蒼夜は一瞬ぽかんとしてたみたい。
でもすぐに嬉しそうに微笑むと『ありがとう』って言われた。
それが嬉しくて…少し笑った。
虹の職人が虹を描くのは、天気職人が雨空を描いたときだけじゃないよ。
天気職人が幸せの青空を描いたら、虹の職人も幸せの虹を描くんだ。
“キミの幸せの素がボクなら、ボクの幸せの素はキミだよ”
今までも、これからも…ずぅーっとね。
――――明日はどんな日になるのかな?
天気職人と虹の職人の幸せ色の日になるよ
――――明日こそ誘えるといいのにね
空が一番綺麗に見える、あの場所へ…
*****
それぞれ自分の部屋を確保しつつ、一緒に住んでる二人。
昔よりずっと甘くて優しくなった蒼夜くんに翻弄される水都くん。
そんな二人が大好きだなあ。
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