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028 地の底

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 ゾルクの森は野獣や魔物も結構居て、討伐専門ならそれ程奥にまで行く必要も無い感じだ。
 斥候役のアズレンの気配察知も中々のもので、安心して後ろを歩けるので周囲の木や地形を覚える事に専念していた。
 出会す野獣や魔物も大物だけを俺がアイスランスで討伐し、後はアイスバレットで蹴散らして終わり。
 のんびりと狩りをする気は無い、森の隠者に闘わせない様にしたので、地の底と呼ばれる断崖の傍には一日半で到着した。

 「ハルト、此処が地の底と呼ばれ谷底の森と呼ばれる場所だ」

 トルトにそう言われてもピンとこない、確かに目の前の森は消え眼下に森が延々と広がっている。
 ちょっとしたビルの屋上から下を見ている感じに似ているが、規模が大きすぎて理解が追いつかない。

 〈何とね、こんなに早く此処まで来たのは初めてだぞ〉
 〈出会う獣は全て、ハルトが一発で片付けるんだもんな〉
 〈お陰で魔石がたっぷり溜まってボロ儲けだぜ〉
 〈ハルトが一人でやっているのも納得だね〉

 「助かったよ、案内なくして此処まで来れないからな」

 そう言ってトルトの差し出す依頼書にサインをして返す。

 「所で誰に雇われたんだ、その辺を少し話して欲しいな」

 依頼書を受け取るトルトの手が止まり、五人の気配が一気に変わるが攻撃してこようとはしない。

 「どうした、此処なら何が起きても不思議じゃないぞ」

 「それは俺達にとってもな。あんたには隙が無いし、手を出せば即座に返り討ちになるのは目に見えている。どうして判ったんだ」

 「此処までの道案内が馴れすぎているし、通った道は数十人が歩いた後がある。それも一度や二度じゃ無いな。それとアズレンの視線だな、冒険者ギルドで不自然に絡んで来た二組のパーティーとその時以来感じる視線」

 「斥候役として、気配を消して監視するのは得意なんだけどなぁ」

 「見当はついているんだが、はっきり聞きたいんだ。喋るか? 嫌なら地の底で永遠の眠りに就く前に、ちーとばかり痛い目に・・・」

 「脅すなよ」

 「こんな事は馴れてるが、面倒なんだよな。」

 弓使いのセーブがジリジリと後ろに下がっているので、足下に氷の障害物を作ってやる。

 「セーブ足下を見てみろよ。逃げようが弓を引こうがお前に勝ち目は無いぞ。喋る気が無いなら、痛い思いをしながら死んでもらう事になるな」

 そう言って五人の肩にアイスニードルを射ち込む。

 〈エッ〉〈ウッ〉〈糞ッ〉それぞれの声を上げながら全員右肩を押さえている。
 何が起きているのか判らない様だが、自分達が死の淵に立たされている事は理解した様だ。
 それぞれの顔の前にテニスボール大の火球を浮かべてやる。

 〈まさか火魔法も使えるのか〉
 〈そんな話は聞いてないぞ〉
 〈火魔法も無詠唱で・・・〉

 テニスボール大の火球を、生活魔法のフレイムだとは思うまい。
 次々と予想外の事が起きているので、思考停止した様に目の前の現象に驚愕している。

 「火炙りになって死ぬか、この絶壁から身を投げるか・・・其れともこの場で生きながら獣の餌となるか好きに選ばせてやるぞ。其れが嫌なら聞かれた事に素直に答えるんだな」

 どうやって攻撃されているのか判らなく、逃げようがないので目の前の火球を見つめて脂汗を流している。

 「判ったわ、痛い思いをして死ぬのは真っ平よ。貴方の質問に答えたら命は助けてくれるんでしょうね」

 「嘘偽り無く答えたら約束しよう」

 「ボストーク伯爵に命じられたのよ。街の外で貴方を殺せってね。其れ迄は監視だけだったけど、貴方が地の底にいく用意を始めたので命令が変わったのよ」

 リーダーのトルトの顔を見ると、諦めた様子で頷く。

 「俺達は冒険者として、伯爵が集めたドラゴン討伐隊の道案内が本来の仕事だ。ボストーク伯爵はあんたが地の底の秘密を調べに来たんじゃないかと疑っている」

 「秘密?」

 「ああ、噂がある・・・地の底で薬草採取をしていた男が金塊を持っている、と言う噂が流れた直後に彼の姿は消えた」

 「それなら大問題てか、大騒動になるぞ」

 「なりかけたが、その男は死体で発見され、数十枚の金貨を持っていたらしい。金貨と金塊の間違いだったって、それで噂は立ち消えになった」

 「立ち消えになったが、伯爵がドラゴン討伐を言い出した訳か。ドラゴンを見た事は?」

 「よしてくれ、俺達は地の底に降りる術を持っていない。行けても谷底の森を徘徊する野獣や魔物は、ゾルクの森の物より大きく強いって噂だ」

 「地の底と谷底の森ってどう違うんだ」

 「下に行けない奴が地の底って呼ぶのさ。谷底の森と言う奴は下に降りて無事に帰って来た奴で、グリムの街では一目置かれる存在だ」

 成る程ね、その物言いで其奴の実力が判るって事か。

 「ドラゴンは一頭ってギルドの食堂で聞いたがそれは」

 「判らない、居るらしいが谷底の森に行っている奴等は結構口が堅い。貴重な薬草の宝庫らしいので、荒らされたく無いんだろう」

 「時々下に降りようとする者が居るけど、帰ってこないわよ。降りるだけでも命がけだもんね」

 「地の底に居るドラゴンを、無理矢理討伐する必要は無いよな。伯爵は何と言って王家に応援要請をしたんだ」

 「地の底では貴重な薬草が採れるのを知っているか」

 「そうらしいな。でもドラゴンが居ても薬草は採取されていただろう」

 「その薬草の中には最上級ポーションの材料とか、クリスタルフラワーと呼ばれるエリクサーの材料も有るんだ。ドラゴンが居るからと其れらの出荷を止めたんだ」

 「何故だ、伯爵に冒険者が採取してくる薬草を、どうこうする権利は無いはずだが」

 「地の底は別だ、ゾルクの森はボストーク伯爵領だ。地の底を立ち入り禁止にしている、立ち入って収穫した薬草は伯爵が取り仕切る事になっている。そうして最上級ポーションの材料やクリスタルフラワーを王家指定の薬師に売りつけている」

 「成る程ね、王家はドラゴンのせいでポーションが手に入らなくなると思って、他の貴族に応援要請を出したのか」

 地の底を伯爵家直轄地として薬草の出荷をコントロールしている。
 金塊つまり金鉱床が有ると見込んで、採掘の邪魔になるドラゴン排除の為に、王家を利用しているのか。
 そうすると金貨を抱えて死んだ冒険者は、金塊の採掘場所を喋らされた後で殺されたのだろう。
 ドラゴン排除が必要だって事は、ドラゴンの生息地に金鉱脈が有るで間違いないか。

 俺の考えを森の隠者五人に教えてやり、約束通り生かして帰らせる事にした。

 「トルト俺が言った事は一言も漏らすなよ。お前達が金鉱脈の事を知っていると、伯爵に知られたら即座に消されるぞ」

 「それを教えたのはお前だろう。裏切れない様にしたな」

 「帰ったら伯爵に、俺が地の底に降りて行く途中で岩を投げたら落ちて行ったと報告しろ。生死の確認は出来なかったってな」

 唸るトルト達に知恵をつけておく。

 「何処か適当な所に、ロープを括り付けておけば証拠になるさ」

 そう言って五人を帰らせ、俺は下に降りる為の都合の良い場所を探して、地の底の縁に沿って歩き始めた。
 持ってきたロープは10メートルと20メートルが各2本、カラビナが無いので堅い木を利用して懸垂降下で降りる事になる。

 先ず始めに地面に氷の杭を作り、ロープの先を輪にして其れに掛けると慎重に崖から身を乗り出す。
高所恐怖症じゃ無いけど股間がヒュンとしてゾワゾワするが、下を見ずに慎重に降りて行く。
 20メートルのロープ2本で少し足りなかったのが幸いした。
 下では餌が降りてくるのを熊ちゃんが待っている。
 くすんだ金色の巨体の奴が涎を垂らして待っているが、ご期待には添えられない。
 軽く脳を冷やした後、アイスランスを上から撃ち込んでマジックポーチの中へ移動してもらう。

 氷の杭の魔力を抜いてロープを回収したが、下から見上げて一度地の底に降りたら帰るのが難しい理由がよく判る。
 葛飾北斎の神奈川沖浪裏の大波もかくやと思われる、巨大な忍者返しの崖になっている。
 ロープで降りても帰りがえげつない難易度だし、降りている途中は無防備で下には涎を垂らした住人が待ち構えている。
 蓑虫がぷらぷら揺れながら降りてくれば、捕まえるのは訳ないよな。
 ゴールデンベア数頭マジックポーチに入れたら、満杯になりそうな予感がする。

 東西2日南北3日と言われる地の底、谷底の森に来たが何処に行けば良いのか皆目見当がつかない。
 取り敢えず崖に沿って一回りする事にしたが、話通りなら一回りするのに10日掛かることになる。
 ましてや人跡未踏に近い森の事だ、帰り道を探しながらのんびりやることにする。

 三日も崖沿いを歩けば帰り道の算段がついた、崖とはいえ所々亀裂が入っている。
 下から見ると巨大な壁に皹が有り、時には崩れるのじゃないかと心配になる様な場所もある。
 それでも下に降りるには相当な技術と勇気が要るのは間違いない、それは帰る時もそうだ。

 目的はドラゴン見物とクリスタルフラワーに金鉱床、手掛かりはドラゴンの生息地周辺に金鉱床が有ると思われる事。
 それも金塊らしい事だけ、発見者の(男は死体で発見され、数十枚の金貨を持っていた)ねー。
 出来すぎた話だ、こうなると生かして帰した森の隠者の五人がどう動くかが鍵だな。

 俺はどう動けばボストーク伯爵様の思惑に添えるか、考えながら谷底の森外縁部を一周した。
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