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一章 降って湧いた災難

もっと俺を喰って、大きく、強くなれ。 弐

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 ◇◇◇


 ここからの話は非常に人を選ぶというか…
 多分、私達の常識や価値観などがもう完全に壊れた話だけど…大丈夫?

《シュテンは相当に酷いことが分かってるから大丈夫。》

 いや、それだけじゃないんだけどね…

《ここまできてやめるのは酷いわ!》
《そうだぞマリー勿体つけるなよ》

 まぁ…良いの…かなぁ……


 あ、次はテキーラを

 こっちに来て良かったのは酒の種類が豊富な事だな。私の実家もワイナリーを持っているし、このへんは本当に良かった

 あいつにも飲ませてやりたいよ


 ◇◇◇

 厨で元耳長のお姉さんやお兄さんたちからもらった、お菓子と軽い食事などを持って、あいつの部屋に戻る。

 あそこでみんなと昼食にしないかと誘われもしたが、僕が居ないと後で機嫌が悪いだろうし、あいつの好むというものも(どう見ても味付けしていない動物の生肉)用意していたみたいだから、あいつと一緒に食べることにした。


 (断じて、僕がそうしたかったからとかじゃないからね!)


 彼らが部屋まで届けてくれるそうだが、出る間際にちょっとした騒動が起こったことで、この朱点の宮だけでなく、皇宮全体が慌ただしくなっていた。

 食事と共に送り届けてくれるから、少し待ってはどうかと言われたが、あいつが戻る前に部屋に戻り、あいつが帰った際に「おかえり」と言いたかった。

 僕の言葉に喜んで笑うその顔が見たいからと伝えると微笑まれ、むず痒かったが、彼らは朱点の兄姉である廃嫡された問題児達が、幽閉されていた【域】を抜け出し逃亡したので、くれぐれも気をつけるようにと言われ送り出された。
 
 お菓子や軽食などを抱え、あいつの部屋までの回廊を歩いていた。

 庭の方を見ると最近になって蕾が付いた青薔薇の木が見えた。
 あいつの【華】が顕現して咲くのは初めてのことらしい。
 このことにこの宮の下部たちは大層喜んでいた。

 僕も密かに開花を楽しみにしていたが、まだそれは遠そうだった。
 
 ───久しぶりに耳長と話せて嬉しかった僕は注意が散漫になっていたのか、奴らが近づいてきていたことに全く気がつかなかった。

 庭の方に向けていた視線を戻すと、目の前には穢れた変な青い魂の奴らが立っていた。

 僕の家にも居る、朱点に呪詛をかけたりしたという良くない奴らと似たをしたやつだ。
 その変な奴らの中で一番偉そうにしているやつが、僕に話しかける。

「スゲェいい匂いがするから来てみれば、こんなところに綺麗なメスのガキがいるとは…」

 ニタニタとやらしい笑みを浮かべた、奴からはドブみたいなくっさい匂いがする。

 (これが噂に聞く、祓えないほど穢れた魂の匂い…)

 あまりの悪臭に吐き気を覚える。
 周りに侍らせている奴らも似たように酷い悪臭を放ち、鼻が曲がりそうになる。

 匂いなどで気分を悪くして、僕はいくつかのお菓子を取り落とした。
 奴はそんなことは意に介さず放置して、他の奴らと話し出す。

「あいつの【華】を付けて、皇の角を生やしてる。
こいつが噂のあいつの『運命』だろうな」

「あいつは弟のくせに生意気でだし、俺らを差し置いて親父の跡を継ぐとかムカつくよな?」
「丁度良いからこいつで憂さ晴らししないか?」
「こいつで楽しむのか?」
「早く逃げないといけないから無理だ」
「この子を連れて行くのはどうかしら?」

 どうやらこいつらは全員が朱点の兄や姉の様だった。
 全部で十人少々いたが、皇の角も持たない。
 穢れがひどく、罪びとのように【名】を奪われているのか、それも持たない。

 おまけに変なを纏っている。

 さっき話しかけてきたあいつの兄らしい変なやつが僕の手を掴み、

「じゃあお前はこっちに来い」

 と強引に引っ張りどこかへ連れて行こうとする。
 持っていたもの全てを取り落とし、いくつかの瓶が割れた。

 奴らは罪びとの様に短く髪を刈り込まれ、首輪もついていた。
 そんなななりをしているが、一応皇子と皇女のはずだ。

 (僕よりも上の階級に属しているはず……)
 
 ありえないくらいに穢れているから違うかもしれないが、これが召し上げにしたって既に僕はあいつの愛人だ。

 それにこういう時は自分の仕える主を伝えるものだ。
 昔はこういった事で主人が争い、酷い結果に終わったことがあり、ちゃんと掟でも決められている。

「お離し下さい!私は朱点様にお仕えしております。何かございましたら朱点様に許可をお取り下さい!」

 あいつ名を出したら怯むどころか、奴らはさらに面白そうに「やっぱりな」などと言ってさらに強く僕を引っ張る。

「いいからこっちに来い!皇子様の命令だ」

 僕は朱点からあまり部屋の外を彷徨くなと言われていた。
 こういうやつもたまに居るということ聞いてはいたが、まさかにあいつの宮で誘拐されそうになるとは思わなかった。

 一応、こういった厄介なのに絡まれた場合の対応を教えてもらったが、こいつらには効かなそうだ。

【名】も持っておらず、力も弱い。
 元は美しかったであろう容姿も穢れによって歪み醜く変貌していた。
 放たれる悪臭も辛く、同じ場所にいるのが苦しい。

 本当にあいつの兄弟とは思えなかった。

 僕を拘束した男が周りの兄弟と楽しそうに喋る。

「あいつも最近は食事を頻繁にしないといけないくらい弱ってるみたいだし、おかげで【域】も破れた。
これでもう怖くなんてないからな。ハハハハハハ………」
「「「「ハハハハハ…」」」」
「「「アハハハ」」」

 どうやら最近僕があいつから血を飲みすぎているせいで、こいつらは幽閉されていた所から逃げ出せたらしい。

 ちらりと見ても十人以上いる。

 いくら弱く穢れた魂の奴らでも、こいつらに僕が一人でなんとかするのは難しい。

 姉や乳母などから魔術を仕込まれたが、何故か攻撃するようなそんな力は教えられず、護りや癒やしや蘇生などしか知らない。

 秘印ルーンを描いて行使するには、両手を拘束されている今の状態では無理だ。

 (鬼の呪術をもう少し勉強しておくべきだった)

 いまさら言っても遅いがそれを悔やんだ。

『俺を、喚べ』

 どうしょうもない状態の中でそのことを思い出す。

「朱点!」

 笑いながら僕を拉致して連れて行こうとするこいつらの声に、それは飲み込まれ消された。

 (やっぱり無理だろうな…) 

 とりあえずどこかで拘束が外れたときに、護りの魔術だけでも使うことに決め、それまで体力を抑えることにして、気づかれないように呪歌ガルドルだけ小さく唱っておく。

「あいつが飢えてるのはいつもの事だけど、渇きもおぼえるなんてね」
「あの化け物ヤローが恋に浮かれるなんてないと思ったけど、おかげで助かったよな?」
「本当にそうだよな。あはははは」
 
 その時、僕の後ろから恐ろしい気配を感じ、震えた。
 最近ずっとそばでよく嗅ぐ、薔薇の薫りもする。

「…は、ひぃ!」

 僕を拉致しょうとしている男が奇声をあげた。

 存在そのものが震えるくらいに怖く、恐ろしいそれは口を開いた。


「俺の嫁に何をしている?」


 ───朱点だった。


 (え?!こいつマジに聞こえてたの!嘘だろう?!)

 それにありえない速さで駆けつけた。

 驚きすぎて思わずポカンと口が開き、集中も途切れたことで途中まで作り上げた護りの魔術が霧散する。

 (僕のことを『嫁』とか言ったよな?)

 そんなことは了承していない。

 そもそもそんな話は聞いていなかった。
 それに僕の家…【青】も父を除いて大反対している。

 朱点の登場に奴らは大いに慌て僕の手の拘束を解放する。

 奴の元から抜け出し逃れた僕を朱点は抱き寄せ、軽く頭を撫でてから「大事ないか?」と言うと僕を庇うように前に立った。

 そして奴らに向かい一言「許さん」とだけ呟いた。

「ひぃッ!し、朱点…何だよ、この子がなんか沢山色々持ってるから、手伝おうとしただけだよな?みんな?」

 僕らの足元に落ちて割れている瓶詰めの硝子の破片を見れば、それは嘘だとすぐにわかる。

「えぇ、そうよ」
「もちろんだ、こんな大荷物持たせるなんてどうかしているぞ?」

 そんなこともわからないくらいに焦り慌て朱点に苦しい言い訳を続ける。

 ───奴らは朱点を異常なくらいに怖れていた。

「その割には俺のお姫様の腕には、貴様の手が痣になってついているが?」

 今まで聞いたことがないほど冷たく、抑揚のない声が朱点から出ることに僕も驚く。

 朱点は恐ろしいまでの殺気を出しやつらを睥睨するが、それはとても兄弟に向けるものでは無い。

 僕もそのビンビンに感じる恐ろしい威圧に肌が粟立つ。

 朱点が生まれるまで、皇様と后陛下にはろくでもないものばかり生まれていた。
 あまりに素行が悪く相応しくない酷いものなどは処刑されていた。

 そう聞いていた。

 目の前にいる奴らも近々そうなるのでは?と言われているような奴らだった。

 今まで僕は朱点のこんな面は見たことなかった。
 いつも僕には「俺のお姫様」とか言って、デロデロに甘やかす。

 それにしても奴らは皇の鬼の癖に、なんでこんなに【名】無しで穢れたものばかりなんだろうか?

 こんな緊迫した状況の中でも側にこいつが居るというだけで、先程までとは違い安心して余裕のある自分に気がついた。


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