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黒衣のマデリーンは何故一人で祭壇に立ったのか?

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 昨夜の雨が嘘のように晴れ上がった美しい青空の下、とりどりの春の花に包まれた教会では、今まさに結婚式が始まろうとしていた。
 式の始まりを今か今か待ち構えている人々は、目にも楽しい装いで集い、そこここで賑やかな声が上がっている。

 定刻を迎え、パイプオルガンの荘厳な音が礼拝堂に響き渡ると、参列者達がバージンロードを歩むふたりを祝福しようと、扉を凝視する。

 ギギィ······と重めかしい扉の開く音がすると、人々が本日の主役を拍手で迎え入れようとして――ぴたりと止める。

 その音からする大方の予想通りに扉が開いたのだが、幸福を象徴する純白の父と娘の姿はなく、黒衣の娘が現れたのだ。そしてその娘は晴れやかな絨毯の上をひとり静かに歩いて行く。

「何だあれは?」
「結婚式だというのに黒衣で式場に入るなどと!」
「······だが、あの娘は今日の花嫁では?」
「あれがマデリーンだというのか? ならば新郎は、アダムはどうした? 家族は何故止めなかった?」

 参列者の困惑や怒りの声を受けながら、黒衣の娘――マデリーンは祭壇まで辿り着き、司祭に何事かを告げて退席させた。いつの間にかパイプオルガンの音楽も止んでいる。

 そして、多くの戸惑いを気にせず悠然と微笑みさえ浮かべたマデリーンが、くるりと参列者の方に向き直り、静かに一礼した。

「皆様」

 晴れやかなこの場にそぐわない、低く落ち着いた声色に、人々がしん、と静まり返る。

「本日はご多用のところアダム・コーレイ並びにマデリーン・フラナガンの結婚式にご参集いただきまして誠にありがとうございます。

 今朝方に起こった取り込みごとのために、両家揃ってこの場でご挨拶がかなわず、誠に遺憾に存じます。ですが、これには止むに止まれぬ事情がございますことをお含みの上、何卒ご寛恕いただけますようお願い申し上げます。

 わたくし、今より両家を代表して御来賓の皆様に、諸事ご説明させていただく所存でございます」――――



     ◇     ◇     ◇



「明日になったら不倫だぜ。今日なら何も問題はないから会おう」
「いやだ、結婚しても続けるのでしょ?」
「ふふふ、お前だって俺と離れられないだろう?」
「それはそうよ。今日で最後ってわけじゃないんだったらあまり長引かせないでね。······ちょっと! 明日はドレスを着るんだから目立つところに跡を付けないでったら」
「二人揃って寝過ごしたら問題だよなあ。でも独身最後だから名残り惜しくて······な」

 明日夫となる男と自身の親友が待つ部屋をノックしようとしてマデリーンは手を止めた。漏れ聞こえてくる声から、今日も浮気することがはっきりと分かった。
 マデリーンも知っていたし、両家の親も知っていたが婚約破棄は出来なかったのだ。

 男はアダム・コーレイ。家は手広く商会を営んでいる男爵家だ。親友はモニカ・レステル。マデリーンの領地に居を構える男爵家の娘で、幼少より付き合いがあった。

 後ろに控えている侍女もティートローリーを運び入れられず困惑しているが、お湯がぬるくなるくらいどうでもいい。今はそれどころではないのだ。
 あらかた聞き終えてから、マデリーンはティートローリーからミルクピッチャーを摘み上げて床の上で手を離した。
 ガシャン、と陶器の割れる音を廊下に響かせた後、「あら、怪我はない? ······それなら交換してまた持ってきてくれる?」と侍女に声をかけてから、扉を開けた。

「マデリーン、遅かったわね」
「まあそう言うなよ。花嫁さんには色々やることがあるんだろう?」

 マデリーンが薄く笑みを返したことで気を良くした二人は、遅れて運ばれて来たお茶に文句を言わずに口にした。

「明日は楽しみねえ。素敵なドレスなんでしょう」
「ええ」
「モニカもウェディングドレスに興味があるのか? 着させてもらえばいいよ」
「ええっ。花嫁より先に着るのは良くないわよ。ねえ、マデリーン」
「ドレスは、まだお母様が仕上げの刺繍を入れていると思うわ」
「そろそろ終わってるだろう? 見に行こう!」
「嬉しい! 行きましょう」
「······ええ」

 彼等にとっては勝手知ったる他人の家。母ドミニクは裁縫室にて侍女とともに縫い物をしていたが、突然やって来た明日からの義息子にも頭を下げて、入室を促した。

「わあ、お母様、ドレス真っ白で綺麗ですねえ。刺繍もビーズもすごく凝ってて素敵!」
「ありがとう、モニカ······」

 縫いかけのものを躊躇いなく持ち上げて触っているモニカに、ドミニクは『針に気を付けて』と言うだけで口を噤む。
 たしかにとても綺麗な出来だ。ドミニクが生地にも糸にも光沢のあるものを吟味して選んだだけはある。従来のしきたりに則って花嫁のマデリーンがドレスを縫い、嫁ぐ娘のために母親が手をかけて装飾を施す。そうしてまさに完成しようとしていたウェディングドレスなのだから。

「ヴェールはどこにあるんですか?」
「準備の済んだものは教会に預けてあるの。ドレスだけはギリギリまで気になってしまって」
「じゃあ靴や宝石もですか? ざーんねん」
「ごめんなさい、モニカ。当日のお楽しみにしてね」
「······はーい」

 今日は少し曇っている。それでも僅かな陽の光を受け、ドミニクの丹精した刺繍が光っているのが分かる。フラナガン領によく育つ黄金草の花の刺繍の花弁部分にはビーズが縫い付けられていて、それもまた違った輝きを見せている。

 ドレスをためつすがめつ眺めるモニカを横目に、アダムがドミニクに頭を下げた。

「お義母様、すみませんがモニカに試着させてもらえませんか?」
「えっ······、でも」
「いいんですよ、未完成でも。モニカも花嫁に憧れてるんです。こんなドレスを見たら着てみたくなるもんじゃないですか」
「マデリーン······」

 ドミニクの呟きで二人の目もこちらに向かう。溜息を呑み込んだマデリーンの口は笑みを湛える。

「いいのよ。さあ着てみて。でも······モニカにはサイズが合わないかもしれないわよ」
「うふふ、そうかもね。でもお言葉に甘えて着てみるわ!」

 それからしばらくは、モニカのファッションショーになる。華奢なモニカには少し大きかったのだろう、胸元が緩いところが逆に危うい色香に変換されている。そんなにアダムの近くに寄ったら上から肌が覗き込まれてしまうだろうに。

 マデリーンの家で、マデリーンの花嫁衣装で、マデリーンの母と婚約者に見守られながらくるくると回って裾をひらめかせるモニカ。そして、綺麗だよ、似合うよ、と目を細めて喜ぶアダム。ドミニクまでも、とても良いわね、とお追従を言っている。

 微笑みを絶やさずにいたマデリーンは、ドレスから垂れ下がる刺繍糸が踏みつけられ、ついには解けてしまった花の刺繍を見ていた。
 まるで私みたいね、と。



 アダムは、これからバチュラーパーティーだと言って帰って行った。悪友の独身男性達が最後に祝ってくれるのだと言っていたが、ならば何故モニカも付いて行くのか。
 さっきもそうだったか、モニカはマデリーンだけに聞こえるように言葉を吹き込んで行くのがお決まりだ。
 軽くて、嫌な言葉を。

 一陣の風が通り過ぎた後のような裁縫室でマデリーンの心はささくれ立つ。無造作に脱ぎ捨てられたウェディングドレスをドミニクに返しながら、マデリーンはつい小さく息を吐いた。

「ごめんなさい、マデリーン。こんな······」
「お母様」
「な、なにかしら?」
「お母様は何をもって、謝るのですか?」
「それは、ドレスが」
「あんな男と結婚しなければ立ち行かない我が家の事ですか? 不甲斐ないお父様の経営手腕のことですか? モニカとアダムが結婚後も愛し合うことをあなた方が許していることですか?」

 ドミニクは俯くが、構うものかとばかりにマデリーンは言葉を続ける。

「分かっていますよ。お父様もお母様も、よく読まないでサインなさったのでしょう? 娘の結婚に関することだと言うのに。事業のことも同じ。深く考えずに、『娘の嫁ぎ先になるのだから悪いようにはされないはず』と思い込んだのですよね?」
「そんな言い方······」
「申し訳ありません。でも明日からはこんな愚痴も言えないのですから許していただけません? コーレイ家に行ったら滅私奉公の上、愛人承認な生活が死ぬまで続くのですから」

 また日が翳ったようだ。自然光では白いドレスが灰色に見える。マデリーンは静かに立ち上がった。

「ドレス、ありがとうございます。お母様の手ずからの刺繍も嬉しいです。フラナガン子爵家として恥ずかしくないものをご用意していただきましたわ。お祖母様のヴェールやお母様からのインタリオのブローチも大切に使わせていただきますわ」
「······愛しているわ、マデリーン」
「私もです、お母様」



 廊下を歩いていても、薄暗い。まだ明かりを灯すには早い時間だけれども、これから天気が崩れるかもしれない。

 父が早く帰ってくればいい。我が家の馬車は堅固ではあるが古く、また馭者が経験の浅い年若の者に代わったばかりなのだ。

 ケープを纏ったマデリーンは、お古となった明日のドレスを教会に預けに行くため家を出た。




     ◇     ◇     ◇
 


「――皆様ご存知のように、昨日は夕方頃から夜半にかけて天気が大きく崩れました。朝を迎えますと祝福のように快晴となりましたけれど、随分と雨足が強く、稲光もありました。そのため、一部の道では水が引いておりません。悪路の中、足をお運びいただいた方もおられたことでしょう。ご来場に際してご不便をおかけし誠に恐縮でございません」

 赤や黄色や紫、空色にピンク。虹のような色の洪水の中、頭を下げると種々の花の匂いが鼻腔をくすぐる。下を向いている間にこの芳香を楽しもう。

「さて、昨日のことです。某所よりのっぴきならない報告があり、父ベンジャミン・フラナガン子爵とアダムのお父上コーレイ男爵様が揃ってトホガ鉱山に参りました。この鉱山は当家が所有するもので、ここで主に採掘される花崗岩には磁鉄鉱の含有量が多いのが特徴です。領内では金物細工が盛んで、他にも農耕具などを製作しておりましたが、コーレイ男爵家との婚約が調った際に、あちらのフープー商会の要望にあった品を新たに製作したりしていたのですが」

 一度言葉を区切ると、いくつかの人が目を伏せる。この人々はアダムの友人だ。知っているのだろう、当家が実際には何を作らされていたか。アダムの家が陰で何を売っていたのか。知っていて黙っているのも同罪なのに、彼等はそれを分かっているのだろうか?

「どうしても鉱山の作業長と管理官に相談するる必要があるとのことで、雨が降り出す前にと連れ立って出かけられたのです。
 その後、コーレイ家から一報が入りました。トホガ鉱山内で落石事故があったと。いえ、落盤――崩壊ではありません。掘採壁にて浮石の落下があり、怪我人が出たのです。残念なことにその中に父とコーレイ男爵様も含まれていました。落石を避けきれずに転倒し、お二人とも大怪我を負ったようです」

 『事故』という言葉にざわめきが起こるが、マデリーンはそれを無視して話し続けていく。

「それで母とコーレイ男爵夫人も急遽トホガへ向かいました。救援のためフープー商会からも人が行ったようです。
 そのままあちらの病院に泊まることになるかもしれないと聞いていましたが、――やはり帰れなかったのです。山の方が雨も強かったようですしね。

 コーレイ家の馬車が数台でトホガ鉱山へ向かい、当家の馬車は入れ替わりで帰ってきました。お恥ずかしながら当家は一台しか馬車を所有しておらず、私が式のために必要だろうと父が配慮してくれたようです。
 帰りがけに馭者がフープー商会に言付けをしに立ち寄ったそうですが、そちらも早仕舞いしててんやわんやの騒ぎだったようで。

 あちらも早急にアダムへ連絡を入れたかったようですが、バチュラーパーティーなるものがどこで開催されているのかを私は知りませんでした。招待状リストを見ながらアダムのご友人方に連絡を入れてみましたが、どなたも参加していないとの回答でした。その節は突然ご連絡差し上げ、申し訳ありませんでしたわ。

 困った私は、当家を出るまで一緒だったモニカに知っていることはないか聞くことにしました。レステル男爵家に行きましたが、モニカは不在。当家に泊まりに行くとしか聞いていなかったようで、逆に先方に驚かれてしまいました。
 念の為コーレイ家にも確認に行きましたが、アダムの行き先までは分からないとのこと。仕方がないので私は弟と二人、家でじっと待つことにしました。

 昨夜は随分と雨が降り、強風に稲光と······まさに春の嵐といったものでした。弟がまだ幼く嵐を怖がりましたので、ともに眠っておりました、ですが雨が止んだ夜明け、家に憲兵の方々が参りましたの」――――



     ◇     ◇     ◇



「フラナガン子爵様はご在宅ですか?」

 明け方すぐの来訪に恐縮しながらやって来た彼等は、とても濡れた憲兵服を着ていた。メイドの用意した布巾を申し訳なさそうに使った後、返すのを躊躇うように小さく畳みながらそうマデリーンに聞いてきたのだ。

「いえ、生憎両親はただいま領内の鉱山へ行っておりまして、在宅しているのは私と五歳の弟だけなのです」
「······そうでしたか。では家令の方を改めてお呼びいただけますか? そしてどちらかお話の出来る部屋をお借りしたいのですが」
「構いませんが、今日は私の結婚式でして。あまり時間を割けませんことをご了承下さいませ」
「ええ。······人払いをして速やかにお話を」



 扉を閉めた応接室。乾いた布巾を二枚ソファに敷いて浅く腰掛けた憲兵達は、リーダーのニクソンが簡単に自己紹介をした後にようやく用件を口にした。

「実は昨夜、フラナガン家の紋が入った馬車がトホガ鉱山付近の山道で転倒事故を起こしました」
「······はい?」
「中には若い男女計二名。その傍には倒れた馭者。彼は事故で強く頭を打ったようで記憶が混濁したところがありますが、嵐の夜道を走っていた際に近くで雷が落ち、馬は怯えて暴れ、自身は路面に放り出されて失神してしまった、と話しております」

 マデリーンは突然痛みを感じた。ハッとして手を見ると、混乱の中で手を強く握りしめたのか爪が手の甲に食い込み、血を滲ませている。

「だ、旦那様に何かあったということですか!? ああ、神様!」
「落ち着いて聞いて下さい。馬車は崖側に転倒して落下。車体は途中の木に引っかかっていましたが、乗車していた男女は投げ出されたものか崖の下で死亡しておりました」
「憲兵様、それは!」
 
 動揺に身を乗り出すマデリーンを家令が押し止める。

「······失礼致しましたわニクソン様、お話を」
「馭者の話では、その男女はアダム・コーレイ男爵令息とモニカ・レステル男爵令嬢。馭者があなた様の命で二人を探していたところ、トホガ鉱山近くの酒場でよく目撃されていると聞き、行ってみたら会えたと。酔っ払う彼らをこちらに送り届けるために山道を走っていたらしいです」

 そこで一度言葉を区切り、お辛い話になるのですが続けてよろしいですか、とニクソンから断りが入った。嫌な話は早くても遅くても同じだ。マデリーンが頷くと、ニクソンは躊躇いつつも話を再開させた。

「遺体は損傷が激しく、落下の際にどうかしたのか両名とも衣服を身に付けていなかったようです。またどちらも新興の貴族家であるからか、家を象徴するような物をお持ちではなくて、身元を証明するものが······。
 そこで我々としてはまず馬車の持ち主であるフラナガン家に話を伺いにまいりました。コーレイ家並びにレステル家にも別の者が話を聞きに行っていますが、では昨夜は御当家の方はどなたも馬車には乗っていなかった、ということでよろしいですか? 
 そして、お二人をお探しになっていたのはあなた様ですね。
 詳しくお話を伺いたいところですが、······いや、結婚式当日にお邪魔して申し訳ありません。我々はひとまず辞去いたします」



     ◇     ◇     ◇



 コツリ、とマデリーンが一歩足を踏み出した音が礼拝堂に響く。先程までは小さな悲鳴や、悲嘆の声もそこここで聞こえていたのだが、マデリーンのヒールの音で再び時間が止まってしまったようだ。誰も言葉を発さず、身動ぎする者もいない。

「憲兵様方を送り出した後、――もう夜は明けていましたが、フープー商会から夜半に火災があったと連絡が入りました。小火程度で建物の殆どは無事だったものの、火は魔術によるものであった可能性が高いとの話でした。僅かに残された魔術痕とフープー商会従業員の魔力紋とは一致しなかったため、魔力紋登録のない平民もしくは他国の人間による放火の疑いがあるとのことでした。
 そして火災の現場検証中にフープー商会から見つかった『ある物』から、コーレイ家に家宅捜索が入ることになったと聞きました」

 参列者がにわかに騒ぎ出すが、マデリーンは詳細は分からないと言うに留めておく。予想はついているが本当に知らないのだ。
 ちらりとアダムの御友人方に目を向けると、帰りたそうに腰を浮かしては、不用意に響く椅子の軋みに慄いてまた尻を付けていた。

「それと、二人の遺体は魔力紋照会をかけて、アダムとモニカであることが判明しているそうです。併せてレステル家の御当主様、コーレイ家の方は家令が安置室にて確認をしたところ、身体的特徴が一致したとのことです。
 私はアダムの婚約者であり、モニカの友人ではございましたが、二人が私に内緒で頻繁にトホガ鉱山近くの酒場に行っていた理由は······分かりません。知りたくないような気がしますわ」

 涙など出ないが、一度目を閉じて呼吸を整え、再び目を開いてから声を出すと、マデリーンの声はとても良く響いた。また参列者が口を閉じたのだ。

「コーレイ家の事に関しましては現在捜査中の案件です。現在私から申し上げられることは少ないですが、花婿当人が死亡しているため、私は未入籍ではありますものの喪に服す気持ちでございます。そのような事情から黒衣でご挨拶となりましたこと、また本日の式は両家当主不在ではありますが取りやめとさせていただくこと、何卒ご理解願います」

 きちりと頭を下げた。



     ◇     ◇     ◇



 結婚式取りやめから数日経って、病院から父ベンジャミンが我が家に戻ってきた。車椅子を使っても足に響いて痛むようで、時々顰め面を浮かべながらもマデリーンへは笑顔を向ける。

「ああ、マデリーン。今回は申し訳なかった」
「お父様、まずはご無事で何よりですわ。痛みがあるのは足だけですか?」
「そうだ。石に当たって砕けた骨や破れた血管は治癒魔法で戻してもらえたのだが、足の腱の損傷や失った血液が多かった分は、自然治癒力に任せるしかないらしい」
「しばらく安静にしていらっしゃるのがいいわ」
「そうだな。······しかしマデリーン、コーレイ家とのことは」
「今、彼の家は王国騎士団による家宅捜索が入っています。当家にも聞き込みに来た憲兵の方によると、あの馬車の事故に怪しい点があったところから問題が発覚したらしいのですよ」

 ベンジャミンの側でドミニクは顔色を青くし、肩をしきりに擦っては身の内の不安を追い出そうと試みている。

「怖いわ。何が起きてるの?」
「お母様、当家も他人事ではないのですよ。あくまで憲兵様に伺ったことからの推測にすぎませんが、アダム達の乗ったあの馬車は何者かに襲撃されたものだということです」
「襲撃?」
「ええ。あの馬車は当家の家紋が入っておりました。ですから襲撃者は当家の者を捕らえようとしたのではないか、という可能性があるのです」

 喉が鳴ったのはベンジャミンの方か。マデリーンは冷めゆく紅茶に目を留めながら、結局は飲まずに話を進めることにした。

「ですがあの馬車に当家の者は乗っていなかった。お父様が病院に運ばれましたから、家族の誰かがあそこを通るだろうと待ち伏せられていたのだろうということです。幸いお母様はコーレイ家の馬車で行きましたから難を逃れましたが······」
「ひぃ!」
「そ、そんな! だが何故?!」
「決まっているでしょう。『あれ』が発掘されたのに気づかれたのですわ」
「······どこに? 我が家を狙うのは誰だ!」
「それはまだ分かりませんわ。ですが、『あれ』を秘密裏に保有して軍事利用しようとした。もしくは力を誇示して政治的有利に立ちたいと思った。色々と考えられますわ」

 しばしの沈黙の後、ベンジャミンがカサカサに乾いた唇を舐めながら低い声を出した。

「······それで我が家を狙うのは?」
「もちろん人質にして『あれ』と引き換えようとしたのかもしれません。ああ、もし私が乗っていたらそのまま何者かと婚姻させられていたかもしれませんね。その方が諸々手っ取り早いですもの」
「そんな!」

 ドミニクの悲鳴にベンジャミンも同調するような顔をするが、マデリーンにとっては自明のことだったろうにと呆れてしまう。

「ですから早く国に報告するべきと申し上げていましたわ。当家ではとうにコントロール出来なくなっていたのですから。
 今回、コーレイ家が王家に調べられることになって良かったのですよ。きっと当家の秘密もばれます。
 ――ですのでお父様、今すぐ私を子爵代理にしていただけませんか?」
「あなた······、マデリーン······、それは本気?」
「はい。お父様は事故によるショックで、長期療養が必要。領主としてのお役目を行使出来ないので、やむなく弟マックスに子爵位を譲渡する。ただマックスはまだ五歳。彼が成人するまで暫定的に娘のマデリーンを子爵代理とする。ということです。
 それでお父様は雑事に囚われずゆっくり静養にあたっていただけます。お母様も、危険な領主館に居るよりも、護衛騎士を付けて保養地にいらした方が心休まるのではないですか?」

 ベンジャミンの手が無意識な強さでテーブルに当たる。茶器同士が音を立てるが、マデリーンは気にせずカップを手に取り、お茶を飲んだ。
 冷めていてもおいしい。味が分かるのは自身が思ったより冷静に事を進めているのだなと思って、少しおかしくなる。
 非道なのかしら、わたしって。

「私はマックスが生まれるまでは後継として当家のことも学んできました。アダムと婚約してからはコーレイ家やフープー商会のことも勉強させていただいていましたわ。
 ······分かっているのです、私が一番。なのでご理解下さい、お父様」

 ――落ちた。
 逡巡を見せていたベンジャミンは、既にどうにもならない穴に落ちていることに気づき、項垂れたように了承の意を見せた。



     ◇     ◇     ◇



 暖かい風が吹く日。マデリーンはあの日以来教会に預けたままになっていた品を取りに来ていた。

 隣の司祭館から届けられたラタンの箱の中に、あの日身に付けなかった花嫁衣装があの日のままに閉じ込められていた。ドレスもヴェールも、インタリオのブローチも。礼拝堂にあの日飾られた花はすでに無く、なんでも希望した領民が片付けがてらに持ち帰ってくれたらしい。
 ありがたいことだわ。マデリーンは領民達の家を彩った花を思って笑みを浮かべた。いや、もしかしたら花束にして売ったかもしれないわね。ここの領民達はしたたかで可愛らしいから。

「マデリーン嬢」

 突然声がかかり、マデリーンは慌てて振り向いた。

「······クラドック政務調査補佐官様」
「終わったかい?」
「はい」
 
 礼拝堂の扉の側に立っているのはロベルト・クラドック政務調査補佐官。王城事務官の一人で、マデリーンは先日自ら望んでこの方とお会いしたのだ。

 マデリーンが手元のブローチを指で撫でてから胸に付けている間に、クラドックはこちらに近づいてくる。

 ドミニクは知らないようだったが、このインタリオのブローチは、過去暫定的に女性当主となった方のために作られたものだ。
 フラナガン家当主は封蝋に使用する印章を指輪にして持っている。ただこの指輪は女性が使用するには無骨過ぎるので、彼女はブローチにして当主の証としたとの記録がある。

 昔から豊富な鉱物に恵まれたフラナガン領。金物細工に長けた職人の技法が詰まったインタリオ――すなわち沈み彫りのそれは、いつの間にか役目を忘れられ当主の妻へ贈るものへと形骸化してしまった。フラナガン家紋の黄金草とトホガ山を組み合わせた美しい意匠のブローチ。私の胸を飾るこれは、紛うことなき当主の印章なのだ。

 だから私は王家に手紙を出した。フラナガン家の印章が付いたものなら、すぐに政務調査室に届けられる。そこで私は式を挙げる予定だったあの教会を視察するという名目でいらっしゃった政務調査補佐官様に極秘面会し、『あれ』のことを報告したのだ――――。



     ◇     ◇     ◇



「それは本当ですか?」

 少し古めかしいものの、モスグリーンの壁紙が落ち着いた雰囲気の一室で、抑えた声が発せられる。教会では人目があるということで、司貸してもらったのだ。

 ロベルト・クラドック政務調査補佐官は、王城にて国のあらゆる政策について調査調整を担う部署にお勤めしている、らしい。各領地に関する監査もこの部署が行っているため、領主は何かあればまずこの部署に報告することになっている。だがマデリーンは領主の印章は持っているものの、現領主である父に無断で使用した。これは本来許されることではない。

 そんな娘が何を言い出すのかと思われているのか。訝しげにこちらを見るクラドックに、マデリーンは首肯する。

「はい。間違いございません。トホガ鉱山では以前より鉄、銅を主として採掘してまいりましたが、青い綺麗な石が出た、と報告があったのです。年配の鉱夫が彼の祖父に聞いた記憶によると『青の石花』と言うものらしいのですが、この石は簡単に水に溶ける特性があります。そして強い毒性があるので、摂取した生き物は体が痺れて、」

 この青い石が何なのか。鉱夫任せにはせず、マデリーンも色々な本で調べたのだ。一時期は鉱物の本ばかり読んだり、トホガの町で色石を扱う店などでも聞き込みをした。今ならそれが悪かったのだと思うが、当時のマデリーンは必死だったのだ。沈鬱な声で報告を締める。

「――確実に死ぬんだとか」

 同じ史実を読んでいたのだろう、クラドックも顔を歪める。

「200年前のリフメンフィル戦争で使用された『青の石花』ですか。現在は幻の鉱物のため、知識としては知っております。······加熱すると白い粉状になるので扱いやすく、風魔法で川に飛ばされたり、あるいは爆弾にでも混ぜて使用されると、そこが死の土地になってしまうという。しかし当時も僅かしか採掘出来なかったのです。非常に稀なものではないのですか?」
「ある一部の区画だけに現れたのです。なので落盤の恐れありとしてそこを閉めて、立入禁止にしていたのですが」
「見つかったのだな。コーレイ家に」

 クラドックは髪の毛をグシャリと掻き乱しながら苛立たしそうに、そう呟いた。こちらが本性の言葉遣いらしい。

「······はい。気づきながら報告が遅くなり申し訳ございません」
「君はその時まだ十三歳だったのだ。何かが起きていることには気づいても、何か出来たはず、と悔やむことはない」
「······綺麗な石だから、寝たきりの子供に見せてやろうと、こっそり持ち帰った鉱夫がいたのです。それでその子は」
「もう話さなくていい。君は一人で重たいものを抱えていたのだな。だけど君はその荷物を下ろす決意をした。ならば今度はそれを俺達が担ごう。コーレイ家には我々も煮え湯を飲まされていたんだ」



     ◇     ◇     ◇



 礼拝堂には他に誰もいなかった。マデリーンのもとへ歩み寄るクラドックの靴音は、二人の距離が縮まったところで止まった。

「マデリーン嬢の言う通り、フープー商会とコーレイ家からは、隣国との癒着に関する証拠が見つかったよ。それから君の婚約、結婚に関する契約書も」

 マデリーンは俯いたまま何も答えないので、溜息をついたクラドックはそのまま話を続けた。

「アダム・コーレイの死去により、両家の間で取り決められていた婚約婚姻に係る契約は無効になった。それに伴って今後コーレイ家からの融資はなくなる。だが」
「······私は現在フラナガン子爵家当主代理です。無理やりであったにせよコーレイ家の企みに加担されられていたことは事実です。罪を償うのは当主代理である私。弟は幼く何も知りません。責はどうぞ私に」

 礼拝堂の大きなステンドグラスが濃い色を差したように見える。少し曇ったかもしれない。マデリーンはこれからの天気を思う。またあの夜のように雨が来るのだろうか。

「······ご両親のことは?」
「父も母もおりません。私の心から消えてもらいました。······すみません、保養地で療養しておりますが、すでに引退した身でありますので。コーレイ家やフープー商会、引いては隣国と癒着していた罪に問われるのは私です」

 頑然とした口調で言ったつもりだが、クラドックに鼻で笑われてしまった。

「あまり俺を舐めてはいけない。いいかい、お利口さん」
 
 クラドックはよく使い込まれた手帳を取り出して、該当の頁を開いた。これから何が始まるのだろう。マデリーンは唇を引き結びながら、クラドックの手帳の表紙にある金の猫印を見つめていた。
 
「フラナガン家は五年前に商会を閉じた。それはお父上が先物取引に失敗して多額の負債を抱えてしまったからだ。
 ちょうどその時、たまたま以前から付き合いのあるレステル家から商会を立ち上げようとしているコーレイ家の話を聞き、たまたまコーレイ家と出会って商会を買ってもらい、たまたま同い年の息子がいるということであなたと婚約することとなり、融資を受ける代わりに条件を付けられた。そうだよね?」

 外では風が吹き出したようだ。クラドックはマデリーンを誘って椅子に座らせ、自分もその横に腰を下ろした。

「潤沢に資金を持つ行商人ってだけで怪しいだろう。国は以前からコーレイ家にきな臭さを感じていたんだ。コーレイ家は隣国の後ろ盾を得ながら荒稼ぎをしつつ、隣国の根城となる場所を我が国で探していたのだろう。そしてフラナガン家が条件に合致したため狙われた。商会を乗っ取り、一見それとは分からないように隣国武器となる重要な一部品を作らせ、『青い石花』を隣国に横流ししようとした。······マデリーン嬢を人質にして」
「······ええ、その通りです」
「元々領地を持たないレステル家はフラナガン領の近くに住んでいたな。それで子供の時からモニカと遊んでいたのかな? それならいくら隠されていたとはいえ、どこかで『青い石花』の噂を聞いてもおかしくない」

 ガタガタと扉が軋む音がする。やはり風が強くなったか。マデリーンはギュッと麻のスカートを握りしめるが、クラドックはそれを気にすることなく手帳に目線を戻す。

「先物取引の話を持ってきたのはレステル家?」
「そう聞いています」
「それでお詫びのつもりで、いい値段で商会を丸ごと買ってくれる人を見つけてくれた?」
「ええ」
「あなたの父上は、生まれたてなのか?」

 乾いた笑いが出てしまうが仕方ない。ベンジャミンは性善説が大前提の世界に生きているのだ。

「おそらくフラナガン領に親しんでいたレステル家の誰かが『青の石花』が見つかったことに気がついて、隣国と繋がってあくどい商売をしていたコーレイ家と共謀して、フラナガン家を嵌めたのだろう」

 陽が翳って行く。マデリーンを慮るようにしばらく様子を見ていたクラドックは、彼女の膝の上の手に自身のものを重ねた。

「コーレイ家とレステル家が、フラナガン家に対して詐欺行為を働いていたことは、近く白日の元に晒されるだろう。そうなれば」
「······あの子はいつも『わざとじゃないから許してくれるわよね?』と言うのです」
「マデリーン嬢?」
「私はその言葉が、嫌いでした」―― 



     ◇     ◇     ◇



「わざとじゃないから許してくれるわよね?」

 モニカはよくそう言いました。

 そうして私のリボンを池に落としたり。
 そうして茶会で私の小さなミスを話したり。
 あるいは学院で、あるいは両親に、お友達の前で、アダムの前で、私の小さなしくじりを少しずつじわじわと広げていくのです。

 私はどれだけのものを失くしたでしょう。
 信頼や友情や愛情に、ヒビを入れられ、アダムには蔑まれ、落ち込んで成績を落とし、学院での居場所をなくし、それでもあの子は私の側に来るのです。

 十三歳で婚約が決まった時にはまだよく分かっていませんでした。ただ家が傾き、アダムの家に養われ、コーレイ家に逆らえない状態になると、今度は恩人であるレステル家をもっと優遇するようにコーレイ家に言われました。

 気力を奪われた私は、戦うすべを持っておらず、学院でも社交界でも恋人然とするアダムとモニカを諌めることもしませんでした。
 アダムは平気で私に会いに来ますが、よくモニカも伴って来ました。今にして思えば両親は当時から両家に弱みを握られていたのでしょう。両親も彼等に文句が言えず、彼がモニカと恋人であることは見て見ぬ振りをしましたから。
 そうして両親も私を貶めて行ったのです。『マックスのために我慢して、あなたはお姉さんなのだから』と言いながら。

 コーレイ家とレステル家に後ろ暗い繋がりがあることに気づいたのはだいぶ後です。
 友人だったあの子から彼を紹介され、三人でよく遊びました。それからあれよあれよという間に我が家が負債を抱えて、商会を売ることになり、心配した彼の家から融資が決まり、その理由付けにということで、あっという間に婚約が調いましたから。

 『赤龍の舌』と呼ばれる石をご存知ですか?  真っ赤な石で、ところどころに銀が混じることで龍の舌のような輝きを持つ鉱石の、あれです。500度以上の高温で毒性化しますが、発光するような赤に惹かれる人が多く、普通は加工して美しさを愛でますわ。
 しかし父はそんなものを採掘された形のままペーパーウエイトにしていたのですよ。そこからレステル家に目を付けられ、トホガ鉱山で珍しい青い石が出たという情報をコーレイ家に横流しされました。
  
 両親にも婚約者にも友人にも軽く扱われ、周りはそれを黙認している地獄のような日々が、結婚したら肩書が婚約者が夫に変わってまた地獄が続く。

 アダムとモニカのことは不幸な事故でしたが、私としてはようやく地獄が終わるなとホッとしたものです。

 何かご不快な思いをさせてしまいましたか?
それは失礼いたしました。
 ですが、わざとじゃありませんから許して頂けますわよね?
 それが母が言うには『大人のルール』なのだそうですし。

 あの子には辛いことばかり教わった気がしましたが、これだけは良かったと思いますの

「わざとじゃないから許してくれるわよね?」

 魔法の言葉ですわ!
 私はこの言葉を胸に、これから歩んでいこうと思います。



     ◇     ◇     ◇



「――雨は止む。霧は晴れる。やがて空は澄み渡り、青空を取り戻す」
「何のことですか?」
「何でもない。このブローチの、君達が黄金草と呼んでいるのはオキザリスのことだろう? フラナガン子爵家家紋の」
「ええ。この辺りによく咲くんです。小さな野花ですが、私はとても好きですわ」

 黄金草――オキザリスは色んな色の花がある。冬から春にかけて領内のあちこちを彩り、マデリーンはそれを見ながら馬車に乗るのが毎日の楽しみだった。

「君に似合う花だね。ああ、オキザリスは酸が出るから金属を磨くのにも使われるらしいね。金属加工が盛んなフラナガン領らしい花だ」
「ありがとうございます」
「ところで」

 クラドックは世間話を続ける親しい二人のように会話を続けて行く。

「コーレイ家の商会、『フープー』は隣国ではヤツガシラ――王冠を持つ鳥のことを言うんだそうだ」

 マデリーンは頷いた。
 フープー商会。華やかなトサカが王冠をかぶっているように見えると言われる鳥の名前だ。やけにゴテゴテとした商会印を作っていたので、仕事を手伝いながら何度も見てはうんざりしていたのだ。

「我が国では王冠を持すのは国王陛下ただお一人。鳥とはいえ王位を持つ者のような名前を店に付けるとは、と思って調べたことがある。他国にはヤツガシラは『泥棒』『戦争の前兆』という意味も持つらしい」

 隣国が指定した名前なのだろう。不気味な意味にゾッとする。コーレイ家は新興家ではあるが、もしかしたら初めから全員隣国の人間なのかもしれない。

「マデリーン嬢。もう行方をくらませてしまったが、あの馭者は『青い石花』で被害に遭った家族のようだね。平民ながら魔力がある。火魔法も風魔法も得意な者だったとか。そして君はコーレイ家にもフープー商会にも容易に立ち入ることが出来た。あの嵐の晩にもね」
「······あの石のことを国に相談したいとは思いましたが、ここまで優秀な人は望んでいなかったわ」
「誠に悩ましいことに、俺は君を愛し始めている。歳も十も上だというのに」

 クラドックは手帳を懐中にしまい、マデリーンに向き直った。

「君は『青の石花』を適切に取り扱い、適切に国に報告した。また要長期加療となった父君が息子へ爵位譲渡する件も適切に行っていると思うよ。俺が多少手を回して承認を早めたのもあるが。陛下からも勅命を頂いていたからね。『無能なベンジャミンをフラナガン家から引き剥がし、とっととコーレイ家と隣国の企みを潰せ』と」

 だから、国はフラナガン家のことは黙殺し、全てをコーレイ家とレステル家の罪として裁くつもりでいるんだ、とクラドックは語気を強める。

「安心するんだ、マデリーン嬢。君の家は、領民は、武器自体を作っていない。『青い石花』も横流しせず報告をしたのだから。君は弟を、領民を守ったのだから。
 そしてコーレイ家の金庫には、君の父君が長年の心神耗弱状態であったことを仄めかす書簡もあった。フープー商会の裏帳簿の入った隠し金庫も分かりやすくなっていた。まるで小火で慌てて持ち出そうとしたように」

 泣くまいとしていたマデリーンの瞳が滲んで揺れた。

「私は、罪、を······」
「『輝く心』」
「えっ?」
「オキザリスの花言葉だよ。もう一つの意味を知ってる?」
「いいえ」
「『あなたを捨てることはない』。俺は君を捨てることはないよ」
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