エルフの巫女のガーディアン ~エルフの巫女を護衛するだけの簡単なお仕事って言ったよな?~

玄野ぐらふ

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第1章 クソ勇者からはじまる簡単なお仕事

第3話 精神融合と覚醒

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 暗黒大陸の中央を通る山岳地帯には〈流刑者の谷〉と呼ばれている流刑地がある。
 誰も帰って来ないはずの暗黒大陸に地名が付いているのはおかしな話だが、実際に〈流刑者の谷〉は存在する。
 それは、行き先に谷があるということが古文書に記されていたからその名がついただけで、実際に〈流刑者の谷〉を確認したものは誰もいない。
 アルフェラッツ王国は建国以来、その谷を流刑地として使ってきた。
 その地を流刑地として使うことができたのは、古代魔法文明が残した転移魔法陣があったからだ。
 ところが現在はローデシア帝国との紛争地帯が近いこと、そして転移魔法陣を起動できるだけの魔力を持った魔導士がいないことで放置されている。

 齢十六歳で辺境の天才剣士と称されたツバサ・フリューゲルは、不本意ながら勇者ガイルによって〈流刑者の谷〉に飛ばされた。

「ううう……、頭が痛い……。ガイルのやつ、クソッ……」

 流刑者の谷の崖の上でツバサは目を覚ました。

「ここはどこだろう?」

 ガイルに散々殴られたせいで、ツバサはまだ体を動かすことができない。
 それでも必死で上半身を起こして辺りを見回した。

「前には森林、後ろは谷か。ここが大昔使われていた流刑地なのか?」

 どこか遠くで大型魔獣の吠える声が聞こえる――

 獰猛な魔獣が跋扈する領域、それが暗黒大陸なのだ。
 彼が早急にやらなければないことは、情報を収集して生き残り戦略を立てることだ。

「せめて武器さえあれば、生き残ることができるかもしれないのに……」

 しかし、それは無い物ねだりというものだろう。
 一方では、武器がないことよりも、ツバサは深刻な問題を抱えていた。それは生きる気力を失っていたことだ。
 今の精神状態ならもし武器があったとしても、この過酷な世界で生き残る可能性は少ないだろう。もっとも、心身ともに健康だとしても、ツバサの戦闘レベルで生き残る可能性はゼロに近い。

「まあいいか……。僕なんて婚約者を寝取られた大バカ野郎だ。生きる価値なんてない」

 ノルトライン辺境伯の次女であるジュリエッタは、ツバサの一つ上で小さい頃からツバサの面倒を見てくれた。身分の違いを鼻にかけない優しいお姉さんだった。

 コンスティー会長の娘であるイレーネは天真爛漫な性格で、ツバサの遊び仲間だった。幼馴染というのは、正しく彼女のことをいうのだろうとツバサは思っていた。

 その二人が急に変わった――
 勇者パーティーと過ごした一年間。彼女たちに何があったのだろうか? 人というものは一年間であそこまで変わることができるものなのだろうか?

 ガルルルルー。

 地の底から聞こえてくるような野太い唸り声――

 ツバサの目の前の森林から巨大なワーウルフが出現した。
 アルフェラッツ王国付近に生息するワーウルフなら狼をひと回り大きくしたくらいが普通だ。
 だが、このワーウルフは牛よりも大きいし、頭に角が一本生えている――

「ワーウルフなのか? やけに毛並みが綺麗だ……」

 それは魔獣と思えないほど美しく、神気に溢れていた。
 しかし、その魔獣が何であれ、ツバサには魔獣の牙から逃れるすべがない。気力も体力も残っていないのだ。
 彼は最後の力を絞り出して立ち上がった。

「こんな僕でも、お前に喰われてやるつもりはない」

 最後のプライドだった。
 天才剣士と称されたツバサが、一六年間の幕を閉じるための……。

 魔獣を見ながらゆっくりと後ろに下がる。魔獣はツバサとの間を詰める。
 そして魔獣が飛びかかる。ツバサはタイミングを合わせて後ろに倒れ込む。

 ツバサと魔獣はもつれながら流刑者の谷へ落ちていった――



    ◇ ◇ ◇



 明らかに背骨が折れていた。
 足の感覚は全くないし、手も動かない。
 辛うじて意識があるのは運が良かったのだろう。ひょっとしたら、地面と衝突した時にワーウルフをクッションにできたのかもしれない。立場が逆だったら完全に潰されていたはずだ。

 ツバサは最後の瞬間が来るのを待った。
 この世との別れを待った。
 しかし、その時はなかなか訪れない――

『致命的なダメージを検出しました』

 ――今の声はなんだろう?

『自動超回復プロセスを実行します』

 ――誰かいるみたいだけど?

 声を出したいが、ダメージが強くて声が出せない。

『完全回復術式を起動します』

 誰かの声が聞こえると、ツバサの身体が白い光に包まれた。

『完全回復術式が完了しました』

「あれっ? どこも痛くない」

 ツバサは何事もなかったように起き上がり辺りを見回すが、巨大な血だらけのワーウルフが横たわっているだけだった。

『次に身体能力向上術式を起動します。今回のダメージに見合った上昇率は八倍です』
「身体能力向上って何だ?」

 白い光が消えると、今度は金色の光がツバサを包み込む。

「か、体が熱い!」

『身体能力向上術式が完了しました。身体能力向上術式の効果により戦闘レベルが18から144に上昇しました。これで自動超回復プロセスを終了します』

 ツバサは自分に何が起こっているのか理解できなかったが、今まで味わったことのない高揚感に包まれた。

 ――今なら何でもできる。

 心と肉体はつながっている。身体能力が向上したら、それは精神にも大きく影響を与える。
 ツバサは両手を握りしめた。

「何だこの湧き出る力は……」

 それはそうだろう。人間の戦闘レベルは歴代の最強勇者でも150ほどなのだ。
 ツバサはすでにその戦闘レベルに達してしまっている。

 なぜ自分の体が完全回復したのか? なぜ戦闘レベルが144になったのか?
 疑問が浮かんでくるが、ここは暗黒大陸なのだ。これから生き残り戦略を考えなければならない。
 その時、ツバサは苦しみだした――

「く、苦しい……。僕の中に誰かいる……」

 その苦しみは、何故かそのタイミングで、ツバサの中に眠っていたもう一つの意識が覚醒しはじめたからだった。

「俺はどうしたんだ……。頭が痛い……」

 精神融合……。
 ツバサ・フリューゲルは地球からの転生者だった。

「お前は誰だ」
「俺はかつらぎ……。桂木翼かつらぎつばさだ。君は?」
「僕はツバサ。ツバサ・フリューゲル……」

 その記憶が何らかの理由で封印されていた。そして、地球の記憶とこの世界――ミストガル――の記憶が融合されていく。その苦しみをは味わっていた。

「頭が割れそうだ……。く、苦しい……」

 地球に存在していたころの名前は桂木翼かつらぎつばさ。三十路のサラリーマンだ。
 彼は普通の人間ではなかった。
 いや、ちょっとやさぐれたサラリーマンなのだが、現在の地球上では一人しかいない〈精霊の紋章〉を持つ人間だったのだ。

 ――俺は誰かの依頼を受けてミストガルに転移しようとしていた。そして、半分だけ漆黒に染まった天使に殺された……。

「そうだ、あの天使はゼラキエルといったな。俺は転移するはずだったのに、あいつに殺されたので転生した。そういうことか……」

 桂木翼はミストガルに転生し、ツバサ・フリューゲルとして生まれ変わったのだった。
 三〇歳+一六歳の精神融合。
 それは激しい心の痛みを伴うものだったが、幸いなことに精神融合は一時間ほどで完了した。

「ちょっと記憶が曖昧だけど、判ってきたぞ。それにしてもミストガルに来ても女に苦労してるんだな、俺って……」

 ツバサが暗黒大陸へ送られた理由。それはまさに女絡みだった。だが、若いツバサの焦燥感や憎しみを三十路の翼が抑え込んだ。

 ――お前のようないい男には、もっと相応しい女が現れる。お前の方からあんな女は捨てちまえ……。


 実際、ツバサ・フリューゲルは男爵の息子であるだけでなく天才剣士と称されている。
 それにかなりの男前だと翼の心が評価している。もし、彼女たちのブロックがなければ多くの女性たちが言い寄ってきたはずだ。

 ツバサ・フリューゲルはニヤリと笑った。
 その表情には、かつてのツバサからは考えられないほどの悪さがにじみ出ていた――
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