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第二章 激闘の前に

第十五話 歡迎來到我們的船(我が艦にようこそ!)

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 タンタンタンタン・・・・・・・・

 エンジンの音も軽やかに、一隻の内火艇が「陽炎」に向かってくる
 トトトトトトトト・・・・・・・
 舷梯に横付けされ、北上先生と一人の男子が降りてくるのが見えた。
「全員、整列!」
 わたしの指示で銃を持ったみんなが整列し、銃床を下に立てておく「立て銃」の姿勢をとった。
(北上先生に『気合い入れて出迎えます』って言ったからね)

 カン、カン、カン・・・・・・

 二人が舷梯を上ってきて、最上甲板に立つ。その瞬間・・・・
ささげー、つつッ!」

 ジャギッ!

 わたしの指示が出るや否や、乗員たちは銃を自分の前で縦に持つ礼を行った。

 パーパッパッパッパッパパー!

 喇叭も吹かれ、銃を持っていない乗員たちも一斉に敬礼した。
「え?こっ、これは・・・・・・」
 小狼はいきなりのことに驚いてるみたい。
 わたしは彼の前に出ると、敬礼して口を開いた。
我在等ウォツァイタン歡迎來到我們的船ハンユンライウォメンデツェン歡迎您ハンユンニン(お待ちしておりました、我が艦にようこそ。歓迎します)」
 母国語を聞いたからか、小狼の顔から緊張の色が消える。
「我是李小狼、我是槍手的學徒。感謝您的指導和鼓勵(僕は李小狼、砲術士見習いです。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いたします)!」
 わたしに向かって敬礼した。
「你会说日语吗?(日本語は話せますか?)」
「是。我会说日语(はい。日本語は話せます)」
 わたしが訊き、小狼が返答する。
(と、言うわけで・・・・・・・・)
 頭の中を中国語モードから日本語モードに切り替え~!
「じゃあ、これからは日本語で話させてもらうわよ」
 小狼の方でもすぐに切り替えたようだ。彼の口からすらすらと日本語が出てくる。
「了解。よろしくお願いします。初霜艦長」
「実でいいわよ。実で」
 わたしはひらひらと手を振ると、自分を指さす。
「これからあなたの部屋に案内するから、ついて来なさい」
「わかった」
 小狼が荷物を抱えてついてくる。
 その様子を見ると、わたしは艦内に降りた。























 留学生がそれぞれの艦に着任した次の日。まだ朝日も上らない頃・・・・・・・・

 チンチンチン!

 グォォォォォォ!

 警戒ベルの音とともに昇降機が上昇する。
「ふう・・・・・・」
 俺―空母「信濃」飛行長の平沼敦はその様子を見ながら愛機に向かった。
「おしっ、今日もよろしくな」
 飛行甲板上に並べられた航空機の先頭。機体に小さく「六航戦魂」と書き込まれた艦上攻撃機「流星」の主翼に足をかける。
「よいしょっと」
 前側に設けられた操縦席に入った。

 ガチャガチャ・・・・・

 スロットルを前後に動かして動作を確認。次に操縦桿に手をかける。機付の整備員が機体を見ていることを確認。
「まずは昇降舵エレベーター
 操縦桿を前後に動かす。
 水平尾翼に取り付けられている昇降舵がパタパタと動く。
「昇降舵動作よし!」
 機付長が両手を大きく〇の形にする。
「次、エルロンとラダー行きます!」
「りょーかい!」
 操縦桿を左右に動かし、フットバーを左右交互に踏み込む。
 主翼に取り付けられた補助翼、垂直尾翼に取り付けられた方向舵がパタパタと動いた。
「補助翼、方向舵よし!」
 機付長からの報告を受けると同時に、俺は合図を出した。
「エナーシャ回せ!」

 ガキン!キュンキュンキュンキュン・・・・・

 エンジンカウル付け根付近に設けられた継ぎ手に始動クランクが差し込まれ、整備員が二人がかりでそれを回す。
「コンターック!」
 右手を回しながら叫び、コックピット内のレバーに手をかける。

 ガコン!シュポポポポポポポ・・・・・・・・・・バタバタバタ・・・・・・!

 エナーシャスターターレバーを引くと、排気管から白煙を噴き出してエンジンが始動した。

 バタバタバタバタ・・・・・・・・・!

 俺は操縦桿を手前に引きつけ、フットバーに取り付けられているブレーキペダルを踏み込む。

 カン、カン、カン・・・・・・

 足音が聞こえ、主翼に一人の人間が上ってきた。

 パシッ!
สวัสดีサワディー!敦!」
 肩を叩かれてその方向を見ると、ひとりの少女が立っていた。
「サリーリターか」
「トンブリでいいわよ。トンブリで」
 俺が言うと、彼女はひらひらと手を振る。なれなれしい。
 こいつは今回「信濃」に配属されてきたタイ王国よりの留学生、サリーリター・パックディープラソン。空母艦載機搭乗員だ。
 タイ人は複数の名前を持っていることが多い。コイツの場合「サリーリター・パックディープラソン」が本名。
 だが、そんな長ったらしい名前を使うのは公的な手続きだけなんだそうで、普段はニックネームで呼びあっているらしい。
「にしても、『トンブリ』はないんじゃねぇか?」
「仕方ないでしょ。文句あるなら父さんに言ってよ」
 俺がため息をつくと、トンブリは安全縛帯を締めながら言う。
 サリーリターのニックネームは「トンブリ」。かつてタイ海軍に在籍した海防戦艦の艦名なのだ。
(まあ、本人も気に入ってるんならいいけど・・・・・)
 俺は心の中でつぶやくと、トンブリに声をかける。
「早く乗れ。発艦するぞ」
「もう乗ってる」
 飛行帽に仕込まれたインカムからトンブリの声が聞こえる。振り向くと、革製の飛行装備を装着したトンブリが後席に着座していた。
「安全縛帯を締めて、風防は開けっ放しにしとけよ」
「了解」
 返事を確認すると、俺は踏みしめていたブレーキを開放。ゆっくりと発艦位置までタキシングを開始する。
「てーしー!」
 整備員の指示に従い停止。カタパルトのブライドルが機体下面のフックにかけられる。
「カタパルト・・・・か」
 俺の乗機でもある艦攻「流星」は重すぎて通常の方法では発艦できないため、我が第六航空戦隊の空母「信濃」、「大鳳」にはアメリカ海軍エセックス級空母と同等の油圧カタパルトが装備されている。

 ガシャン!

 不慮の事故に備えて尾部が固定され、二番機がすぐ横のカタパルトまで移動してきた。
「発進準備よーし!」
 発艦指揮官が両手で大きく〇を作って叫ぶ。
「トンブリ、準備はいいだろうな」
「バッチリよ!」
 俺は後席のトンブリに確認を取ると、尾部の固定を解除させた。
「発艦始め!」
 発艦指揮官が白旗を振り下ろす。
「発艦始め―!」
 俺はスロットルを開くと、敬礼するように額に当てた手を素早く前に振った。

 ゴシャァ!

 カタパルトの音が響き、俺の「流星」はすさまじい力で艦首方向に引かれる。
「行くぞ!」
 カタパルトにより増速した機体はそのまま飛行甲板を離れる。
「えいやっ!」
 操縦桿を引いてスロットルを開くと、いったん沈み込んだ機体が再び上昇した。
 左フットバーを踏み込んで旋回。母艦上空を一周しながら編隊を組む。
「ねえ、敦」
 トンブリが無線機で言う。
「カタパルト発進って、結構きついね」
「タイには空母はないのか?」
「あるにはあるけど、スキージャンプ式の発艦だし、最近はほぼヘリ空母と化してるから」
 ほぉ~。
「そうか」
 俺はそう返すと、後方を確認する。僚機たちが三機で一個小隊を組んでついてくるのが見えた。
「それにしても、シナノはでかいね~」
 トンブリが感嘆したように言う。
「まあな、これほどでかい艦はなかなかないよ」
 そう言うと同時に無線機を入れた。
「編隊指揮官機より全機へ。小隊ごとに散開!雷撃訓練を開始せよ!」
 各機が翼を振って答える。
「トンブリ、頼んだぞ!」
「わかってるって」
 俺は無線機に叫ぶと、夜間雷撃訓練を開始した。










 駆逐艦「陽炎」の朝は早い。
「総員起こし五分前~!」
 五時五十五分、総員起こし五分前を告げる放送が艦内に響く。
 わたし―初霜実は眼を開けると同時に、ハンモックから降りた。
 手早く寝間着を脱ぎ、学校指定のスパッツと艦ごとに異なる黒いTシャツを身に着け、スカートをはく。

 じゃらっ

 茶色く染められた牛革製の剣帯を装着し、バックルを締めた。
「これをっと・・・・・」
 セーラー服に袖を通し、前側についたホックを全て止める。

 カチャリ

 剣帯の釣り紐は左側にあるスリットから外に出し、短剣を装着した。

 キュッ!

 ピンク色のスカーフをつけ、制帽を被る。そして、ハンモックを片付け始めた。












 駆逐艦「陽炎」機関長、沖田夏芽の朝は早い。

 ゴォォォォォォォ!

 駆逐艦「陽炎」ボイラー室。三基の艦本式ロ号ボイラーにはすでに火が入り、轟音を放ちながら蒸気を作っている。

 カンカン!カーン!

 機関士たちはそれぞれ打音検査用のハンマーで各部のネジを叩き、戻ってくる音でゆるみがないかを確認していた。
「第一主罐、異常ありません」
「第二主罐、異常は特に見当たりませんでした」
「第三主罐。比較的軽微な水漏れがありましたが、修理完了しました」
 主罐担当のみんなが報告する。
「了解、引き続き昇圧作業をよろしく」
「はい」
 わたしはみんなに指示を出すと、更なる作業に移った。










 パッパッパッパッパッパッパッパ パッパッパパパー

 パッパッパッパッパッパッパッパ パッパッパパパー

「総員起こーし!」
 喇叭が鳴り、艦内放送が響く。

 ザザッ、ササッ

 当直に出ていた少数を除く乗員たちが行動を開始した。
「おい!起きろ!あと三分だぞ!」
「うあー、眠~」
 みんなが制服か戦闘服、または作業服を身に着けて前甲板に向かう。
 甲板前方には持ち回り制の体操当番の子が立っていて、こっちを見ている。
「海軍体操始め!まずは肩を回す運動!」
 みんなが整列すると、体操当番の子が声をかけた。
『一!二!三!四!五!六!七!八!二!二!三!四!五!六!七!八!』
 海軍体操は大日本帝国海軍独特のもの。海軍の体操第一人者である堀内豊秋中佐がデンマーク体操を日本向けに改良したものだ。
「前方屈伸!」
『一!二!三!四!五!六!七!八!』
 普通のラジオ体操などとは違い、体の柔らかさを重視している。それ故動きはカクカクしておらず、なめらかだ。
 また、狭い艦内でも行えるよう、艦に負担をかけないようにも配慮されている。
「体操、終わり!総員、別れ」
 一連の海軍体操が終わり、体操当番が指示を出した。
「ふう・・・・」
 わたしはラッタルを駆けあがると、艦橋内部に入る。そして、天井のハッチを開けた。
「いたいた・・・・・・お~い!陽炎~!」
 測距儀の上に立っている陽炎がこっちを向く。
「実さん!おはようございます」
「おはよう」
 わたしも返答すると、艦橋内部に入った。壁面に取り付けられたスイッチボックスに手をかける。
「無線主断器『入』」
三つ並んだスイッチの一つを上に倒す。
 このスイッチボックスは「陽炎」が大日本帝国海軍にいたころはなかったもの。最新式の無線装置のスイッチが集められている。
「艦内無線LANシステム『入』」
 艦内各所の情報端末をつなぐネットワークを起動。
「対外Wi-Fiシステム『入』」
 艦と外部をつなぐネットワーク機器も起動。これで艦橋側での動作は終わり。後は通信室で処理が行われる。

 グォォォォォォ!

 艦橋の外を見ると、主砲が音を立てて旋回しているのが見えた。左右に旋回した次は砲身に仰角をつけては戻す動作。

 ピッ!

《こちら永野。主砲に問題はありません》
「こちら初霜。了解」
 この動作は出港時などに行う主砲の動作確認。
 同じように魚雷発射管も動作確認を行い、情報がわたしの耳と持っているタブレット端末に入ってくる。
「神崎、ただいま到着!」
 永信が艦橋内に入ってくる。
「遅い!」
 わたしが言うと、永信が口を尖らせた。
「それ、今日の三時まで舷門当直していた人間に言うセリフ?」
 ギャーギャー言ってるのは無視して、わたしはさらに指示を出す。
「軍艦旗掲揚準備、しといてね」














「そこのハンドルを右に・・・・・」
「これを右に・・・・・・」

 ギィィィィィィ・・・・・

「そうそう、そんな感じ」
 わたし―永野美月は目の前に座る李小狼砲術士に向かって声をかけた。
 小狼がハンドルを回すと、それと連動してわたしたちがいる砲塔も回転する。
「おぉぉぉぉぉ」
 小狼砲術士が感嘆したような声を上げる。
「じゃあ、さっきと反対方向に回して砲塔を元に戻して」
「わかった」

 ギィィィィィィ

 再び砲塔が回転し、砲身が艦首方向を向いた。
「次はこのハンドルを回して」
 わたしはさっきとは違って縦向きに設置されたハンドルを指さす。
「OK」
 小狼がそれをクルクルと回すと、今度は主砲砲身に仰角がついた。
「じゃあ今度は反対側に回して」
「了解」

 キィィィィ

 反対側に回すと、砲身の仰角が減って水平状態に戻される。
「これで主砲の確認は終わり?」
「そうだね」
 わたしは言うと、腕時計を確認する。
七時五十分マルナナゴーマルか・・・・・・」
 そろそろ軍艦旗掲揚の時間だ。
「よし、行こう。小狼!」
 わたしは小狼に声をかける。
「え?行くって・・・・どこに?」
「そんなのいいから、後部甲板に集合」
 わたしは戸惑う小狼の手をつかむと、砲塔内から出た。





















 駆逐艦「陽炎」の後部甲板。ちょうど軍艦旗用の旗竿のあたり・・・・・
 一人の少女が壁にもたれて寝ている。しかもなんとも幸せそうな表情だ。
「三笠閣下~もう食べられないですよ~むにゃむにゃ」
 寝言を言う少女。その横を何人もの乗組員が通り過ぎるが、誰一人として咎める者はいない。

 カッ、カッ・・・・

 ゆっくりとした靴音がし、少女に大きな影がかかる。
「陽炎、起きなさい」
「むにゃむにゃ。三笠閣下~、カレーはもう十分ですって~」
 陽炎と呼ばれた少女はむにゃむにゃと寝言を言うと、眼を開けた。
「あ、実さん~」
 実と呼ばれた少女は少しため息をつくと言う。
「ほら、そろそろ軍艦旗掲揚なんだからさ、行くよ」










 駆逐艦「陽炎」だけでなく、多くの艦は軍艦旗(自衛隊では『自衛艦旗』って言うけど)を掲げ、掲げていない艦は海賊とみなされて攻撃されても文句は言えない。
 普段は艦尾に軍艦旗、艦首に国籍旗を掲揚することが普通で、毎日朝八時に軍艦旗を掲揚する。
 わたし―初霜実は続々と後部甲板に集まってくるみんなを見ていた。
  各科最小限の人数を除いて全員が集まる。みんな測ったように等間隔で整列した。
 旗竿の根元には軍艦旗掲揚を担当する通信科の乗員が喇叭を持って並んでいる。
 全員が集まったのを確認すると、わたしは指示を出した。
「気を付け!」
 全員が姿勢を正す。
「軍艦旗掲揚!」
 パー、パー、パッパッパー パー、パー、パッパッパー パッパッパー パッパパー パーッパッパパーパー パーッパパパー
 パッパパッパッパーッパー パーパーパーパー
 パー、パー、パッパッパー パー、パー、パッパッパー パッパッパー パッパパー パーッパッパパーパー パーッパパパー
 喇叭が高らかに吹き鳴らされ、軍艦旗である十六条旭日旗がスルスルと旗竿に掲げられた。
 駆逐艦「陽炎」の一日が始まる。
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