アデンの黒狼 初霜艦隊航海録1

七日町 糸

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第二章 激闘の前に

第十四話 大和型と留学生

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「両舷前進微速!面舵三十度」
「両舷前進びそーく!」
「面舵三十度ヨーソロー!」
 わたし―初霜実が言うと、即座に永信と春奈が復唱する。

 ボーーーーーーーーー!

 呉港内に汽笛を響かせ、駆逐艦「陽炎」は単艦で動き出した。
「十一月二十五日十時零分、大規模整備後海上公試のため出港・・・・・・・・・ッと」
 主計長の風華が航海日誌にペンを走らせる。
「本日のうちに宿毛湾泊地に移動してそこで一泊するんだっけ?」
「そうだね。明日に宿毛湾沖で全力公試」
「了解」
 わたしが言うと、永信が即座に返す。
「宿毛湾に入港して整備と給油だね」
「了解。両舷第一戦速」
 芸予諸島と防予諸島の島の間をすり抜け、佐田岬沖に差し掛かる。
「取り舵いっぱい!」
「取り舵いっぱぁい!」
 春奈が舵輪を回し、「陽炎」は十八ノットで左に変針する。
「速吸瀬戸に入るよ~」
 この辺りは良質なサバとアジの産地として有名なとこ。漁船も多いうえに、国道九四フェリーも航行しているから、衝突事故に注意しなければいけないとこだ。
「全方向!見張りを厳となせ!ほかの船を見つけたら直ちに報告して!」
 春奈がインカムに向かって叫ぶ。

 グォォォォォォ・・・・・

 主機がうなりを上げ、「陽炎」は豊予海峡に入った。
「右舷前方十二時十分の方向に漁船!本艦の進路上およそ三ノットでこちらに向かい航行中」
 艦橋横の見張り台にいた愛蘭が叫ぶ。
「面舵五十度!」
「おもかーじ五十度!」
 右に変針してよける。
「戻せー」
「戻しまーす」
 舵を再び中立位置に戻し、艦首方向を見た。漁船の方も変針してよける。
「『行き合い船の航法 二隻の船が真向かいに行き会う場合で衝突のおそれがあるときは、互いに相手船の左舷側(船の左側)を通過する。』・・・・・・」
 海上の道路交通法ともいえる海上航法三法の一つ、海上衝突予防法にはこんな一節がある。
 それにのっとり、我が「陽炎」は漁船の左舷側。漁船は「陽炎」の左舷側を通過したの。
「いくら軍艦とはいえ特別扱いは許されない。法は上のものが守ってこそ保たれる・・・・・でしょ?」
 後ろを向いて言うと、永信がうなずいた。
「そうだね」
「左舷前方!十一時の方向より貨物船!」
「面舵三十度!」
「おもかーじ三十度」
 再び愛蘭が叫び、わたしの指示で春奈が舵輪を回す。

 ぐうっ・・・・・・

 「陽炎」の艦体が傾き、艦首が右を向いた。
「戻せ!」
「戻しまーす」
 春奈が舵輪を左に回して中立位置にする。
 
 ピッ!

 その様子を見ると、わたしはインカムを入れた。通信長の乙羽に繋ぐ
「こちら艦長。乙羽、そっちの電探はどう?」
《こちら通信長。二十二号電探にバッチリ写ってるよ。ただ、さっきの小型漁船は写ってなかったから魚雷艇とかも映らない可能性が高い。そこは改良が必要だね》
「了解」
 そう言ってインカムを切る。
「電探はまずまずと言ったとこかな」
「そうね。帰ったら夕張先生に言っとく」
 今回「陽炎」は試験として対水上艦艇用レーダーの二十二号電探が装備された。この公試ではそれの運用試験も行う。
「とりあえず、あれば嬉しいわね」

 ザザァァァァァァ!

 色とりどりのコンテナを積んだ貨物船が左舷側を通ってすれ違う。
「大きいわね・・・・・・」
「さしずめ六千トン級じゃないかな?阿賀野型よりちょこっと小さめ」
 永信が相手を見ながら言う。
「中東ではあれよりも大きな船を護衛しなきゃならないのよね」
「だね。でも、僕らならできるよ」
 永信が笑いながら言う。
「慢心は禁物でしょ・・・・・・取り舵四十度」
「とりかーじ四十度」
 速吸瀬戸を抜けて、左に進路を取る。
「戻せ」
「戻しまーす」
 舵を中立に戻すと、わたしは無線機のスイッチを入れた。
「こちらDD―KG1『陽炎』。宿毛湾泊地への入港許可を求めます」

 ガーーー・・・・

 少し雑音がした後、無線機から声が聞こえる。
《こちら宿毛湾泊地司令部。艦番号DD―KG1。駆逐艦『陽炎』に入港を許可します。泊地内第五浮標に係留してください》
「了解しました」
 わたしは返答して無線機を切ると、指示を出した。
「取り舵いっぱぁい。入港用意!」
「とりかーじ一杯!」
「錨鎖用意!」
 春奈が舵輪を回し、永信が伝声管に叫ぶ。
「両舷原速!」
「両舷げんそーく」
 スクリューの回転数を落とし、湾内に入る。
「湾内の艦船は三隻!戦艦と空母、重巡それぞれ一隻ずつ。重巡は高雄型、空母と戦艦は新型とみられます」
 愛蘭が叫んだ。
「了解!手すきの総員湾内の艦船に敬礼!」

 ザッ!

 甲板の乗員たちが原則に並んで敬礼する。これがいわゆる登舷礼。
 駆逐艦より格上の艦は巡洋艦、戦艦、空母、一部の海防艦など。軍艦では自艦より格上の艦にはすれ違ったり追い越す際に登舷礼を送らなければならないの。
「大和型ね・・・・やっぱり大きい」
「空母の方は信濃型だね。横須賀から呉に回航されて、ついこの間最終艤装が終わったらしいよ」
 永信が言う。
 大和型戦艦一番艦「大和」。ワシントン、ロンドン両海軍軍縮条約において主力艦の保有を制限された日本がアメリカを質で圧倒することを目的に建造した戦艦。
 大和型戦艦二番艦「武蔵」。姉の「大和」と同じく数で勝る米英の戦艦に質で対抗することを目的に建造された戦艦だ。姉の「大和」の運用における問題点を解決し、旗艦能力などが強化されている。
 パナマ運河の限界パナマックスに制限されないことによって世界最大の四十六センチ三連装砲を三基九門装備可能、主砲の対艦攻撃力は世界トップだろう。
「大和型は訓練後の休息、信濃は海上公試と言ったとこかな」
 永信が言う。
「ふ~ん。それにしても、信濃型も大きいわね」
「まあ、元は大和型として建造される予定だったから」
 信濃型航空母艦一番艦にして最終艦「信濃」。永信が言ったように、もともとは大和型二隻の妹として建造が始まった艦。ミッドウェー海戦での四空母喪失に伴って急遽空母に設計変更された経歴を持つ。
「すでに戦艦として内部構造は建造中だったから格納庫の面積がとれてないんだよね。おかげで艦載機は艦上戦闘機『烈風』、艦上攻撃機『流星』それぞれ補用も含めて二十機。艦上偵察機「彩雲」七機の合計四十七機だけ」
 永信が「信濃」を見ながら言った。
 信濃は姉となる予定だった二隻が纏う呉工廠、佐世保工廠標準色ではなく、緑色を基調とした対潜迷彩を施されていた。
「それでも、もとは大和型戦艦だから防御力は抜群だし、甲板は五百キロ爆弾の急降下爆撃にも耐えれるらしいよ」
「ふ~ん。艦上爆撃機かんばくは積んでないの?」
 説明してくれる永信にわたしは訊く。
「流星は雷撃も水平爆撃も、急降下爆撃もできる優秀な機体だから。日本版スカイレーダーみたいなものだよ。まあ、本家スカイレーダーに比べれば性能は低いけど」
 ふ~ん。全っ然分からん。っていうかスカイレーダーってなに?
「え?知らないの?米海軍が艦爆と艦攻の任務を同じ機体で行えるように開発した攻撃機」
 いや、そんなの普通の人は知らないでしょ。
「面舵十度」
「おもかーじ十度」
 微調整を繰り返し、自分たちの係留予定地である第五浮標に向かう。
「取り舵二十度。両舷後進微速。係船索用意」
「とりかーじ二十度」
「両舷後進びそーく。係船索よーい」
 さらに微調整を繰り返し、両舷に後進をかけて艦の速度を抑える。

 ピッ!

 インカムが鳴り、見張り員の声が聞こえる。
《こちら舷側見張り。位置調整完了》
 その声を聞くと同時に、わたしは指示を出した、
「両舷停止!係船索結べ!」
 係船浮標の一番上にある金属製の輪に係船索が結び付けられる。
「錨鎖下ろせ!」
「錨鎖下ろせ~!」

 ガラガラガラガラ!

 艦首の主錨と艦尾の副錨が下ろされた。
「主機は停止、主罐の火力は最小限。発電機は回し続けなさい」
《了解》
「航海科は主舵を中央位置で固定して操舵系統の点検整備。主計科は夕食の準備と酒保開店準備。通信科は学校本部と生徒艦隊旗艦に無事到着した旨報告。内務科は潜水作業で艦底の状態を確認・・・・・・」
 一通り指示を出し、わたしはほっと一息ついた。艦橋内のみんなが出ていく。
 明日はいよいよ公試。海上に立てられた標柱の間を全速力で航行する最終試験だ。
「よしっ!明日も頑張ろっと」
 そう言って背伸びした時・・・・・・・・
「あなたが有名な初霜提督ね?」
 後ろから聞こえてきた声。
「はい?」
 振り向くと、大日本帝国海軍の第一種軍装をまとった女の人が立っていた。
「どちら様で?」
 わたしが訊くと、女の人は頭を下げた。
「ああ、ごめんね。第六航空戦隊旗艦。信濃型空母一番艦『信濃』よ。姉の大和と武蔵ともども今度から世話になるから、あいさつしとこうと思って・・・・・」
「ふ~ん。信濃型空母一番艦ね・・・・・」
 わたしは信濃を見た。空母「信濃」の艦魂である信濃は見かけは二十代前半くらいの女の人。
(真っ平らな空母のくせして胸部装甲だけはやけにあるわね・・・・)
 真っ黒な士官用第一種軍装の上からでもわかる大きなふくらみ。
(やっぱり元戦艦だから・・・・・・?)
「どうかした?」
 信濃は不思議そうな目をしてこっちを見ている。
「いえいえ何でも」
(まあ、実際に姉妹たちを見てみないとわからないしね)
 信濃の胸部装甲のことを頭から振り払った時・・・・・・・
「信濃、こんなとこにいたんだ!」
 ぽわんとした光が現れ、中から艦魂が一人出てくる。
「あ、武蔵姉」
 信濃が手を振る。
(えぇぇ・・・・・・・)
 わたしは開いた口が塞がらない。
(この子が『武蔵』?)
 だって武蔵はうちの陽炎より背が低くて、胸部装甲はつるっぺたで、まるで水色のスモックが似合いそうな・・そう、これはいわゆる・・・
(・・・・・・ロリじゃん)
 そう、ロリだ。永信がよくプレイしている艦〇れの対馬とか択捉とかそれくらいの。
(まさか、日本が誇る大和型戦艦。その二番艦の艦魂がこんな幼児だなんて・・・・)
「大和お姉ちゃんが探してたよ。信濃の対空噴進砲を見たいんだって」
「え~、大和姉は新しい物好きだな~」
 信濃が「やれやれ」とでも言いたげに両手を広げる。その瞬間、信濃の背後に光が現れた。
「まあそう言うな妹よ」
 中から出てきた女の人が信濃の肩に手を置く。
「げ、大和姉」
 信濃が「出た」とでも言いたげな目をする。
(と、言うことは・・・・・・)
 この人が戦艦「大和」の艦魂なんだろう。信濃と同じような服装をしているけど、妹とは違って軍刀を佩用していた。
(よかった。ロリじゃない)
わたしはそっと胸をなでおろす。
「なんだその妖怪を見るような目は。わたしは姉妹艦同士の親睦を深めようと思ってるんだが」
 大和がろくろを回す手つきで信濃に迫る。
「親睦はもう十分に深まったと思いますが、大和姉」
「いや!深まっていない!」
 信濃が言うけど、大和はどんどん信濃に迫っていく。そして・・・・
「えいやっ!」
 信濃に飛び掛かった。
「この体で言うと対空噴進砲はこのあたりか?」
「ちょっ、大和姉。そこは駄目だってば・・・・・・・」
 うん、この絵面はいろいろアウト。
 あの、うちの「陽炎」の艦橋でイロイロやらないでもらえますか?
(っていうか・・・・・)
 大和って、変態淑女じゃん。
「陽炎!陽炎ー!」
「はいはーい、何ですか?」
 わたしが呼ぶと、天井のハッチから陽炎が顔をのぞかせる。
「この大和型三姉妹どうする?」
「どうしましょうか?わたしとしても自らの艦にお帰りいただきたいところですが」
「艦魂の能力でどうにかできないものなの?」
 わたしが問うと、陽炎は首を横に振る。
「わたしの力だって万能じゃないです」
「そう・・・・・・」
「とりあえず、武蔵だけはお帰り・・・・・あれ?」
 見回すと、艦橋内には折り重なってピー(自主規制)をピー(自主規制)している大和と信濃の姿しかなかった。
「あ、これを・・・・・・」
 陽炎が床に落ちていた紙を拾う。
「どれどれ・・・・・・『わたしは自艦に戻ってます。お姉ちゃんと信濃をよろしくね』って、丸投げかい!」
「もう、大和型の皆さんは信濃さん以外はどこか変わってるんですよね。いや、信濃さんも極度の潜水艦恐怖症だし・・・・・・」
 陽炎もため息をつく。そして、右の掌を床で重なり合う二人に向けた。
「とりあえず・・・・・・・」
 陽炎の掌から金色の光が放たれ、二人を包み込む。
「お帰りいただきましょう」
 光が薄くなって消えていく。そして、艦橋内で折り重なっていた二人も消えていた。
「陽炎、今のって・・・・・・」
 わたしが見ると、陽炎は少し舌を出した。てへぺろしても無駄だよ。
「艦魂が使える能力のうち一番体力を必要とする技です。それを使わせてもらいました」
 なんだ・・・・・・・
「そんな技あるんだったら初めから使えばよかったじゃん」
「これは体力をかなり消費するんです。今後しばらくわたしの『陽炎』ほんたいは少しだけ燃費が悪くなると思いますよ」
 陽炎が言う。
「え?ちょっとまって!それマジ!?」
「それじゃ、わたしはこれで~」
 金色の光の中に陽炎が消えていく。
「待ちなさい!こら!」
 わたしが言うけど、陽炎は素知らぬ顔で消えた。
「もう!大和型三姉妹も大概だけど、一番艦はみんな少し変わってるよ」
 わたしは大きくため息をつく。

 ピッ!

 インカムが鳴った。
《こちら春島。潜水作業完了した。艦底にはほんの少しだけフジツボが付着していたが、除去完了》
 潜水作業をしていた内務長、春島いつきからの連絡。
「了解」
 わたしはすぐに返すと、さらにインカムをつないだ。
「こちら初霜より通信科へ。信号旗下ろせ」
《了解》
 通信科通信員、身延行定から返答が返ってくる。
 メインマストに掲げられていた「アルファ」(我が艦は潜水作業を実施中)の信号旗がスルスルと下ろされた。
《こちら神崎。学校本部より連絡。給油艦『旭東丸』が先ほど出港。宿毛湾泊地に向かったとのこと。大和型三隻及び我が艦に乗艦予定の留学生も便乗中》
「了解。到着予定時刻までに準備を終わらせなさい」
《了解》
「じゃ、切るよ」
 インカムを切ると、わたしは大きく息をついた。
「中華民国からの留学生ね・・・・・・・・」
 














 わたしたち艦長が校長に呼び出されたのは、まだ「陽炎」が入渠していた十一月の初めだった。
「留学生。ですか・・・・・・」
 教官艦隊旗艦、護衛艦「くらま」の士官室。わたしたちは東郷校長から渡された書類を見る。
「左様。中華民国およびタイ王国より文化交流および艦船動態保存技術の向上を目標とし、各艦に一人ずつ留学生を受け入れる。」
 東郷校長が大きくうなずいた。
「では、これより各艦の受け入れ人員を発表します」
 秋山教頭が手元の資料に目を通しながら言う。
(おお・・・・・・)
 わたしの鼓動が早くなる。
(いったいどんなのが来るのかな・・・・)
 永信みたいなヤツだけは御免被りたいとこだけど・・・・・・
「BB―NG1『長門』。中華民国より・・・・・・」
 秋山教頭が次々と読み上げていく。どうやら戦艦→空母→重巡→軽巡→海防艦→駆逐艦の順番みたいだ。
 艦首みよしに菊の御紋をいただいた「軍艦」が全員呼ばれ、いよいよ補助艦艇の番。
「DD―KG2『不知火』。タイ王国より・・・・・」
 駆逐艦も番号が若い第一駆逐隊から発表されていくみたいだ。
「DD―KG19『秋雲』。中華民国より・・・・」
 いよいよ第四駆逐隊まで来た。
「DD―YG1『夕雲』・・・・・」
 第四駆逐隊最終艦の「夕雲」まで呼ばれた。いよいよ・・・・・・
「DD―KG1『陽炎』」
 秋山教頭が言う。
「中華民国より李小狼リー・シャオラン砲術士見習い」
「はい。了解しました」
(李小狼・・・・・・・・・)
 わたしは頭を下げると、言われたことを反芻した。
(名前からすると男子っぽいわね。砲術士見習いだったら砲術科になるから、美月には特に話しておこう)
 最後まで呼ばれ、秋山教頭が指示を出す。
「全員、気をつけ!」
 士官室内のすべての艦長が起立し、制帽をかぶった。上座に座る東郷校長を見る。
「敬礼!」

 ザッ!

 何十人もの生徒が一斉に敬礼する。肘をコンパクトに折り畳んだ海軍式敬礼だ。
「うむ」
 東郷校長と秋山教頭も敬礼を返す。
「解散!」
『はい!!』
 秋山教頭の指示と生徒たちの返事が響き、わたしたちは士官室を退室した。

















「李小狼。ねぇ・・・・・・どんなヤツなんだろ」
 とりあえず出身校と基本データ、顔写真が入った書類は乗員全員に配られている。
「でも、性格までは書いてないからねぇ・・・・・・・」
 顔的には、いわゆるモンゴロイド系の顔。アジア人の顔だ。キリッとした目元が印象的なヤツ。 
「小狼・・・・・。和訳すると『子狼』みたいな意味になるのかな・・・・・」
 一応わたしも英語をはじめとして独、露、中、朝鮮の五か国語の読み書き会話はできるけど、あくまで対外国交渉の時とかに必要な分だ。
「ふぅ」
 わたしは息をつくと、外を見る。
「じゃあ、それをこっちに・・・・・・・」
 甲板では内務科工作分隊お手製の「歓迎 李小狼砲術士」と書かれた看板が左舷後部の舷梯近くに掲げられる。
「しっかり喇叭磨いとけよ!汚いのを見せるなんて開陽高校と日本の恥だ」
「わかってるって!」
 喇叭担当の乗員たちが、魚雷次発装填装置の陰で仕事道具をせっせと磨く。

 ぐぅぅぅぅぅっ

 わたしは思いっきり背伸びした。
「そろそろ行きますか」
 艦橋のドアを開け、外に出る。どんよりとした空が季節の変わり目ということを示していた。















 ドドドドドドドド・・・・・・・・ッ!

 船の後部下方から聞こえてくるディーゼルエンジンの音。

 ザァァァァァ!

 艦首が立てる波。
「おぉぉぉぉぉ!」
 僕―李小狼は舷側の手すりにつかまり、艦首方向を眺めた。
「速い!」
 艦首の波の大きさからして、現在は約十九ノット。この「旭東丸」の最高速度で航行中だ。
「こら、小狼!あまりはしゃぐな」
 後ろから叫び声が聞こえる。
 振り向くと、北上教官がこっちを見ていた。
「そもそも、こんな速度を出さなきゃならんのはお前が遅刻したからだろうが!」
「あれは飛行機の離陸が遅れたんです!不可抗力です」
 桃園国際空港で僕が乗る飛行機の離陸が遅れ、乗車予定だった関空快速に乗り遅れてしまった。おかげで呉への集合にも遅れ、今この「旭東丸」が全速力で走る原因になっている。
「まあそれは仕方ないとしよう。でも・・・・・・」
 北上教官が艦首を見る。
「十九ノット程度で速いと言ってちゃ駆逐艦乗りは務まらないぞ」
「わかってますって」
 今回乗り組む艦は三十ノットを超える速力の駆逐艦だと聞いている。
(確かに、十九ノットで驚いてちゃだめだな)
 僕は北上教官の方を向くと、口を開いた。
「大丈夫ですよ。それに、丹陽の故郷で研修を積めるというのは最高の僥倖です」
「そうか、ならよかった」
 北上教官はそう言うと、艦内に降りていった。
「さて、どんな艦に乗れるのかな・・・・・・・・・」
 できれば丹陽に乗りたいところだけど、無理かな・・・・・・・
 そんなことを思う僕を乗せて、「旭東丸」は宿毛湾に向かっていた。














 ピッ!

 インカムが鳴る。
《こちら金。特設給油艦『旭東丸』の宿毛湾泊地入港を確認》
「こちら初霜、了解」
 愛蘭からの通信。わたしは返すと、制帽をしっかりと被って制服に金モールを取り付けた。こうすることで最高位の礼装になる。

 カン、カン、カン・・・・・・

 ラッタルを降り、艦尾に向かった。左舷後方の舷梯から艦内への入り口までの通路の両脇には、手すきのみんながわたしと同じように最高位の礼装をまとい、一部は着剣した百式機関短銃を携えて並んでいる。
「みんなお疲れ」
「艦長こそお疲れ!」
 わたしが敬礼すると、みんなも敬礼を返す。

 ボーーーーーーーーー!

 汽笛が聞こえ、商船型の艦が湾内に入ってきた。
「敬礼!」
 湾内に入ってきた「旭東丸」の乗員が登舷礼をする。
「手すきの総員、『旭東丸』へ答礼!」

 ザッ!

 みんなが『旭東丸』に敬礼する。

 パッパッパッパパパー!

 喇叭が吹かれ、お互いに敬礼が交わされた。








 パッパッパッパパパー!

 湾内に喇叭の音が響き、艦船同士が敬礼をかわす。水面にはこの世のものとは思えないような巨大な戦艦が二隻とこれまた巨大な空母が一隻停泊していた。
「大きい・・・・・・・・」
 僕―李小狼はその様子を見ながら言う。
「・・・・そして、美しい」
 その堂々たる船体はなめらかな曲線で構成され、艦首には菊花紋が輝く。呉でチラッと見た他の戦艦とは違い、スマートな塔型の艦橋を持っていた。
「美しいだろう」
 北上教官が僕に言う。
「ええ、さすが日本を代表する戦艦ですね」
 僕も大きくうなずいた。
「対艦攻撃力なら世界の戦艦の中でもトップクラスだろうな」
 北上教官が言う。
「その近くに停泊している駆逐艦が見えるか?」
「はい」
 僕が答えると、北上教官は一隻の艦を手で示した。
「あれが駆逐艦『陽炎』これからお前が乗り組む艦だ」
「『陽炎』・・・・・・」
 僕はその艦の名を反芻する。聞き覚えのある名前だ。
「・・・・・・『陽炎少女丹陽ヤンヤンシャオニタンヤン』」
 祖国で流行ったコンテンツの名前をつぶやく。確かそれも日本から来た駆逐艦が活躍する話だったはずだ。
「お、丹陽を知っているのか?」
 北上教官がこっちを向く。
「はい。確か日本からやって来た駆逐艦だと・・・・・・・・」
 僕が言うと、北上教官は少し微笑んで話し始めた。
「そうか。あの『陽炎』は丹陽の姉だ。そちらのコンテンツで『陽炎少女』と銘打たれてるのもそのおかげだろう」
「え・・・・・・?」
 確かに、目の前の陽炎軍艦は母国に保管された写真で見た丹陽にそっくりだった。
「『丹陽』―こっちでの名前は『雪風』というが・・・。そいつは陽炎型八番艦だ。陽炎型とその改良型である夕雲型は計三十八。その中で唯一生き残ったのが『雪風』だ」
 北上教官はそう言うと、時計を見た。
「そろそろ『陽炎』への乗艦時刻だ。行こう」
 左舷後方に舷梯がかけられ、内火艇が下ろされる。
「はい!」
 僕は荷物を持つと、内火艇に向かった。
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