汐留妖事件 帝都兄妹探偵1

七日町 糸

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第二章 機関区の影

第四話 ボート・トレインに乗って

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 三月十四日、お昼の十二時十五分。わたしたちは東京駅の四番ホームに立っていた。
「わぁ・・・・・」
 わたしはホームに据え付けられたボート・トレインの先頭。蒸気を噴き上げる機関車を見て目を見開く。
「きれいな機関車ですね・・・」
 前面には金色の縁取りがされ、金文字で「28661」と書かれたプレートが取り付けられ、ボイラー横の歩み板には銀メッキの施された手すりが取り付けられていた。ボイラーバンドや運転室窓の縁取りなど、各部の真鍮が磨きだされ、ひときわ輝きを放っている。
「イギリス皇太子の迎賓お召列車、大正天皇御大葬列車の露払い、大礼特別観艦式のお召列車・・・。これまでに何度もお召列車を引いた機関車だ。品川機関区のエースってとこだな」
 旅行鞄を抱えた兄さんが言った。
「それと、去年にあった満州国皇帝、愛新覚羅溥儀のお召列車も牽いてるぞ」
 やっぱり、品川は名門機関区みたいだ。

 ゴォォォォ・・・・・・

 きらびやかな機関車を見ていると、反対側の五番ホームに、東京止まりの急行列車が入線してくる。
「あ、ドタ靴じゃないですか」
 先頭に立つのは電気機関車。ドタ靴か革靴、はたまたカバのような見た目の車体はチョコレート色に塗られ、側面と前面に入れられた銀帯三本と「EF55 1」と書かれた金色のプレートが輝きを放っていた。
「最近話題の流線形機関車か」
 兄さんが機関車を一瞥して言う。
「最近やたらと流行ってますよね~」
「欧米の流行に乗って作ったらしい。三両しかいないから、見かけたら幸運だぞ」
 兄さんはそう言って、客車のほうに歩きだした。
「三両だけなんですね」
 わたしは兄さんに問う。
「どうも使い勝手が悪かったらしいな。電気機関車の利点である『転車台がいらない』ってのを捨てた設計だと聞いている」
 確かに、アレが後ろ向きで列車を牽いているのは想像できないし、そもそも流線形になっている側に連結器が付いていない。
「そういえば、蒸気機関車にも流線形のいましたよね」
「ああ、梅小路機関区のC53 43と一部のC55形だな。整備が大変なうえ、夏場は運転台が暑くてどうにもこうにもうまくいかないらしい」
「暑くて・・・・」
「電気を使うから熱を出さない電機と違って、カバーをした蒸気機関車はボイラーからの熱で運転台が灼熱地獄になるそうだ」
 兄さんはそこまで言うと、編成の後ろ側に連結されている二等客車のステップに足をかけた。
「そうなんですね。ところで、席はどのあたりですか?」
「確か・・・」
 兄さんについて椅子の間を進み、指定された席に着く。
 荷物を頭上の網棚に置いた。
 十二時三十分・・・・・
「間もなく、横浜港行きボート・トレインが発車いたします。乗車券をお持ちの方は、お乗り遅れの無いようご注意ください」
 駅員さんの放送と発車を告げるベルの音。開けた窓から顔を出すと、見送りの人たちと乗客がお互いに最後の会話をしているところだった。

 パッ!

 ホームの先、信号機が青色に変わる。それとほぼ同時に、発車合図機が点灯した。

 ピョォォォォォ!

 先頭の機関車が大きく汽笛を鳴らす。

 ガタン

 かすかな衝撃とともに、列車はゆっくりと動き出した。

 ボッ ボッ ボッ・・・・・

 排気音とともに、列車はどんどん速力を上げていく。

 ゴトン ゴトン・・・・・

 反対側の線路を東京駅に向かう急行列車が走り抜けた。
「♪帝都をあとに颯爽と 東海道は特急の 流線一路 富士 櫻 燕の影もうららかに・・・・」
 思わず、学校で習った新鉄道唱歌を口ずさむ。
「今回は何線を通るんでしたっけ?」
「横浜までは東海道本線、東横浜からはその貨物支線を走ることになる」
 わたしたちがそう話している間にも、列車は新橋、品川に停車し、進んでいく。

 ガタン!

 床下から分岐器を渡る音が聞こえた。

 カタン カタン・・・

 列車の速度がゆっくりになり、高架線から地上に降りる。

 ダタン!ダタン!

 ピョォォォォォ!

 短い鉄橋を何度も渡り、機関車はそのたびに汽笛を鳴らした。
「間もなく、終点横浜港でございます。一番線、お出口は左側です。本列車は横浜港到着後、回送列車となります」
 車掌さんの声が車端部のスピーカーから聞こえ、列車はだんだんと速度を落とし始める。

 プシュァー キィィィィィ・・・・

 床下から、ブレーキの作動する音が聞こえた。

 コトン

 列車は、かすかな衝撃を残して横浜港駅一番ホームに停車する。
「小春、おりるぞ」
 兄さんが立ち上がり、網棚から旅行鞄を取り出した。
「わかりました」
 わたしがついていくと、兄さんは乗客の流れに逆らい、最後尾に向かう。
「兄さん!そっちは改札の方向じゃないですよ!」
「いや、こっちでいいんだよ」
 わたしが叫ぶけど、兄さんはずんずんと人波をかき分けて進んでいってしまう。
 やっと人波が途切れ、兄さんに追いつくと、そこはホームの端っこだった。
「なんでこんなところまで!?」
 わたしが言うと、兄さんは線路の向こうを指さす。

 シュッ シュッ シュッ・・・・・

 その方向を見ると、二番ホームの線路を通ってこっちまでやってきた機関車が、客車のほうに向かって走ってくるところだった。
「この列車は回送列車になって横浜駅に向かう。怪しい噂の舞台はここからだ」
 そう話す合間にも、機関車は客車に向けて進む。
「あと三メーター、二メーター・・・・一メーター、やわやわ」

 カシャン

 連結手さんの手旗合図に従い、機関車が客車に連結された。
「そういえば・・・」
 わたしは兄さんに話しかける。
「なんで、機関車は横浜まで回送されるってことがわかったんですか?」
「あれを見てみろ」
 兄さんは機関車の運転台横、機関車の所属を示す久区名札の横を指さす。そこには、黒地に白い線で何かが書き込まれた札が差してあった。

「あれは・・・・?」
「運用票だ。機関区を出てから入区するまでの行程が書いてある。お召列車を牽くときは『お召』の文字だけが入るけどな」
 兄さんはそう言うと、パイプに煙草を詰め、火をともした。
「なるほど・・・・ここを見れば何でもわかっちゃうんですね」
 わたしはそう言うと、兄さんの手を引いて改札に向かう。
「遅れてすみません」
 切符を駅員さんに渡すと、改札口をくぐった。
 ほとんどの乗客は、客船に乗るために埠頭へと向かっている。わたしたちはその流れに逆らうようにして、車寄せのほうに歩みを進めた。
「すまないが、高島機関区まで頼めるか?」
「はい、承りましたー」
 止まっていたタクシーを捕まえ、その中に乗り込む。
「動きます」
 わたしたちを乗せたタクシーはエンジン音を響かせ、横浜港駅をあとにした。











 キキッ

 東横浜駅付近にある高島機関区正門前、わたしたちの乗ったタクシーが止まると、一人の男性がドアを開けて車内を覗き込んだ。
「初霜武さんですね?」
「そうです。ご足労いただき申し訳ありません」
 兄さんはそう言うと、彼を車内に招き入れる。
「どのあたりがよろしいでしょうか?」
「別に、ゆっくり話せるところならどこでも結構です」
 兄さんが問い、男性が答えた。
「では、南京街でいいお店を知っているので、そこにしましょう」
 兄さんはそう言うと、運転手さんに目的地を告げた。
 しばらく走ると、タクシーは南京街の入り口である中華風の立派な門をくぐる。

 キキッ

 ブレーキを鳴らし、一軒の中華料理店の前で停車した。
「ありがとう」
 兄さんが料金を払い、ドアを開ける。
「どうぞ」
 わたしと男性はタクシーを降りると、目の前の建物を見上げた。
「ここでよろしかったでしょうか?」
 兄さんが看板を指し示す。そこには、「中華料理 海員閣」と書かれていた。
「いらっしゃいませ」
 店内に入ると、店員さんに案内され、空いている席に通される。
「ねえ兄さん・・・・」
 わたしは少し背伸びをすると、兄さんに耳打ちする。
「この方、どなた・・・?」
「あぁ・・・・」
 全員が席に着き、兄さんが男性を指した。
「高島機関区の炭水手、拝島幸雄さんだ」
「初めまして、私が拝島です」
 拝島さんは鉄道省の動輪マークが入った帽子を取ると、わたしに礼をする。
「初めまして、初霜小春と申します。本日はうちの兄のわがままにお付き合いいただいて申し訳ありません」
 わたしは頭を下げると、メニューを机の片隅から取り上げ、拝島さんに渡した。
「これはこれは、申し訳ありません」
 「今日は兄さんの奢りなので、お好きに頼んでいいですよ」
 頭を下げる拝島さんにそう言い、わたしはもう一つあったメニューを眺める。
「私は肉絲炒麵(肉かたやきそば)でお願いします」
 拝島さんが注文するものを決めた。
「じゃあ、わたしはこの什錦炒飯(五目チャーハン)と牛腩飯(牛バラはん)をお願いします」
 わたしも注文するものを決めると、兄さんにメニューを渡す。
「本当、お前はよく食べるよな・・・・そのくせ太らないし・・・・」
 兄さんが心底うらやましいといった顔でわたしを見た。
「わたしの体質はお母さま譲りなんです!」
 わたしがそう言うと、拝島さんが軽く笑う。
「うらやましいですねぇ、うちは今のご時世珍しく一人っ子だったんで、こんな風に兄妹と話すことがなくって・・・・・」
「それはそれは・・・・」
 わたしはそう言うと、手を挙げて店員さんを呼んだ。
「でも、悪いことばかりじゃないんですよ。ほかに兄弟姉妹がいないので、いっぱい目をかけて育ててもらえました」
「そうなんですね。ところで、なぜ機関区に・・・?」
 わたしが問うと、拝島さんは昔を思い出しながら言う。
「実家が線路のすぐ近くでしてね、そこの機関車に乗る機関士さんに憧れたんですよ。白地に黒文字で『機関士』と書かれた腕章をつけて、特急を牽く蒸機を操って駆け抜けていくんです。帽子には金色の動輪をきらめかせ、それはそれはかっこよかったんです」
「なるほど、それで鉄道省に・・・・・」
「そうです、それに、国の仕事は安定性がありますでしょう?」
「それもそうですね・・・・・」
 わたしたちが話している間に、兄さんも何を頼むか決まったみたいだ。
「じゃあ、俺はこの滑肉飯( 肉のうま煮ごはん)で・・・」
 先ほどわたしが呼んだ店員さんが来たところで、それぞれの食事を注文する。
「かしこまりました」
 店員さんは笑顔で答えると、厨房に去っていった。






「わあ~!」
 届いた料理、それを見てわたしは歓声を上げる。

 ぺしっ!

「少しは静かにしろ」
 兄さんがわたしの頭を軽くはたいた。
「いただきます!」
 わたしは兄さんの言葉を無視して手を合わせると、箸を手に取った。
「まずは・・・・」
 湯気を上げる牛バラはんと炒飯。その上に乗った牛バラ肉に箸を延ばす。
「おぉ、美味しそう・・・・・」

 はふっ

 口いっぱいにほおばると、肉汁があふれ出す。
「やっぱり美味しいです!」
 次は炒飯に手を延ばした。
「いい匂いです・・・・・」
 レンゲですくって口元に運ぶと、香ばしい匂いが嗅覚を刺激する。
「いただきます」
 口に入れると、得も言われぬうま味が口いっぱいに広がった。
「本当によく食べるんですね・・・・・」
 拝島さんがポカンとした顔で言う。
「いつも食べるだけが取り柄の妹でして・・・・」
 そう言った兄さんの目が鋭くなる。
「では、本題に移らせていただいてもよろしいですか?」

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