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第一章 今生の出会い

6 王妃殿下、王子殿下

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 四方を城の回廊に囲まれた中庭の入り口。赤い薔薇を絡ませたアーチをくぐり、こちらへと向かう貴人あてびとたちは四名。白い敷石、緑の芝の上をそぞろ歩くの姿は気品高く、健やかで輝いて見えた。

「……王妃様!」
「王子様がただわ」

 先ほどのアイリスの声を皮切りに、ささやきが波のように伝播する。
 一斉に衣擦きぬずれの音を鳴らして、椅子から降りた少女たちは恭しくこうべを垂れ、礼をとった。もちろんヨルナも。
 令嬢がたの花園を、王妃と三人の王子はゆったりと進む。

「ごきげんよう、皆様。お顔を上げて。本日はお集まりくださってありがとう」

 やさしい声がかけられ、ヨルナはそっと声の主を窺った。
 王妃が足を止めた場所は思ったよりも近かった。公爵家のテーブルよりも奥まった位置。すでに数名のメイドが控え、紅茶を淹れて回れるようセッティングされた長テーブルの側で一行は佇んでいる。

 国王の姿はなく、王子たちを従えて立つのはほっそりとした王妃殿下だった。金の髪をうなじのあたりで楚々とまとめた女性で、とても優美なかただ。

 彼女の後ろに立つ、長身の青年が第一王子殿下だろう。くせのある炎の色の髪は長く、左肩の前に編んで垂らしている。男性らしい眉の下の目許は、騎士然とした外見に反して愛嬌があり、口許は楽しそうに笑んでいた。総じて国王陛下似と思われる。

 第二王子殿下と第三王子――アストラッド殿下は、見るからに母君譲りの面差しをしていた。
 双方金髪で海の色の瞳も同じだが、第二王子殿下は、より印象を受ける。剣よりは蝶や花を写しとる筆や、聖句を連ねた神殿の書物が似合いそう。

 アストラッド殿下は。

(…………)
 あの、言葉苛烈なサリィがぼんやりと見とれたのもわかる。
 ――よわい十五歳。少女とも少年ともとれる柔らかな風貌のなかに、鋭く研いだナイフのような煌めきと危うさも同居するうつくしさだ。

 意外だった。どちらかと言えば歴代の「彼」は、第二王子よりの外見だったので。

(それを言えば、私の外見もかなり変わっちゃった。元々の私に近いサリィに、元々のあの方に似た兄君……が、いらっしゃる殿下。これも巡り合わせなのかな)

 感慨深く、とりとめないことを考えているうちに王妃の挨拶は終わってしまった。



   *   *   *



「ごめんなさいね、ヨルナ嬢」

「えっ?」

 青の釉薬で絵付けされた、陶器のティーセット。銀の盆を捧げもつメイドたちを引き連れ、王妃が手ずから紅茶を振る舞ってくださるという栄誉に、至極恐縮していたヨルナは跳ねるように訊き返した。

 びっくりまなこの翠の双玉に、王妃がくすくすと笑う。それからすぐ、笑いをひそめた。申し訳なさそうな顔になる。

「ロザリンドです。あの子と来たら、戒めも破って城内を“んで”しまうの。あげくに貴女に乱暴を……本当にごめんなさい」

「! いいえ、お謝りにならないでくださいませ、王妃様。わたくしは、侍女もろともすぐに助けていただきました」

「アストラッドね?」

「はい」

 ちらり、と王妃の青い瞳が脇に逸れる。
 三人の王子方もそれぞれポットを手に、居並ぶ令嬢がたに紅茶を淹れて回っていた。

 失礼、と断って、一つ空いていた席に王妃が座る。アイリスもミュゼルも空気を察し、余計な口は挟まない。女主人である王妃に代わり、次々と茶菓子を配膳してゆくメイドらの給仕を大人しく受けている。

「本当はね、ロザリンドがこちらに相席させてもらう手はずでした。でも、罰として娘には謹慎を命じています。あの子は……どうも、自分の兄弟に関心が高すぎるみたいで。度の過ぎた姉弟愛は見苦しいものよ、と普段からさとしているのだけど」

「はぁ」

 王妃様、それ、ブラコンって言います――という台詞は、寸でで飲み込んだ。

(なるほど極度のブラコン。それで、妃候補になりそうな子女には最初から嫌がらせするおつもりだった、と……。なら、私でなくとも他の誰でも被害に遭うところだったのね。危ない危ない)

 いただきます、と勧められるまま茶器をとり、口許に運ぶ。
 かぐわしい香りが立ち、くゆる湯気の向こう。
 気のせいだろうか。伯爵家のテーブルで歓談中らしいアストラッドと、ほんの一時ひととき、目が合った。



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