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第一章 今生の出会い
9 兄弟のじゃれ合い
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「あ~、疲れた! なんで、僕まで……」
「だらしがないぞ、トール。もてもてだったじゃないか。いいから教えろ。どの令嬢が好みだった?」
「好みって……。あんな、下心だの野心だのが透け透けの女の子に? ご冗談を、兄上。僕はマリアンさえ居てくれればそれでいいんです」
「落ち着け。マリアンは人間じゃない」
「愛があれば、そこは問題じゃありません」
「…………、ふッ!」
ぽんぽんと遠慮のない応酬を交わす兄たちに、アストラッドは堪えきれず声をもらした。
「「アーシュ!」」と、これまた声をそろえて非難される。
破顔一笑。
じつに朗らかに、体を二つに折って笑ってしまった。
* * *
『作戦会議』と王妃は言ったが、何のことはない。若輩の自分たちの微笑みの仮面を維持するため、必要な休憩時間だった。
春の空に吸い込まれるような笑い声や話し声が微風に乗り、ひらいた窓から直接届く。
彼女たちも緊張から解放されて、伸び伸び過ごせているのなら言うことはない。できるだけ負担のないよう過ごしてほしいと思う。
笑いを納めたアーシュ――つまりアストラッドは、大人びた仕草で「はて」と、首を傾げた。
「トール兄上の仰ることも、もっともかなって」
「おいおい、正気か? 『マリアン』は月華草の花だぞ。わざわざ生育魔法で生長を制御までして、ここ一年ずっと咲かせたままだ。理を曲げすぎてる。……――というか、自室の鉢植えに名前を付けて恍惚と話しかけてるなんて、あそこの令嬢がたにバレてみろ。こいつ、一生独身だ」
「願ってもないことです」
「だ、ま、れ! ド変態」
「何ですって……!?」
たちまち始まる、いがみ合い。
互いの袖に掴みかかり、ぐっと至近距離から睨み合っている。体格は圧倒的にサジェスが有利だが、トールは見た目が繊細すぎるので、長兄いわく『どつきにくい』らしい。
(こういう……しょうもない子どもじみた兄弟喧嘩が日常茶飯事と知れたら、それはそれでどうなのかな? お妃候補さんたちは)
アストラッドはしみじみと頷き、今回、国王陛下が強引に催した“お妃探し”の傍迷惑さに思いを馳せた。
「あっ。そう言えば」
「……何です?」
取っ組み合いをやめたサジェスは、おもむろに末の弟をじっと見つめた。片手はまだトールの左手首を掴んでいる。(※長さだけはある、トールの腕のリーチを生かした不意打ちに備えてのことだろう)
目尻の上がった切れ長の紫の瞳。炎の色の髪。ほぼ同じ印象をまとう姉がいる。
兄弟のなかでは最もどうしようもない姉を思い出したアストラッドは、できるだけ穏やかな微笑をたたえてサジェスを見返した。
なんとなく、話す内容は察しが付いたので。
「ローズがちょっかい出そうとした子。ヨルナ殿か? 大本命だな」
「兄上」
紫を帯びる青い瞳が細められ、意外にも実直な印象の困り眉となった。
いつも鉄面皮を崩さない末弟に、今度はサジェスが余裕の笑みを向ける。
「茶会の最中、何度もちらちら見てたろ? 可愛いもんな、ヨルナ殿。もう少し育ったら天女か。それこそ月華草の化身みたいだ」
「えっ? いました? そんな子」
トールは、態度をコロッと変えた。
満月の夜、まれに大輪の白銀の花弁をひらかせる月華草は、高品質な魔法薬を作るための万能エッセンスとなる。
本来は夜明けとともに萎れてしまうものだが、幻の素材とされるその蜜はユニコーンの角並みに希少だ。
澄んだ翡翠色の葉も半鉱物のようで、専ら装身具に用いられる。謎に満ちて、未だに研究し尽くされていない花だった。
トールは歳若いものの、純粋な植物学者を目指している。優秀ではある。
サジェスは、とても残念な生き物を見るようにトールを眺めた。
「お前、本っ当にマリアン命だな……」
「はい。例外的に、彼女が人の姿を得てくれたらと、いつも願っています。僕もヒト族の歴とした男ですからね。想いあえる伴侶であれば、ぜひ欲しいですよ」
「……何でだろう。それを本気で言ってるお前に、全うさの欠片も見いだせない」
「節穴なんですね、お気の毒に。よし、後半はそのヨルナ嬢を観察してみます。どんな子でしょうか。話せるかな?」
――いやいやいや。絶対だめですよ、とアストラッドが釘を刺そうとした。その時だった。
ぱたぱたぱた……と、通路を駆ける音がする。
(?)
三人の王子が顔を見合わせていると、突如一人の侍女が扉を開けてまろび出た。
「わわっ、どうした?」
一番近くにいたトールが、転びそうになった彼女を受け止める。
ハッ、と表情を改めた侍女は「申し訳ありません……!」と謝罪し、ただちに姿勢を立て直した。王子たちを見回し、くしゃり、と泣きそうな顔をする。
「なんてこと。ここにも」
「? 落ち着け。どうした、探し物か?」
サジェスがゆったりと近づき、あえて軽い調子で説明を促す。
侍女は、恐縮したように身を縮こませた。
「い……、いらっしゃらないんです。ロザリンド様が。何をどうやってか、魔封じのお部屋から急に。消えてしまわれたんです!!」
「だらしがないぞ、トール。もてもてだったじゃないか。いいから教えろ。どの令嬢が好みだった?」
「好みって……。あんな、下心だの野心だのが透け透けの女の子に? ご冗談を、兄上。僕はマリアンさえ居てくれればそれでいいんです」
「落ち着け。マリアンは人間じゃない」
「愛があれば、そこは問題じゃありません」
「…………、ふッ!」
ぽんぽんと遠慮のない応酬を交わす兄たちに、アストラッドは堪えきれず声をもらした。
「「アーシュ!」」と、これまた声をそろえて非難される。
破顔一笑。
じつに朗らかに、体を二つに折って笑ってしまった。
* * *
『作戦会議』と王妃は言ったが、何のことはない。若輩の自分たちの微笑みの仮面を維持するため、必要な休憩時間だった。
春の空に吸い込まれるような笑い声や話し声が微風に乗り、ひらいた窓から直接届く。
彼女たちも緊張から解放されて、伸び伸び過ごせているのなら言うことはない。できるだけ負担のないよう過ごしてほしいと思う。
笑いを納めたアーシュ――つまりアストラッドは、大人びた仕草で「はて」と、首を傾げた。
「トール兄上の仰ることも、もっともかなって」
「おいおい、正気か? 『マリアン』は月華草の花だぞ。わざわざ生育魔法で生長を制御までして、ここ一年ずっと咲かせたままだ。理を曲げすぎてる。……――というか、自室の鉢植えに名前を付けて恍惚と話しかけてるなんて、あそこの令嬢がたにバレてみろ。こいつ、一生独身だ」
「願ってもないことです」
「だ、ま、れ! ド変態」
「何ですって……!?」
たちまち始まる、いがみ合い。
互いの袖に掴みかかり、ぐっと至近距離から睨み合っている。体格は圧倒的にサジェスが有利だが、トールは見た目が繊細すぎるので、長兄いわく『どつきにくい』らしい。
(こういう……しょうもない子どもじみた兄弟喧嘩が日常茶飯事と知れたら、それはそれでどうなのかな? お妃候補さんたちは)
アストラッドはしみじみと頷き、今回、国王陛下が強引に催した“お妃探し”の傍迷惑さに思いを馳せた。
「あっ。そう言えば」
「……何です?」
取っ組み合いをやめたサジェスは、おもむろに末の弟をじっと見つめた。片手はまだトールの左手首を掴んでいる。(※長さだけはある、トールの腕のリーチを生かした不意打ちに備えてのことだろう)
目尻の上がった切れ長の紫の瞳。炎の色の髪。ほぼ同じ印象をまとう姉がいる。
兄弟のなかでは最もどうしようもない姉を思い出したアストラッドは、できるだけ穏やかな微笑をたたえてサジェスを見返した。
なんとなく、話す内容は察しが付いたので。
「ローズがちょっかい出そうとした子。ヨルナ殿か? 大本命だな」
「兄上」
紫を帯びる青い瞳が細められ、意外にも実直な印象の困り眉となった。
いつも鉄面皮を崩さない末弟に、今度はサジェスが余裕の笑みを向ける。
「茶会の最中、何度もちらちら見てたろ? 可愛いもんな、ヨルナ殿。もう少し育ったら天女か。それこそ月華草の化身みたいだ」
「えっ? いました? そんな子」
トールは、態度をコロッと変えた。
満月の夜、まれに大輪の白銀の花弁をひらかせる月華草は、高品質な魔法薬を作るための万能エッセンスとなる。
本来は夜明けとともに萎れてしまうものだが、幻の素材とされるその蜜はユニコーンの角並みに希少だ。
澄んだ翡翠色の葉も半鉱物のようで、専ら装身具に用いられる。謎に満ちて、未だに研究し尽くされていない花だった。
トールは歳若いものの、純粋な植物学者を目指している。優秀ではある。
サジェスは、とても残念な生き物を見るようにトールを眺めた。
「お前、本っ当にマリアン命だな……」
「はい。例外的に、彼女が人の姿を得てくれたらと、いつも願っています。僕もヒト族の歴とした男ですからね。想いあえる伴侶であれば、ぜひ欲しいですよ」
「……何でだろう。それを本気で言ってるお前に、全うさの欠片も見いだせない」
「節穴なんですね、お気の毒に。よし、後半はそのヨルナ嬢を観察してみます。どんな子でしょうか。話せるかな?」
――いやいやいや。絶対だめですよ、とアストラッドが釘を刺そうとした。その時だった。
ぱたぱたぱた……と、通路を駆ける音がする。
(?)
三人の王子が顔を見合わせていると、突如一人の侍女が扉を開けてまろび出た。
「わわっ、どうした?」
一番近くにいたトールが、転びそうになった彼女を受け止める。
ハッ、と表情を改めた侍女は「申し訳ありません……!」と謝罪し、ただちに姿勢を立て直した。王子たちを見回し、くしゃり、と泣きそうな顔をする。
「なんてこと。ここにも」
「? 落ち着け。どうした、探し物か?」
サジェスがゆったりと近づき、あえて軽い調子で説明を促す。
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