もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音

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第三章 運命の人

51 内輪の小宴(前)

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 シャアン……! と、小ぶりなシンバルが打ち鳴らされた。豪華なシャンデリアの灯りを受け、周囲に張り巡らされた鏡の壁にはたくさんの煌めきと人びとの笑顔が映る。

 ひるがえる、色とりどりの尾を引く異国の衣装。
 ホールの中央で舞い踊るのは五名のうつくしい森の人エルフ。白く細い手足に幾つもの環をつらね、それらが鈴のような音を奏でている。
 銀刺繍で飾られた華奢な胸元。たおやかで瑞々しい美貌。
 みな、同じ濃緑の瞳に金の髪をしている。さすがに五つ子とまではいかないが、よく似た面立ちをしていた。

 ヨルナは、上座に近い場所で彼女たち――このたび、急遽王命による招待を受けた“ナイトメーアの幻”の選りすぐりの演目を見ている。

 一段高い場所にしつらえられた席には、純粋に舞を楽しんでいるらしいオーディン王とセネレ王妃。そして王子たちと王女が並んで座っていた。

 ヨルナがいるのはその斜め下の客席。
 一応、王城では女装を貫くつもりらしいルピナスと、『よかったわ……!!』と、昨日、開口いちばんに駆け寄ってくれたミュゼルに挟まれている。そして。

(この方たち、ちゃんと身分を明らかにしたのね……)

 王城ここあつらえられたらしい。ゼローナ風の黒を基調とする礼装に身を包んだシュスラとユウェンがいる。
 馬車のなかではユーグラシル陛下、と呼ぼうとしたのだが。

 ――“ユウェンでいい”

 そう平淡な声音で告げた少年は、見るともなく自分たちが連れてきた団員らの舞を眺めていた。

 聞くところ、立派な角や翼があるとのことだが今夜も隠形おんぎょう。尖った耳と瞳孔の形、肌の色以外に、とりたてて人間との差異はない。
 よわいは千を越えるそうだが。自分と同じ、十二歳ほどの少年に見えた。 




   *   *   *



 ――昨日、部屋に届けられた王妃からの手紙には、心のこもった丁寧な謝罪と労りの文言に続き、二つの申し出がしたためられていた。

 一つ、国王を交えて三人で話したいことがある旨。
 一つ、帰城したロザリンドがひどく塞ぎ込んでいるため、それとなく理由を聞き出せないだろうか、という旨。

 ヨルナは文面を思い返し、しみじみと王妃の細やかさを知った。

(さすがは三男一女のお母様。行き届いてらっしゃる……)
 なにしろ昨日の浴室に使われていた香油や花も、運ばれた茶菓さかに心尽くしの食事も、すべて王妃の采配によると配膳に訪れたメイドが教えてくれた。サリィと二人、恐縮半々に感じ入っていたものだ。


 そうこう考えているうちに、エキゾチックな舞楽ぶがくは横笛の余韻ゆたかな一音で終わりを告げた。
 澄んだ音色が空気に吸い込まれて消えると、きらきらしい鏡のホールは穏やかな雨音に似た拍手に包まれる。

 非公式の小宴ではあるが、招待主でもある国王はすっくと立った。
 魔族の団員たちをあたたかくねぎらって下がらせると、にこやかに貴賓席へと視線を向ける。

「どうもありがとう、ユーグラシル王。シュスラ殿。まことに見事でした。此度は娘たちのために尽力いただいたばかりでなく、かように心潤う芸事の数々。遠路はるばる披露にお越しくださり、民に代わって感謝申し上げます」

 ――オーディン王は。
 やはり、サジェス王子とロザリンド王女がそなえる雰囲気そのままのくれない色の髪の偉丈夫だった。

 国王じきじきの謝辞に、ユウェンとシュスラもその場で起立する。
 少年王は胸に手を当て、軽い会釈を。付き添いの魔神官長は折り目正しい一礼をした。
 シュスラはおもてを伏せたまま。
 答申が事前に決められていたのかと思うほどスムーズな受け答えをしたのは、隠形の少年のほうだった。

「こちらこそ。一座の者に代わり、此度の招聘しょうへいに感謝します。オーディン王。道中、彼らの技が貴国の民に広く受け入れられたのは嬉しかったですよ。長く国交がなかったため、いくつかの条約を提案したく、視察がてらこのような不意打ち訪問となったことをお許しください。姫君がたにも」

 不意打ち、というならば、これこそを指すのではないだろうか。極上のルビーのような瞳がちらり、と檀上のロザリンドと、ルピナス越しのヨルナを射抜く。
 ヨルナは反射で背筋を伸ばした。

「無事に、お戻りいただけて重畳ちょうじょうでした。力になれたなら幸いです」

「!」

(わっ……!)
 あの、無表情の印象がつよいユウェンが華やかに、にっこりと笑った。
 およそ対外的なものだと直観したが、ヨルナだけではなくロザリンドも目をみはっている。彼女の場合は唇を真一文字に結び、うっすらと頬を染めていた。

 ――うん。
 普段笑わないひとの笑顔は、こうも破壊力があるのかと実感する。




 こうして場は和やかに気取らない歓談の場となった。現在は退出した魔族の楽団に代わり、王城付き室内管弦楽団が会話の邪魔にならない程度のワルツを奏でている。

 参加者は家族的な雰囲気の濃い王族と、お忍びの魔王がたの二名。それに未成年の三公家の子女らのため、とくに社交や満点合格なダンスを要されることはない。オードブルやアルコールの弱い果実酒、口に運びやすい小さなデザート類が並ぶビュッフェもある。

 侍女は同伴できなかったので、ヨルナはアイリスに扮したルピナス(※ややこしい)とミュゼルとともに、さっそく魅惑のビュッフェへと向かった。

 国王夫妻は、まずは少年魔王陛下とシュスラとの会話を弾ませているようだった。


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