もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音

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第三章 運命の人

75 側にいて

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 とんとん、と、最後は階段で急斜面。
 石畳は途切れず、登りきると視界が急にひらけた。見晴らしのよい高台が公園のように整地されている。

 ひと気はない。花の咲く木立や植え込み、芝のスペースもあったが、幼い子どもを遊ばせるには隙間の大きな柵しかないので適さないのだろう。

 街灯の柱の脇に二台のベンチがしつらえてあったが、日向ぼっこの老夫婦や休憩中と思わしき鍛冶職人が座って居眠りをしており、空きはなかった。

 アストラッドはヨルナを連れて真っ直ぐに柵へと進んだ。
 街を眺望できる――記憶通りの展望台へ。

 そよ風が頬を撫でるなか、アストラッドは右腕を伸ばし、遠い街外れを指差す。

「だんだん街の規模が大きくなったんだね。あの辺り。前は、城壁の外側で村があった。昔住んでた家は残ってないだろうね。ここには祭りのときに来てる。きみは小さかったから、ずっと手を繋いで」

「覚えて……らしたんですね。アーシュ様」

 普通に話す分には、ひとに聞かれる距離じゃない。それで話し方を元に戻したヨルナに、アストラッドが寂しそうに笑う。「覚えてるよ」

「あの……『私』だと、わかりますか。本当に?」
「もちろん。前世は僕の義妹いもうとだったよね。猫になったけど」

「え」

「その前はエスト地方の山あいに領地が隣り合う貴族。家同士、仲が良かったよね。お互い、内々に決められた許婚者いいなずけだったのに」

「!!? はっ……初耳ですよ!? そんな。貴方はあのとき『従姉妹のお姉さんが好き』と、はっきり……」

 両家がエスト地方だったことも忘れていたし、許婚者だったなんて聞いていない。自分の記憶とのあまりの食い違いに、さぁっと青ざめる。

 アストラッドは柵に肘をつき、遠くを見つめて険しい顔をした。

「……あのときの自分を、思いっっっきり殴り飛ばしたい。馬鹿だし、若かった。手のつけようがないほど浅はかだったんだ。君が僕の好意にこれっぽっちも気づいてないとわかって、ショックで。――悔しくて、とっさに嘘をついた」

「嘘? あれが?」

 ざぁあああ……、と木々を揺らして風が渡り、近くで咲き誇っていた木蓮の梢を揺らす。
 はらり、はらりと大ぶりな花びらが何枚も舞い散り、視界をかすめて一片ひとひら、アストラッドの肩に引っかかった。
 鈍る思考も引っかかっている。

 ――なぜ、そんなに鮮明に覚えてるの?
 私やローズ様は地球からの転生者だった。それでもぼんやりとしか思い出せない。このかたは違うはずなのに。

 それに、さっき、なんて仰った? 『猫』って。


 呆然としつつ、無意識に手は動く。
 黒いマントに乗った花びらに視線が吸い寄せられ、取ろうとすると、身じろぎしたアストラッドに手首ごと掴まれた。切羽詰まった瞳だった。

「え、あ、アーシュ様?」

「あのときも。また、猫になるなんて思わなかったから」

「!!!」

 風が止む。
 フードからこぼれてほつれた銀髪を丁寧に指ですくわれ、ぞくぞくとした。
 戦慄? こわい? 予期せぬことだ。絞り出した声が上ずり、震える。

「お気づき、だったんですか……? あの能力は、この世界でが神様から授かったギフトです。変化のあとは、周りのひとの記憶もすべて、消えるはずだったのに」

「消えたよ。君も。君にまつわる記憶もすべて。どの生でも、僕は君を忘れた」

「じゃあなぜ」

「主神様も詰めが甘いよね。死んだあとで、くっきり思い出すんだから――本当に、とびきりつらかった。何度も何度も、繰り返すたびに忘れた自分を呪うんだ。なぜ、また、って。で、とうとう今生の前。……死んではいたんだけど、死に物狂いで突っ掛かってやった。『もういい、あんたは何にもするな、記憶を全部残せ』って」

「……誰に?」
「主神に」
「うわぁ」
「『うわぁ』じゃないよヨルナ。聞いて」
「はい」

 盛大にため息をついた麗しいかんばせが近づき、こつん、とおでこに触れる。
 おそらくは叱られているのだろう頭突きに甘んじ、ヨルナは、言葉を待った。

 どこか眠そうになったアストラッドは、左手でヨルナの右手首を。右腕で柵に体重をかけつつヨルナの肩に頭を預ける。
 風で黒いフードが落ちている。
 さらさらの金髪が、光そのものみたいになびいて、眩しくて。ヨルナは瞳を細めた。

 温もりに、目をつむる。

 ――初めの生が終わり、泉で出会った猫が村娘の『私』だったと知ってくれたこと。
 ――二度めの生で、お屋敷のメイドさんが私を諦めさせるため、嘘を教えたこと。
 ――四度めの生では、婚約していた先方から義妹への溺愛を注意されて直せなかった、と。
 それらを、まるで夢みるような面持ちで聞いた。ずっと訊きたかったことが胸に浮かび、口をついて出る。

「じゃああのとき、お部屋にこもってしまわれたのは」

「ずっと、妹への愛情だと思い込んでたのに。指摘されたとたんに意識して。その…………打ちのめされてた。間違って手を出して、泣かせたらどうしようかと」

「? 泣かせるようなことを、なさろうとしたんですか」

「うん。例えばこんな風に」

「!」

 すり、とアストラッドが顔の向きを変え、吐息が顎にかかる。いつのまにか右腕が背に回されているし、これではまるで。

「ちょ、ま……お待ちくださいアーシュ様。これじゃあ恋人同士みたいです。私、まだ十二……」

「わかってる」

「本当ですか? わかってて、なんですか!?!?」

 唇を避けられてるだけで、額に頬にと容赦なくキスされている。
 ヨルナは、真っ赤になった。

(耳は! 耳はくすぐったいのでやめてください!!!!!!)

 心の絶叫を声にしてよいものか、涙目でベンチの辺りを伺うと、とっくに誰もいない。「行っちゃったよ。当てられちゃったかな」と、くすくす至近距離で笑われて。

 衝撃さめやらぬまま、すっぽりと両腕に閉じ込められた。
 ぎゅ、と抱きしめられる。法衣のフードを外され、髪を撫でられる。

「もう、猫にならないで。君がいいんだ。君だから、側にいてほしい。……婚約の返事は? 今、聞きたい。聞かせてくれる?」

「~~……っ……もぅう……あなたって、ひとは!」

 熱い。熱い。
 どこもかしこも触れられたところも全部溶かす気ですか、と責めたかったのに、言葉にならない。

 『息も絶え絶え』って。
 きっと、こんなのを言うんだわ。

 ヨルナは嗚咽をがまんして、そっと顔を上げた。
 焦がれた青い瞳を。ちゃんと見つめるべきだと思った。


 ――――お受けします。もう二度と、能力ギフトは使いません。あなたの側に。


 そう告げて、あまりの幸せに「夢じゃないですよね?」と尋ねてしまって。
 再度、やんわりと拘束されたまま、おでこをぶつけられた。


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