1 / 87
序
始まる鼓動
しおりを挟む
エメルダは、きらきらと輝く翠色の夜空を見つめた。――きれい。
空が、世界の上を覆うものだと漠然と知っている。地が、足元に踏みしめているものだということも。
けれど、エメルダは動けない。命を吹き込まれていないから。
(命がないのに、なぜわたし、ここに居るのかしら……)
他人事のように考える彼女は、まだそこから出られない。
彼女はまだ、鉱山から切り出されていない。彼女を含む見事な緑柱石の鉱脈は、発見と同時に堀り尽くされた。我先にと殺到した鉱夫達が、根こそぎ持っていってしまったのだ。
ぽつん、と一筋取り残されたエメルダは、だから思案する。もの思う鉱石――彼女は、特別な緑柱石。精霊付きの宝石と呼ばれるものの、精霊そのものだ。
そこに。
カツンッ……カツンッ……ガツッ! と。無骨な岩肌にあてたノミに木槌を降り下ろし、驚くべき正確さで彼女を掘り当てた存在が現れた。
(!)
崩された岩の隙間からこぼれる光。照らされるランタンの灯火。暗い鉱道の最奥で、この世ならざる輝きを放つものに、発見した少年は喜びの声をあげた。
「すごい……! 見て、お師匠さま。ここだけ、ものすごく綺麗。これが原石?」
ランタンに照らされて、少年の金茶の髪がふわりと浮かび上がる。
幼い声に反応して、更にもう一つ、人影が近づいた。……じっと、彼女を覗き込む。そのまま瞬き一つせずに、「そうだね」と呟いた。
女性だ。おそらくは三十代。落ち着いた物腰に深い知性を滲ませる、穏やかな声。
瞳の色は、一見黒に見えたが光を弾いた瞬間、あざやかな紫に煌めいた。
髪は黒。まろやかな額をすべて出し、中央から分けて左右の耳に掛けている。通った鼻梁、薄い唇は微笑みの形。見出だした翠色の宝石の、ほんとうの価値を知るものの表情だと、エメルダは直観した。
(……このひと、好きかも)
ごく軽い気持ちで、エメルダは彼女を持ち主と定めた。きん、と耳鳴りをともなう高い音を響かせたあと。ゴトッ……バララっと、突如として彼女の周りの岩肌が土塊となって崩れ落ちる。
「えっえぇぇ?!」
「へぇ…凄い。本物だわ、この子」
みずから造り出した、岩の台座に掲げられるように顕現した、一塊の緑柱石。原石といっても、その透明度は疑いなく一級品。ランタンの灯りだけではない。石そのものが放つ魔法の光に、暗かった鉱道は淡い翠に照らされた。
蛍のような金を帯びた、翠色の光が浮かんではあがり、消えてゆく幻想的な景色――少年は口を、ぽかん、と開けて見入っている。
その脇をすり抜け、師匠と呼ばれた女性はエメルダそのものである原石に近寄ると、両の手を左右にかざして問いかけた。
「どう? 翠の子。私たちと外に出てみる?」
一拍のあと。
ちかっ! と、一際つよい、明るい光が原石の内側で閃いた。それを是と汲んだ女性は、そうっと石に触れる。
「よかった。素直な子で……じゃ、暫くの間ここに入って微睡んでてね、翠の子?」
女性は、肩から斜め掛けにした丈夫そうな皮の鞄から、柔らかで厚みのあるダークグリーンの天鵞絨の巾着を取り出すと、エメルダをころん、とぞんざいな仕草で入れた。
もちろん、エメルダはそんなことでは怒らない。生まれて初めて使った魔法は勝手がわからず、たいそう疲れて―――彼女はそのまま、女性の提言通り、こてん、と微睡みに包まれた。
とくん、とくんと。
眠りの最中にも息づく鼓動が、彼女のなかに芽生えた。
空が、世界の上を覆うものだと漠然と知っている。地が、足元に踏みしめているものだということも。
けれど、エメルダは動けない。命を吹き込まれていないから。
(命がないのに、なぜわたし、ここに居るのかしら……)
他人事のように考える彼女は、まだそこから出られない。
彼女はまだ、鉱山から切り出されていない。彼女を含む見事な緑柱石の鉱脈は、発見と同時に堀り尽くされた。我先にと殺到した鉱夫達が、根こそぎ持っていってしまったのだ。
ぽつん、と一筋取り残されたエメルダは、だから思案する。もの思う鉱石――彼女は、特別な緑柱石。精霊付きの宝石と呼ばれるものの、精霊そのものだ。
そこに。
カツンッ……カツンッ……ガツッ! と。無骨な岩肌にあてたノミに木槌を降り下ろし、驚くべき正確さで彼女を掘り当てた存在が現れた。
(!)
崩された岩の隙間からこぼれる光。照らされるランタンの灯火。暗い鉱道の最奥で、この世ならざる輝きを放つものに、発見した少年は喜びの声をあげた。
「すごい……! 見て、お師匠さま。ここだけ、ものすごく綺麗。これが原石?」
ランタンに照らされて、少年の金茶の髪がふわりと浮かび上がる。
幼い声に反応して、更にもう一つ、人影が近づいた。……じっと、彼女を覗き込む。そのまま瞬き一つせずに、「そうだね」と呟いた。
女性だ。おそらくは三十代。落ち着いた物腰に深い知性を滲ませる、穏やかな声。
瞳の色は、一見黒に見えたが光を弾いた瞬間、あざやかな紫に煌めいた。
髪は黒。まろやかな額をすべて出し、中央から分けて左右の耳に掛けている。通った鼻梁、薄い唇は微笑みの形。見出だした翠色の宝石の、ほんとうの価値を知るものの表情だと、エメルダは直観した。
(……このひと、好きかも)
ごく軽い気持ちで、エメルダは彼女を持ち主と定めた。きん、と耳鳴りをともなう高い音を響かせたあと。ゴトッ……バララっと、突如として彼女の周りの岩肌が土塊となって崩れ落ちる。
「えっえぇぇ?!」
「へぇ…凄い。本物だわ、この子」
みずから造り出した、岩の台座に掲げられるように顕現した、一塊の緑柱石。原石といっても、その透明度は疑いなく一級品。ランタンの灯りだけではない。石そのものが放つ魔法の光に、暗かった鉱道は淡い翠に照らされた。
蛍のような金を帯びた、翠色の光が浮かんではあがり、消えてゆく幻想的な景色――少年は口を、ぽかん、と開けて見入っている。
その脇をすり抜け、師匠と呼ばれた女性はエメルダそのものである原石に近寄ると、両の手を左右にかざして問いかけた。
「どう? 翠の子。私たちと外に出てみる?」
一拍のあと。
ちかっ! と、一際つよい、明るい光が原石の内側で閃いた。それを是と汲んだ女性は、そうっと石に触れる。
「よかった。素直な子で……じゃ、暫くの間ここに入って微睡んでてね、翠の子?」
女性は、肩から斜め掛けにした丈夫そうな皮の鞄から、柔らかで厚みのあるダークグリーンの天鵞絨の巾着を取り出すと、エメルダをころん、とぞんざいな仕草で入れた。
もちろん、エメルダはそんなことでは怒らない。生まれて初めて使った魔法は勝手がわからず、たいそう疲れて―――彼女はそのまま、女性の提言通り、こてん、と微睡みに包まれた。
とくん、とくんと。
眠りの最中にも息づく鼓動が、彼女のなかに芽生えた。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる