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1章 原石を、宝石に
1 食えぬ師匠とまっすぐな弟子
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街の入り口に、二人連れの旅人が現れた。
片方は背の高い女性。目深に被った外套のフードで隠しているが、おそらくは黒っぽい髪と目。
もう片方は少年。こちらもフードを被っているがふわふわの金茶の前髪が溢れている。愛らしい顔立ちで、空色の瞳。十歳より下ではなかろうと見てとれた。
二人とも旅装束でうっすらと埃っぽいが、きちんとした身形だ。
検問をしていた街の私設兵団の男性は、上から下までかれらを観察したあと、質問を投げ掛けた。
「どこから来た? はい、身分証あれば出して」
「学術都市から」
「…へえ! じゃあ、この子は弟子?」
「まぁそんなとこ。最近引き取ったばかりで、まだ書類が揃ってない。私のコレだけで、何とかならない?」
女性が、チャリ、と鎖の音を鳴らして衣服の襟元を寛がせた。あらわれたのは、銀の鎖。そしてクリスタルのプレートに刻まれた、梟の紋様。
プレートを鎖ごと外すため、女性はここでようやくフードを下ろした。露になる容貌。若くはないが静かなうつくしさを湛えた、黒紫のまなざしが印象的だ。肌は研究者らしく白い。佇まいや口許に、どことなく品がある。
兵士はそれを恭しく受けとり、日にかざして文字を透かし見る。……やがて「驚いた」と小さく呟くと、丁重に彼女の掌へと戻した。
「たしかに。身元はこの上なく確認できた。そちらのお弟子どのも、ようこそ。
――で、わが職工の街へは、何用で?」
幾分か態度を和らげた兵士に、女性はゆるく微笑んでおっとりと首を傾げた。
「…宝飾品の細工師を、探しに。腕と人柄の良いひとがいい。ギルドまでは、どう行ったらいいかな」
「え?! あ、あぁ……この、主街道をまっすぐ、二つ目の交差点の右側の建物が細工師のギルド。ほか、物作り関連もその辺に集まってる。
あの、よかったら――」
案内しようか? と続けようとした兵士は、残念ながら台詞を最後まで言えなかった。
「――あのっ!! お師匠さまっ! お腹が空きました!! ギルドもいいですけど宿を捜しましょう?」
力強く空腹を宣言した少年の訴えは、まっすぐに師である女性に届いた。黒紫の視線はつい、と兵士から外される。
「あぁ、ごめんねキリク。そっか、お昼ぬきで頑張ったもんね。……じゃ、失礼。親切にありがとう、兵士さん?」
ふわ、と白っぽいフードを再び被った女性は、何とも残念そうな兵士の男性にすれ違いざまに笑んだ視線をひとつ流し、弟子の少年を従えて悠々と門を潜った。
「本当に! お師匠さまは、考えなしにも程があります!」
「悪かったよ、キリク」
ちっとも悪くなさそうに、女性はふふっと笑った。拗ねて、ふくれた丸い頬が可愛らしい。引き取ってまだ一月と経ってはいないが、彼女は少年――キリクを気に入っている。
優しく、好奇心旺盛で物覚えもいい。機転が利いて、この旅の間だけでも先ほどのような場面は何度となく見られた。すなわち、実に良くできた“虫除け”だ。
女性は歩きながらも、うんうんと頷く。
「まだ若いのに、えらいねキリクは。私なんてこの歳でまだ、人あしらいに慣れない」
「お師匠さまは、馴れすぎなんです……人懐こすぎるんですよ…」
「へぇ?」
「やめてください、その、いかにも“初めて聞いたよ”って感じの相槌。おかげで何度、引き留められなくてもいい相手から、食いつかれたことか……」
遠い目の少年が、わずか一月足らずを振り返って泣きそうになっている。そのくせ唇の端は上がっているのだから、よほど複雑な心境なのだろう。
(揶揄いすぎたかな……)
ちょっと反省した女性は、気軽な仕種でキリクの紺色のフードをひょいっと外すと、柔らかい金茶の髪を直接撫でた。
「え! おおぉ、お師匠さまっ?! ちょ、やめてくださいよ!」
ばたばたと、うっすらと赤くなって怒るキリクは可愛らしい。結婚して、子どもがいればこんな感じだったのかな――などと思いつつ、師である女性はにっこりと笑う。
「あ、うん。触り心地がよくて、つい。
さぁ着いたよ。どうやらここが細工師のギルドみたいだ。……ここからは、こっちもあっちも、互いの腹を探りあう化かし合いだからね。痛くもない腹は、探られないに越したことはない。顔は出しておいたほうがいいよ」
(……)
少しの間を空けたあと。
はい、と若干据わった目で行儀よく答えた少年は、まことに筋の良い弟子といえる。
片方は背の高い女性。目深に被った外套のフードで隠しているが、おそらくは黒っぽい髪と目。
もう片方は少年。こちらもフードを被っているがふわふわの金茶の前髪が溢れている。愛らしい顔立ちで、空色の瞳。十歳より下ではなかろうと見てとれた。
二人とも旅装束でうっすらと埃っぽいが、きちんとした身形だ。
検問をしていた街の私設兵団の男性は、上から下までかれらを観察したあと、質問を投げ掛けた。
「どこから来た? はい、身分証あれば出して」
「学術都市から」
「…へえ! じゃあ、この子は弟子?」
「まぁそんなとこ。最近引き取ったばかりで、まだ書類が揃ってない。私のコレだけで、何とかならない?」
女性が、チャリ、と鎖の音を鳴らして衣服の襟元を寛がせた。あらわれたのは、銀の鎖。そしてクリスタルのプレートに刻まれた、梟の紋様。
プレートを鎖ごと外すため、女性はここでようやくフードを下ろした。露になる容貌。若くはないが静かなうつくしさを湛えた、黒紫のまなざしが印象的だ。肌は研究者らしく白い。佇まいや口許に、どことなく品がある。
兵士はそれを恭しく受けとり、日にかざして文字を透かし見る。……やがて「驚いた」と小さく呟くと、丁重に彼女の掌へと戻した。
「たしかに。身元はこの上なく確認できた。そちらのお弟子どのも、ようこそ。
――で、わが職工の街へは、何用で?」
幾分か態度を和らげた兵士に、女性はゆるく微笑んでおっとりと首を傾げた。
「…宝飾品の細工師を、探しに。腕と人柄の良いひとがいい。ギルドまでは、どう行ったらいいかな」
「え?! あ、あぁ……この、主街道をまっすぐ、二つ目の交差点の右側の建物が細工師のギルド。ほか、物作り関連もその辺に集まってる。
あの、よかったら――」
案内しようか? と続けようとした兵士は、残念ながら台詞を最後まで言えなかった。
「――あのっ!! お師匠さまっ! お腹が空きました!! ギルドもいいですけど宿を捜しましょう?」
力強く空腹を宣言した少年の訴えは、まっすぐに師である女性に届いた。黒紫の視線はつい、と兵士から外される。
「あぁ、ごめんねキリク。そっか、お昼ぬきで頑張ったもんね。……じゃ、失礼。親切にありがとう、兵士さん?」
ふわ、と白っぽいフードを再び被った女性は、何とも残念そうな兵士の男性にすれ違いざまに笑んだ視線をひとつ流し、弟子の少年を従えて悠々と門を潜った。
「本当に! お師匠さまは、考えなしにも程があります!」
「悪かったよ、キリク」
ちっとも悪くなさそうに、女性はふふっと笑った。拗ねて、ふくれた丸い頬が可愛らしい。引き取ってまだ一月と経ってはいないが、彼女は少年――キリクを気に入っている。
優しく、好奇心旺盛で物覚えもいい。機転が利いて、この旅の間だけでも先ほどのような場面は何度となく見られた。すなわち、実に良くできた“虫除け”だ。
女性は歩きながらも、うんうんと頷く。
「まだ若いのに、えらいねキリクは。私なんてこの歳でまだ、人あしらいに慣れない」
「お師匠さまは、馴れすぎなんです……人懐こすぎるんですよ…」
「へぇ?」
「やめてください、その、いかにも“初めて聞いたよ”って感じの相槌。おかげで何度、引き留められなくてもいい相手から、食いつかれたことか……」
遠い目の少年が、わずか一月足らずを振り返って泣きそうになっている。そのくせ唇の端は上がっているのだから、よほど複雑な心境なのだろう。
(揶揄いすぎたかな……)
ちょっと反省した女性は、気軽な仕種でキリクの紺色のフードをひょいっと外すと、柔らかい金茶の髪を直接撫でた。
「え! おおぉ、お師匠さまっ?! ちょ、やめてくださいよ!」
ばたばたと、うっすらと赤くなって怒るキリクは可愛らしい。結婚して、子どもがいればこんな感じだったのかな――などと思いつつ、師である女性はにっこりと笑う。
「あ、うん。触り心地がよくて、つい。
さぁ着いたよ。どうやらここが細工師のギルドみたいだ。……ここからは、こっちもあっちも、互いの腹を探りあう化かし合いだからね。痛くもない腹は、探られないに越したことはない。顔は出しておいたほうがいいよ」
(……)
少しの間を空けたあと。
はい、と若干据わった目で行儀よく答えた少年は、まことに筋の良い弟子といえる。
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