翠の子

汐の音

文字の大きさ
2 / 87
1章 原石を、宝石に

1 食えぬ師匠とまっすぐな弟子

しおりを挟む
 街の入り口に、二人連れの旅人が現れた。
 片方は背の高い女性。目深に被った外套のフードで隠しているが、おそらくは黒っぽい髪と目。
 もう片方は少年。こちらもフードを被っているがふわふわの金茶の前髪が溢れている。愛らしい顔立ちで、空色の瞳。十歳より下ではなかろうと見てとれた。

 二人とも旅装束でうっすらと埃っぽいが、きちんとした身形みなりだ。
 検問をしていた街の私設兵団の男性は、上から下までかれらを観察したあと、質問を投げ掛けた。

「どこから来た? はい、身分証あれば出して」
「学術都市から」
「…へえ! じゃあ、この子は弟子?」
「まぁそんなとこ。最近引き取ったばかりで、まだ書類が揃ってない。私のコレだけで、何とかならない?」

 女性が、チャリ、と鎖の音を鳴らして衣服の襟元を寛がせた。あらわれたのは、銀の鎖。そしてクリスタルのプレートに刻まれた、梟の紋様。
 プレートを鎖ごと外すため、女性はここでようやくフードを下ろした。あらわになる容貌。若くはないが静かなうつくしさを湛えた、黒紫のまなざしが印象的だ。肌は研究者らしく白い。佇まいや口許に、どことなく品がある。

 兵士はそれを恭しく受けとり、日にかざして文字を透かし見る。……やがて「驚いた」と小さく呟くと、丁重に彼女の掌へと戻した。

「たしかに。身元はこの上なく確認できた。そちらのお弟子どのも、ようこそ。
 ――で、わが職工の街へは、何用で?」

 幾分か態度を和らげた兵士に、女性はゆるく微笑んでおっとりと首を傾げた。

「…宝飾品の細工師を、探しに。腕と人柄の良いひとがいい。ギルドまでは、どう行ったらいいかな」
「え?! あ、あぁ……この、主街道をまっすぐ、二つ目の交差点の右側の建物が細工師のギルド。ほか、物作り関連もその辺に集まってる。
 あの、よかったら――」

 案内しようか? と続けようとした兵士は、残念ながら台詞を最後まで言えなかった。

「――あのっ!! お師匠さまっ! お腹が空きました!! ギルドもいいですけど宿を捜しましょう?」

 力強く空腹を宣言した少年の訴えは、まっすぐに師である女性に届いた。黒紫の視線はつい、と兵士から外される。

「あぁ、ごめんねキリク。そっか、お昼ぬきで頑張ったもんね。……じゃ、失礼。親切にありがとう、兵士さん?」

 ふわ、と白っぽいフードを再び被った女性は、何とも残念そうな兵士の男性にすれ違いざまに笑んだ視線をひとつ流し、弟子の少年を従えて悠々と門を潜った。




「本当に! お師匠さまは、考えなしにも程があります!」
「悪かったよ、キリク」

 ちっとも悪くなさそうに、女性はふふっと笑った。拗ねて、ふくれた丸い頬が可愛らしい。引き取ってまだ一月ひとつきと経ってはいないが、彼女は少年――キリクを気に入っている。

 優しく、好奇心旺盛で物覚えもいい。機転が利いて、この旅の間だけでも先ほどのような場面は何度となく見られた。すなわち、実に良くできた“虫除け”だ。
 女性は歩きながらも、うんうんと頷く。

「まだ若いのに、えらいねキリクは。私なんてこの歳でまだ、人あしらいに慣れない」
「お師匠さまは、馴れすぎなんです……人懐こすぎるんですよ…」
「へぇ?」
「やめてください、その、いかにも“初めて聞いたよ”って感じの相槌あいづち。おかげで何度、引き留められなくてもいい相手から、食いつかれたことか……」

 遠い目の少年が、わずか一月足らずを振り返って泣きそうになっている。そのくせ唇の端は上がっているのだから、よほど複雑な心境なのだろう。

 (揶揄からかいすぎたかな……)

 ちょっと反省した女性は、気軽な仕種でキリクの紺色のフードをひょいっと外すと、柔らかい金茶の髪を直接撫でた。

「え! おおぉ、お師匠さまっ?! ちょ、やめてくださいよ!」

 ばたばたと、うっすらと赤くなって怒るキリクは可愛らしい。結婚して、子どもがいればこんな感じだったのかな――などと思いつつ、師である女性はにっこりと笑う。

「あ、うん。触り心地がよくて、つい。
 さぁ着いたよ。どうやらここが細工師のギルドみたいだ。……ここからは、こっちもあっちも、互いの腹を探りあう化かし合いだからね。痛くもない腹は、探られないに越したことはない。顔は出しておいたほうがいいよ」

 (……)

 少しのを空けたあと。
 はい、と若干据わった目で行儀よく答えた少年は、まことに筋の良い弟子といえる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...