翠の子

汐の音

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1章 原石を、宝石に

2 扉前での攻防

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 細工師のギルドは、兵士が言ったとおりの場所に建っていた。門からまっすぐに伸びた幅の広い主街道は、石畳ではないがきれいにならされ、馬車やトカゲ車が行き交うのに問題はない。

 左右に並び立つのは、色とりどりの天幕を張った市や食事処。串に刺した炙り肉や砂糖菓子の類いもあり、空腹時にここで寄り道をしないのは非常に難しいと思える。――平時であれば。
 師弟は、門での出来事などを熱心に話し込んでいたので、そのまま歩いて辿り着いてしまったようだ。

 看板の代わりだろうか。みちに面した場所に灰色の石のプレートが飾られ、流麗な文字で“細工師ギルド”と彫り込んである。
 やや、身を屈めてプレートを覗き見る師弟の後ろを、ざわざわと人びとが通りすぎて行く。たまにちらりと視線を寄越よこす者もいたが、幸い不審者と見咎められることもなく、他愛のないことで声を掛けてくるやからもいなかった。

 石造りの、こじんまりとした二階建ての家屋。屋根はオレンジ色。言われてみれば事務所然とした、端正な印象だ。
 交差点の角に位置し、庭はない。扉は木目をそのまま生かした落ち着いた両開きのもので、手前に手摺てすりを設けた石の階段がある。
 師弟は階段の前まで歩むと、ふと立ち止まり、それぞれの高さから入り口を見上げた。


「……思ったより、大きくはないんですね?」

 もっと威圧感のある、技術の粋を集めたようなきらびやかな建物を想像していたキリクは、少々がっかりとした声で本音をこぼした。

 みずからも白っぽいフードを取り去り、ふるふる…と頭を振ってから黒髪を軽く整えた女性は、面白そうな表情で少年のふわふわとした金茶の髪を、再び撫でている。

「うん。職人達が皆、ここに詰めてるわけじゃないからね。かれらは大抵、郊外の工房で雇われたり、自宅で仕事してる。ここはいわば総元締め。役どころは斡旋、紹介……あとは、他のギルドとの折衝せっしょうか。
 キリクのおじいさんも腕のいい彫刻師だった。多分、こういうのには登録してたはずだよ」
「そうだったんですか……」

 それまで威勢が良かった少年から、少し覇気が消えた。やさしく髪を撫でる師の手を払う様子がないことからも、それは窺える。

 女性はその場で片膝をつくと、そっと弟子と目線を合わせた。

「大丈夫。悪いようにはしない。こう見えても、探しものや交渉ごとは得意なんだ」

 にっこりと、目尻に長い睫毛にふちどられて微笑む瞳は、深くうつくしい紫色。

 (――……!)

 目を逸らせない。息を呑む。
 師匠の瞳が、体調の良し悪しや感情の起伏で色合いを変えることを、短い期間で少年は気づいていた。
 その、深い思いと思いがけないうつくしさに見とれてしまい―――はっ! と空色の瞳を見開いたあと、慌てて視線を外す。

「……はい。じゃあお任せすることにして……ありがとうございます。でも、あの……頭を撫でるのって、もう、いい加減やめてもらえませんか?」
「ん? あぁごめん。ふふ、元気が出たなら良かった。さ、ちゃっちゃと済ませてご飯でも食べに行こう。宿も探さなきゃね」

 にこにこと、ご機嫌で女性は階段を上る。
 が、ふと振り返って右手を差し出した。ご丁寧に小首を傾げている。つまり……

 頭を真っ白にしたキリクは、数拍遅れて気づいた瞬間、顔を赤くしつつも控えめな声量で爆発した。器用だ。

「だから! こういうときに、やたらと自然な流れで手を繋ごうとしないでくださいっ!!
 ~~お願いします。僕はこう見えても十二歳なんです……」

 くすくす、と実に楽しそうな女性は「そっか。ごめんね?」と形だけは謝罪して、出した右手を引っ込める。代わりと言わんばかりにそれを、扉に取り付けられた真鍮製の取手とってへと伸ばした。
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