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2章 学術都市へ
24 魔法とは、魔術とは
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「じゃあ、師匠らしく講義でもしながら歩こうか。見てのとおり道のりは長い。おいで、二人とも」
「はい、お師匠さま」
「はーい、師匠!」
「……俺は? 仲間外れ?」
しょげた青年の声音に、スイは「ふふっ……!」と、顔を背けて笑った。
「そんなことしない。セディオは、知ってるんじゃないかな? と思って」
「そんなことはない。俺だってスイに色々教わりたいと思ってる」
若くはないがいたずらな笑みを湛えた美女と、あくまでも真剣な表情で頷く、一見したところの好青年。
弟子達は目配せし合うと、師の両側に同時にさっと走り寄った。息がぴったりだ。
「セディオさんが言うと、なんだか違う風に聞こえます。勘弁してください」
「そうよそうよ! これ以上師匠には触れさせないわよ!」
「え……ひどいな、見てたのか」
「えっ――…ううん。かまを掛けただけ。ふうん、でも、そうなの。ふーーーーん……
やっぱりセディオさんは後ろね。スイの隣は埋まってますっ!」
「エメルダ、『師匠』だってば」
「はーい」と、くすくすと笑うエメルダがスイの左腕にしがみつく。キリクは妹弟子を嗜めつつ、さすがに隣に立っただけ。
(この争奪戦で一番いい思いをしてるのは間違いなくエメルダだな…)
仕方ないな、と視線で語り、セディオは嘆息した。
「いーよ、別に。大人はこんなことで目くじら立てたりしない――行こうぜスイ。日が暮れちまう」
「ん、そうだね」
「……」
「……」
弟子二人の睨みを余裕でふふんと受け流す青年を背後に従え、スイは苦笑を漏らしながら大きな白亜の門を潜った。
* * *
「――そもそも、魔法とはあまねく精霊達が行使するもの。例外はない。人間は……かれらを、形を違えど《使役》する。それが魔術だよ」
コツ、コツ……と四名分の靴音が並んで移動する。相変わらず大渓谷に落ちる瀑布の音のほうが大きい。しかし、やはりスイの声は甘く穏やかに聞くものの耳を捉えた。
三名は、それぞれの反応を浮かべつつ口は挟まず、続きを待つ。
「私の魔術は、基本的に失われし言語による語り掛けと請願。つまり「お願い」してるだけだから、場合によっては聞いてもらえないこともある」
……三名とも、脳裡に今朝の森の最長老を描いた。いや、まず、絶対に聞いてもらえるだろう……と、誰かが心で突っ込んだ。
「対する普通の魔術はね、実は、きちんと体系化されて装飾品や道具に付与されるようになったのは、わりと最近なんだ」
「へぇ? 俺が細工師として駆け出しの……十五年ほど前か。その頃には魔術師ギルドと職工の大ギルド連合の提携はもう、密になってる印象を受けたけど」
こく、とスイは頷く。
「そうだろうね。魔法を物に付与するときは、“精霊付きの宝石”がいちばん手っ取り早い。職人――特に、セディオみたいに才ある細工師は引っ張りだこだった。
さっき、学術都市に招かれた細工師の話をしたろう?かれが“全き精霊の子”を意図して生み出した、初めての人の子なんだよ。八十……六年前かな。最初はよかったんだ。平和で穏便にことは進んだ。宝石の精霊達と人の子の、蜜月だったと言っていい」
コツ……と、足が立ち止まる。場所は東西南北の通路が交わる場所。大渓谷の丁度中央。
キリクは少し、足場が心許ない気分になって落ち着かなくなった。――足場の問題だけではなかったのかもしれない。
その空気を悟ったのか、スイは再び歩を進める。
コツ……という足音に誰かが安堵を。動き出した彼女にこの話題の終着点を見いだした誰かは、きゅ、と唇を噛んだ。
「細工師――男には腕のよい弟子がいた。かれの息子でね、名をヨーヴァ。現在の魔術師ギルドの長だよ。
ヨーヴァは父と違って、宝石の精霊核を丹念に取り出し、わざわざ砕いた――粉々に、とても細かく。
普通の道具に用いるときはその《精霊核の粉》を溶かした染料を特製のペンに含ませ、“失われし言語”で命令を書けばいい。書いた瞬間、染料は光となって消えるそうだよ―――魂ごと、永遠にそこに縛られて。
ヨーヴァの父も、息子の一派に強要されて……逃げ込んだのがここ、《安寧の都》だった。かれには、かれを持ち主と定める宝石の精霊の女性がいたから。
彼女が、持ち主と都に住まう精霊らの仲立ちをした。しかもそのまま、あたらしい都市の長に就任したんだ。
……はい、今日のところはここまで」
コツン! と一際たかく踵を鳴らしてスイは再び立ち止まった。
突き当たりに扉がある。背後にバシャバシャ…と、途切れずに流れ落ちる瀑布の音。通路にまで溢れる飛沫。いつの間にか、巨大な水のカーテンの裏側にまで来たらしい。
キィ…と、ほっそりとした魔術師の白い手が、繊細な浮き彫りが施された両開きの扉を開けた。
たちまち伝わる、生きものが放つ気配、音―――…!
そこは洞窟ではなかった。水色の空から陽光がさんさんと降り注ぎ、敷き詰められた白い石畳。思い思いの場所で咲き誇る花々。生き生きと葉を繁らせる街路樹。
……どう見ても街だ。建物はどれも小綺麗で、壁は漆喰が多い。色とりどりの屋根はあざやかで、ともすれば住人が少ないだろうこの街の風景に活気を添えている。
楽しげに囀ずる鳥の声。
行き交うひとの気配。
また、それに何ら頓着なく混ざり歩く、不思議な気配と色彩を纏ううつくしい人々――おそらく精霊。通りをぱっと見ただけだが、人間よりは余程多い。
三名は景色を一目みて、ここでは共存が当たり前なのだとすとん、と理解した。
「ようこそ。学術都市へ」
黒髪の美女が、紫がかった瞳に透きとおる光を滲ませて微笑った。
「はい、お師匠さま」
「はーい、師匠!」
「……俺は? 仲間外れ?」
しょげた青年の声音に、スイは「ふふっ……!」と、顔を背けて笑った。
「そんなことしない。セディオは、知ってるんじゃないかな? と思って」
「そんなことはない。俺だってスイに色々教わりたいと思ってる」
若くはないがいたずらな笑みを湛えた美女と、あくまでも真剣な表情で頷く、一見したところの好青年。
弟子達は目配せし合うと、師の両側に同時にさっと走り寄った。息がぴったりだ。
「セディオさんが言うと、なんだか違う風に聞こえます。勘弁してください」
「そうよそうよ! これ以上師匠には触れさせないわよ!」
「え……ひどいな、見てたのか」
「えっ――…ううん。かまを掛けただけ。ふうん、でも、そうなの。ふーーーーん……
やっぱりセディオさんは後ろね。スイの隣は埋まってますっ!」
「エメルダ、『師匠』だってば」
「はーい」と、くすくすと笑うエメルダがスイの左腕にしがみつく。キリクは妹弟子を嗜めつつ、さすがに隣に立っただけ。
(この争奪戦で一番いい思いをしてるのは間違いなくエメルダだな…)
仕方ないな、と視線で語り、セディオは嘆息した。
「いーよ、別に。大人はこんなことで目くじら立てたりしない――行こうぜスイ。日が暮れちまう」
「ん、そうだね」
「……」
「……」
弟子二人の睨みを余裕でふふんと受け流す青年を背後に従え、スイは苦笑を漏らしながら大きな白亜の門を潜った。
* * *
「――そもそも、魔法とはあまねく精霊達が行使するもの。例外はない。人間は……かれらを、形を違えど《使役》する。それが魔術だよ」
コツ、コツ……と四名分の靴音が並んで移動する。相変わらず大渓谷に落ちる瀑布の音のほうが大きい。しかし、やはりスイの声は甘く穏やかに聞くものの耳を捉えた。
三名は、それぞれの反応を浮かべつつ口は挟まず、続きを待つ。
「私の魔術は、基本的に失われし言語による語り掛けと請願。つまり「お願い」してるだけだから、場合によっては聞いてもらえないこともある」
……三名とも、脳裡に今朝の森の最長老を描いた。いや、まず、絶対に聞いてもらえるだろう……と、誰かが心で突っ込んだ。
「対する普通の魔術はね、実は、きちんと体系化されて装飾品や道具に付与されるようになったのは、わりと最近なんだ」
「へぇ? 俺が細工師として駆け出しの……十五年ほど前か。その頃には魔術師ギルドと職工の大ギルド連合の提携はもう、密になってる印象を受けたけど」
こく、とスイは頷く。
「そうだろうね。魔法を物に付与するときは、“精霊付きの宝石”がいちばん手っ取り早い。職人――特に、セディオみたいに才ある細工師は引っ張りだこだった。
さっき、学術都市に招かれた細工師の話をしたろう?かれが“全き精霊の子”を意図して生み出した、初めての人の子なんだよ。八十……六年前かな。最初はよかったんだ。平和で穏便にことは進んだ。宝石の精霊達と人の子の、蜜月だったと言っていい」
コツ……と、足が立ち止まる。場所は東西南北の通路が交わる場所。大渓谷の丁度中央。
キリクは少し、足場が心許ない気分になって落ち着かなくなった。――足場の問題だけではなかったのかもしれない。
その空気を悟ったのか、スイは再び歩を進める。
コツ……という足音に誰かが安堵を。動き出した彼女にこの話題の終着点を見いだした誰かは、きゅ、と唇を噛んだ。
「細工師――男には腕のよい弟子がいた。かれの息子でね、名をヨーヴァ。現在の魔術師ギルドの長だよ。
ヨーヴァは父と違って、宝石の精霊核を丹念に取り出し、わざわざ砕いた――粉々に、とても細かく。
普通の道具に用いるときはその《精霊核の粉》を溶かした染料を特製のペンに含ませ、“失われし言語”で命令を書けばいい。書いた瞬間、染料は光となって消えるそうだよ―――魂ごと、永遠にそこに縛られて。
ヨーヴァの父も、息子の一派に強要されて……逃げ込んだのがここ、《安寧の都》だった。かれには、かれを持ち主と定める宝石の精霊の女性がいたから。
彼女が、持ち主と都に住まう精霊らの仲立ちをした。しかもそのまま、あたらしい都市の長に就任したんだ。
……はい、今日のところはここまで」
コツン! と一際たかく踵を鳴らしてスイは再び立ち止まった。
突き当たりに扉がある。背後にバシャバシャ…と、途切れずに流れ落ちる瀑布の音。通路にまで溢れる飛沫。いつの間にか、巨大な水のカーテンの裏側にまで来たらしい。
キィ…と、ほっそりとした魔術師の白い手が、繊細な浮き彫りが施された両開きの扉を開けた。
たちまち伝わる、生きものが放つ気配、音―――…!
そこは洞窟ではなかった。水色の空から陽光がさんさんと降り注ぎ、敷き詰められた白い石畳。思い思いの場所で咲き誇る花々。生き生きと葉を繁らせる街路樹。
……どう見ても街だ。建物はどれも小綺麗で、壁は漆喰が多い。色とりどりの屋根はあざやかで、ともすれば住人が少ないだろうこの街の風景に活気を添えている。
楽しげに囀ずる鳥の声。
行き交うひとの気配。
また、それに何ら頓着なく混ざり歩く、不思議な気配と色彩を纏ううつくしい人々――おそらく精霊。通りをぱっと見ただけだが、人間よりは余程多い。
三名は景色を一目みて、ここでは共存が当たり前なのだとすとん、と理解した。
「ようこそ。学術都市へ」
黒髪の美女が、紫がかった瞳に透きとおる光を滲ませて微笑った。
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