翠の子

汐の音

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2章 学術都市へ

27 気難しい水オパール

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 部屋の空気が、しん……と冷えた。透明な白と仄かな虹をまとう青年は、にこりと笑う。ちっとも温かくない表情かおだ。

「気に食わないね――人間風情が」
「ウォーラ、だめ。やめなさい」
「やめないよ、スイ。貴女は優しすぎる。第一……セディオ、といった? 君は、すべてを打ち明けずにスイの優しさに甘えてここまで来た。約定に添うかどうか、微妙だな」
「ウォーターオパール。言いすぎ――」
「いやいい、スイ。確かにこいつ、おさとして間違ったことは言っちゃいない。……おい、お前ら離れてな。つれぇだろ? ここに居ると」

 セディオはちらりと左側に視線を移し、青ざめた顔の少年と少女を窺った。

 キリクは気丈にも表情を変えず踏みとどまっているが、エメルダはすでに涙目だ。カタカタ……と抑えようがないほど小刻みに震えている。ちいさな手は少年の服の裾を、ぎゅっと握りしめていた。

 はぁ……と、軽く息をついたセディオは移動する。子ども達の前に――かれらを、白い精霊のとばっちりから隠すように。悠々と立ち、負けじと見返す。

 水を打ったように、広い、ひろい部屋は静まり返った。
 ――――が。



  ぱちんっ!


 突然、頬を打つ音がした。
 当事者以外の三名はぎょっと目を丸くする。

 (ええぇぇぇ……? お、お師匠さまっ?!!)

 視界の端に一瞬とらえた師の表情と続く音に、大体の状況は把握できたが、キリクの内心の叫びはもちろん誰にも届かない。
 真の不遜は人の子の細工師ではなく、魔術師ではないか――? そんな考えも頭によぎる。

 魔術師の女性は、両方からしたたか打った白い青年の頬を挟んだまま、ひたとその目を見据えた。
 色味をつよくした紫の双眸に甘やかなものは一切なく、ただ、ふつふつと煮えるような怒りが感じられる。

 室内に淡々と、スイの抑えた声音が響いた。

「ウォーラ、良くない言い方をしたね。セディオに謝って」
「スイ。しかし」
「私の可愛い弟子達まで怖がらせた。かれらにも誠意を」
「……ス」
「いいから謝りなさい。でないと金輪際こんりんざい、もう一生涯口をきいてあげない」

 (!! 子 ど も か よ ……!)

 小豆色の髪の青年は激しく心中で突っ込んだが――やはり、声にならない。ならなくて幸いだった。これ以上ややこしくなるのは御免だ。

 後ろを振り向くと、エメルダが口を開けたまま固まっていた。微動だにしない。
 セディオは少女がちょっと気の毒になり、ぽふぽふと翠色の頭を撫でた。
 ……反応がない。重症だなと苦笑する。

 一方、なおも不機嫌そうに、白い雲間に虹の雫を閉じ込めたような瞳を細める青年に――スイは呆れたように目を伏せ、深長盛大なため息をついて見せた。

 両頬から手を離し、みずからの腰にあてる。
 すぅ…と息を吸い込み、再び瞼をひらく。

 その瞳は、元の黒紫に戻っていた。

「いい? ……最後通告だよ。
 貴方にそこまで言われる筋合いはない。私はみずからの判断でかれを、ここまで連れてきた。細部は訊くまでもない。充分、不遇に思えたからだ。
 あと……ひょっとして見てたの? 森でのこと。相変わらずいい趣味だね。――どう、まだ言ってほしい?」

 すらすらとまくし立てる魔術師に、白い精霊は比喩ではなく腰を引かせた。軽く両手もろてを挙げ、何か苦いものでも含まされたように目を閉じ、若干、天を仰いで後ずさっている。

「いや、もう結構……。すまない、わかった謝る。頼むからその……口を閉じてくれないか。三箇所ある《門》から《学術都市ここ》までのありとあらゆることを認知してしまうのは、もうしょうがないんだ……
 だが、何ごとにも認めたくないものはある。……察してくれ」

 眉間に皺を寄せ、ひどくつらそうな精霊の青年に、スイは「っふ……あはははは…っ!」と、実に楽しそうに笑いだした。

 「ふふっ、ごめんね?」と、ちいさな虹をいくつも浮かべる滝のようなウォーターオパールそのものの髪を、気安く撫でてやる。まるで、大型の猫を宥めるように。



 呆気にとられ、一部始終を眺めるしかできなかった人の子二人と幼い精霊に、渋々ではあるものの――さらりと長い不思議な髪を揺らして長が謝罪の言葉を述べたのは、そのすぐあとのことだった。
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