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2章 学術都市へ
26 人の子の啖呵
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館の内部は特に光源となる照明器具は見当たらなかったが、穏やかな光に満ちていた。
目を射ることはなく、薄暗いところもない。背後でパタン、と扉が勝手に閉まる音がした。
(何だろうな……屋内なのに、さっきの渓谷みたいな水の匂いがする)
空気というべきだろうか。明澄な静けさが辺りをぴん、と一色に染め上げている。
独特な雰囲気に気圧されたのか、キリクとエメルダは一言も発しない。行儀のよいキリクはともかく、賑やかなエメルダまでが大人しいことに、セディオはそこそこ驚かされた。
高い天井、太い柱、うつくしく磨かれた石の壁と床。
―――本来の造りは正に祠や神殿に近い。ただし崇めるべき偶像の類いはどこにも見当たらなかった。
ちょっとした集会所も兼ねているのだろう。エントランスと館の一階部分は隔たりなく同一の空間となっており、中央に大きな一枚板の円卓。椅子はざっと、十二脚。円卓の左手の壁には火が入っていない暖炉。右手には二階へと続く手摺のついた階段があった。
一歩、足を踏み出す。
―――音はしない。深緑の細長い絨毯が、通路となり得る場所全体に敷き詰められていた。
円卓の向こうは、銀紗のカーテンがタッセルで結わえられた大きな窓がある。
その窓辺に、一人掛けのソファーが二脚と仮眠もできそうな長椅子が一脚。テーブルはなく、そこだけふわふわの毛足の長い生成り色の絨毯が床を暖かそうに演出していた。
ソファーや長椅子は、その楕円形の絨毯を囲むように半円状に配置されている。
長く、つややかな黒髪を背に揺らして歩むスイが辿り着いた場所はそこだった。
確かに―――窓辺には背の高い人物が一人、佇んでいた。
「長、ただいま」
笑みを含む慕わしげな声が、水辺のような静けさが支配する空間に柔らかく、つよく響いた。
* * *
「おかえり、スイ――会いたかった。よく顔を見せて」
「はいはい。どうぞ? そんなに変わってないといいんだけど」
くすくす、と楽しそうに笑うスイと……ひとりの、全き精霊の青年。
外見年齢はセディオとそう変わらない。
しかしとても落ち着いた雰囲気で、三十歳より上にも見えた。
女性にしては長身のスイが見上げるほどの上背だが、威圧感はない。透きとおった白の中に虹の遊色を閉じ込めて揺らめく、滝のようにまっすぐ流れ落ちる長い髪。同色の瞳。姿かたちが非常に良く、物腰は柔らかい。
さら…と、青年の白い絹の長衣が衣擦れの清かな音を鳴らす。そっと伸ばされた手。指先はそのまま魔術師の頬に触れ、やさしく撫で―――抱きしめた。
「!」
それなりに、衝撃だった。親しいのだろうとは察していたが……
(ん? 待てよ。長は女性だと言ってなかったか? あいつ。でも、あれ……美人だけど男だよな)
セディオは一人悶々としていたが、時はちゃんと流れていたらしい。やがて抱擁を解いた白い青年の腕のなかから、輝くような笑顔を浮かべたスイが三名を呼ぶ。
「キリク、エメルダ、セディオ……こちらへ。長に紹介するよ」
「は、はい。お師匠さま」
「はーい、師匠っ!」
「……あぁ」
三名がそれぞれの返事をしつつ深緑の絨毯を踏みしめる間に、スイは青年から、つ……と身体を離した。
「みんな、こっちの白いひとは現在の学術都市の長ウォーターオパール。水蛋白石の精霊だよ。ウォーラ、かれらは……」
ウォーラ、と愛称を呼ばれた精霊はすっと右手を上げた。おもむろに人差し指の先を彼女の唇に当てると、にっこりと微笑む。
スイは(しょうがないなぁ…)と黒紫の視線で咎めつつも、長の意を尊重して黙り込んだ。
「わかるよ。貴女が世話になった彫刻師の孫と、見いだされた翠の子。それに、新たな亡命希望者で……堂々と貴女に手を出した、不遜な人間の男だ」
にこにこ、にっこりと笑っているが空気が冷たい。寒い。俺だけか――? と、キリクやエメルダのふわふわ頭に視線を巡らすと、やはり、かれらも寒そうだ。カタカタカタ……と微妙に震えている。
セディオは瞑目し、ふぅ……と大儀そうに吐息を漏らした。
――――緊張していたのが、ばかばかしくなった。
「えぇ、仰るとおり俺はケネフェル王室の縁者で亡命希望者。そしてあんたの大事な魔術師を口説いてるところだ。……それで? あんたの、長としての判断はどうなの。
ちなみに細工師としては当代随一を自負してる。誰にも負けない。ここの、初代の長の持ち主だったいう細工師にも、だ」
青い目が爛々と光る。
不遜な人間らしく、白い青年を畏れもなく、いらいらと睨みつけている自覚はあった。
――――――――――――――
(ウォーラのイメージ)
目を射ることはなく、薄暗いところもない。背後でパタン、と扉が勝手に閉まる音がした。
(何だろうな……屋内なのに、さっきの渓谷みたいな水の匂いがする)
空気というべきだろうか。明澄な静けさが辺りをぴん、と一色に染め上げている。
独特な雰囲気に気圧されたのか、キリクとエメルダは一言も発しない。行儀のよいキリクはともかく、賑やかなエメルダまでが大人しいことに、セディオはそこそこ驚かされた。
高い天井、太い柱、うつくしく磨かれた石の壁と床。
―――本来の造りは正に祠や神殿に近い。ただし崇めるべき偶像の類いはどこにも見当たらなかった。
ちょっとした集会所も兼ねているのだろう。エントランスと館の一階部分は隔たりなく同一の空間となっており、中央に大きな一枚板の円卓。椅子はざっと、十二脚。円卓の左手の壁には火が入っていない暖炉。右手には二階へと続く手摺のついた階段があった。
一歩、足を踏み出す。
―――音はしない。深緑の細長い絨毯が、通路となり得る場所全体に敷き詰められていた。
円卓の向こうは、銀紗のカーテンがタッセルで結わえられた大きな窓がある。
その窓辺に、一人掛けのソファーが二脚と仮眠もできそうな長椅子が一脚。テーブルはなく、そこだけふわふわの毛足の長い生成り色の絨毯が床を暖かそうに演出していた。
ソファーや長椅子は、その楕円形の絨毯を囲むように半円状に配置されている。
長く、つややかな黒髪を背に揺らして歩むスイが辿り着いた場所はそこだった。
確かに―――窓辺には背の高い人物が一人、佇んでいた。
「長、ただいま」
笑みを含む慕わしげな声が、水辺のような静けさが支配する空間に柔らかく、つよく響いた。
* * *
「おかえり、スイ――会いたかった。よく顔を見せて」
「はいはい。どうぞ? そんなに変わってないといいんだけど」
くすくす、と楽しそうに笑うスイと……ひとりの、全き精霊の青年。
外見年齢はセディオとそう変わらない。
しかしとても落ち着いた雰囲気で、三十歳より上にも見えた。
女性にしては長身のスイが見上げるほどの上背だが、威圧感はない。透きとおった白の中に虹の遊色を閉じ込めて揺らめく、滝のようにまっすぐ流れ落ちる長い髪。同色の瞳。姿かたちが非常に良く、物腰は柔らかい。
さら…と、青年の白い絹の長衣が衣擦れの清かな音を鳴らす。そっと伸ばされた手。指先はそのまま魔術師の頬に触れ、やさしく撫で―――抱きしめた。
「!」
それなりに、衝撃だった。親しいのだろうとは察していたが……
(ん? 待てよ。長は女性だと言ってなかったか? あいつ。でも、あれ……美人だけど男だよな)
セディオは一人悶々としていたが、時はちゃんと流れていたらしい。やがて抱擁を解いた白い青年の腕のなかから、輝くような笑顔を浮かべたスイが三名を呼ぶ。
「キリク、エメルダ、セディオ……こちらへ。長に紹介するよ」
「は、はい。お師匠さま」
「はーい、師匠っ!」
「……あぁ」
三名がそれぞれの返事をしつつ深緑の絨毯を踏みしめる間に、スイは青年から、つ……と身体を離した。
「みんな、こっちの白いひとは現在の学術都市の長ウォーターオパール。水蛋白石の精霊だよ。ウォーラ、かれらは……」
ウォーラ、と愛称を呼ばれた精霊はすっと右手を上げた。おもむろに人差し指の先を彼女の唇に当てると、にっこりと微笑む。
スイは(しょうがないなぁ…)と黒紫の視線で咎めつつも、長の意を尊重して黙り込んだ。
「わかるよ。貴女が世話になった彫刻師の孫と、見いだされた翠の子。それに、新たな亡命希望者で……堂々と貴女に手を出した、不遜な人間の男だ」
にこにこ、にっこりと笑っているが空気が冷たい。寒い。俺だけか――? と、キリクやエメルダのふわふわ頭に視線を巡らすと、やはり、かれらも寒そうだ。カタカタカタ……と微妙に震えている。
セディオは瞑目し、ふぅ……と大儀そうに吐息を漏らした。
――――緊張していたのが、ばかばかしくなった。
「えぇ、仰るとおり俺はケネフェル王室の縁者で亡命希望者。そしてあんたの大事な魔術師を口説いてるところだ。……それで? あんたの、長としての判断はどうなの。
ちなみに細工師としては当代随一を自負してる。誰にも負けない。ここの、初代の長の持ち主だったいう細工師にも、だ」
青い目が爛々と光る。
不遜な人間らしく、白い青年を畏れもなく、いらいらと睨みつけている自覚はあった。
――――――――――――――
(ウォーラのイメージ)
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