36 / 87
3章 人の子の禍福
35 翻弄する乙女たち
しおりを挟む
階段は、ずっとずぅっと下まで続いていた。一行が降りて数分と経たぬうち、一歩先は真っ暗闇となる。
その絶妙のタイミングで、スイの声が、螺旋を描いてほぼ縦穴に近い洞窟内部に響いた。
“おいで。明かりの子”
途端にふわり、と周囲がやわらかく照らし出される。
「ごめん、私は慣れてて――その、つい忘れてた。怖かった?」
後ろを振り仰ぐ、白い面が温もりをともなう小さな明かりに浮かび上がる。先頭を行くスイの前に一つ。横並びに立つ兄妹弟子の左右に一つずつ。殿のセディオの傍らにも一つ。計四つの明かりが揺れている。
「いや、大丈夫。階段は真っ白だし、何となくわかる」
「わたしも。平気よ? 元々、真っ暗ななかで長いこと過ごしてたし」
「え。僕は……」
一同の視線が集まった。それを感じ、かれは少々ばつが悪そうに頬を赤らめる。
「……えぇと。はい、少し。でもあの、普通……初めて通る真っ暗なところって怖いですよね? しかも洞窟ですよ? これ、僕がおかしいわけじゃないと思うんですけど……っ?!」
少年は力強く言い募った。師である女性はうんうん、と腕を組み、神妙な顔で頷いている。
「……ん。キリクは正しい。ひとは、暗闇を怖れるように出来てるからね。何ら恥じることはない。
それに、確かそのうち明るくなるはずだ。降りきるまでの辛抱だからね。もうちょっとだけ我慢して」
何とか持ち直した少年と涼しい顔の青年は、それぞれ一つずつ頷き、翠の少女は「はーい」と、どこかのんびりとした様子で答えた。
魔術師に率いられた一行は闇のなか、ほのかに照らされた階段を再び降りる。
――――やがてスイの言うとおり、いくらも経ったろうか。ぽつ、ぽつと色とりどりの光が顕れ始めた。
ふわふわと舞い飛ぶ黄色や水色、白に桃色。多様な色や動き、輝きのそれに、三名は思わず目をみはる。
“ありがとう、明かりの子。もういいよ”
スイが失われし言語で口ずさむように礼を述べると、四つの灯火はひときわ明るく瞬き、すぅ……っと姿を消した。
既に、辺りはそれとは異なる幻想的な光の坩堝と化している。とても地の底とは思えない。
若干目映いものも混じっているものの、目を射るほどではないそれらに―――「ん?」と、何かを察したセディオは足を止めた。
「スイ。この光……生きてんの? なんか蝶とか蛍とか、そんな感じがする」
「あ、すごいね、わかるんだ? じゃあ……ちょっと待って。今、見えるようにする」
言い終えるが早いか、魔術師が指を小気味よくパチン! と、鳴らした。すると―――
「……っ!」
「わぁ……」
「!!」
次の瞬間。
三名はそろって、驚愕や感嘆の表情を浮かべた。
むき出しの黒っぽい岩肌。階段の終わりを示す平らな道。鍾乳洞のように水の滴る天井。そのあちこちに、透ける羽を生やした小さなもの達が飛んでいる。
「まさか、妖精……?」
「正解。本当に詳しいね、セディオ。しかも、もてもてだ」
姿が見えるようになった彼女らは、実に積極的だった。
セディオの灰褐色のマントのフードを勝手に外し、小豆色の頭に寝そべるもの。肩に座るもの。わざと顔の前を行き来し、ちらちらと光の燐粉を散らすものなど容赦ない。
みな、色とりどりの薄い花びらのような衣装をまとった麗しい乙女だ。正直、目のやり場に困る―――いや。目の保養なのだが内心恋人と定める女性の側で、これはいただけなかった。
少し前まで《女たらし》と名高かったはずの細工師の微妙な表情を、ほぅ……と、キリクは感慨深げに見上げる。
「意外ですね。セディオさんが女性からもてて、そんなに困った顔するなんて」
「うるせぇ、黙れ。惚れた女に好かれなきゃ意味ねぇんだよ……やっと目が覚めたってのに。つうか、こいつら全員お前にくれてやる。引き取れ」
「え……いりません。歩くの大変そうだし。……って、お師匠さま! エメルダ!? ~~ほら、置いてかれちゃったじゃないですか、セディオさんっ」
「は? 何だよ、俺のせいかよ!?」
平らになった道の先、女性陣の姿はとうにない。
辛うじて「おーい、キリク! 先に行っちゃうよ~」と、曲線を描く一本道の向こうから澄んだ少女の声が響いた。
キリクは「えぇっ?! ちょ、待って、エメルダ!」と、返事をしつつ慌てて駆け出す。
ぽつり、と。
「スイ、無視かよ……」と漏らされた青年の嘆きは、周囲を飛び交う妖精乙女らによって、くすくすと聞き流された。
その絶妙のタイミングで、スイの声が、螺旋を描いてほぼ縦穴に近い洞窟内部に響いた。
“おいで。明かりの子”
途端にふわり、と周囲がやわらかく照らし出される。
「ごめん、私は慣れてて――その、つい忘れてた。怖かった?」
後ろを振り仰ぐ、白い面が温もりをともなう小さな明かりに浮かび上がる。先頭を行くスイの前に一つ。横並びに立つ兄妹弟子の左右に一つずつ。殿のセディオの傍らにも一つ。計四つの明かりが揺れている。
「いや、大丈夫。階段は真っ白だし、何となくわかる」
「わたしも。平気よ? 元々、真っ暗ななかで長いこと過ごしてたし」
「え。僕は……」
一同の視線が集まった。それを感じ、かれは少々ばつが悪そうに頬を赤らめる。
「……えぇと。はい、少し。でもあの、普通……初めて通る真っ暗なところって怖いですよね? しかも洞窟ですよ? これ、僕がおかしいわけじゃないと思うんですけど……っ?!」
少年は力強く言い募った。師である女性はうんうん、と腕を組み、神妙な顔で頷いている。
「……ん。キリクは正しい。ひとは、暗闇を怖れるように出来てるからね。何ら恥じることはない。
それに、確かそのうち明るくなるはずだ。降りきるまでの辛抱だからね。もうちょっとだけ我慢して」
何とか持ち直した少年と涼しい顔の青年は、それぞれ一つずつ頷き、翠の少女は「はーい」と、どこかのんびりとした様子で答えた。
魔術師に率いられた一行は闇のなか、ほのかに照らされた階段を再び降りる。
――――やがてスイの言うとおり、いくらも経ったろうか。ぽつ、ぽつと色とりどりの光が顕れ始めた。
ふわふわと舞い飛ぶ黄色や水色、白に桃色。多様な色や動き、輝きのそれに、三名は思わず目をみはる。
“ありがとう、明かりの子。もういいよ”
スイが失われし言語で口ずさむように礼を述べると、四つの灯火はひときわ明るく瞬き、すぅ……っと姿を消した。
既に、辺りはそれとは異なる幻想的な光の坩堝と化している。とても地の底とは思えない。
若干目映いものも混じっているものの、目を射るほどではないそれらに―――「ん?」と、何かを察したセディオは足を止めた。
「スイ。この光……生きてんの? なんか蝶とか蛍とか、そんな感じがする」
「あ、すごいね、わかるんだ? じゃあ……ちょっと待って。今、見えるようにする」
言い終えるが早いか、魔術師が指を小気味よくパチン! と、鳴らした。すると―――
「……っ!」
「わぁ……」
「!!」
次の瞬間。
三名はそろって、驚愕や感嘆の表情を浮かべた。
むき出しの黒っぽい岩肌。階段の終わりを示す平らな道。鍾乳洞のように水の滴る天井。そのあちこちに、透ける羽を生やした小さなもの達が飛んでいる。
「まさか、妖精……?」
「正解。本当に詳しいね、セディオ。しかも、もてもてだ」
姿が見えるようになった彼女らは、実に積極的だった。
セディオの灰褐色のマントのフードを勝手に外し、小豆色の頭に寝そべるもの。肩に座るもの。わざと顔の前を行き来し、ちらちらと光の燐粉を散らすものなど容赦ない。
みな、色とりどりの薄い花びらのような衣装をまとった麗しい乙女だ。正直、目のやり場に困る―――いや。目の保養なのだが内心恋人と定める女性の側で、これはいただけなかった。
少し前まで《女たらし》と名高かったはずの細工師の微妙な表情を、ほぅ……と、キリクは感慨深げに見上げる。
「意外ですね。セディオさんが女性からもてて、そんなに困った顔するなんて」
「うるせぇ、黙れ。惚れた女に好かれなきゃ意味ねぇんだよ……やっと目が覚めたってのに。つうか、こいつら全員お前にくれてやる。引き取れ」
「え……いりません。歩くの大変そうだし。……って、お師匠さま! エメルダ!? ~~ほら、置いてかれちゃったじゃないですか、セディオさんっ」
「は? 何だよ、俺のせいかよ!?」
平らになった道の先、女性陣の姿はとうにない。
辛うじて「おーい、キリク! 先に行っちゃうよ~」と、曲線を描く一本道の向こうから澄んだ少女の声が響いた。
キリクは「えぇっ?! ちょ、待って、エメルダ!」と、返事をしつつ慌てて駆け出す。
ぽつり、と。
「スイ、無視かよ……」と漏らされた青年の嘆きは、周囲を飛び交う妖精乙女らによって、くすくすと聞き流された。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる