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3章 人の子の禍福
40 子らには守り石を。細工師には詰問を
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「あぁ、そうだ。そなたら、石を採りに来たのだろう?」
会見を終え、持参した昼食を広げ始めたスイ達に、人型のサラマンディアはごく軽い調子で話しかけた。
スイは水筒から茶を注ごうとした手を、ぴたりと止める。
「そう。……どう? サラマンディア。この子達に、あなたの眷属で合いそうな石はある?」
「まぁ、なくはない。キリク、か? そなたにはこれだ」
くるり、と閃かせた手から手品のように一塊の、ごつごつとした原石が現れた。
「これは――」
何です? と、問おうとした少年の声は、ちゃっかりスイの隣に腰を降ろした小豆色の髪の青年によって遮られた。
「黒曜石か」
「正解。さすがだな、細工師」
「どーも」
くすくす、と二人のやり取りに笑みを溢した黒髪の美女は、うっすら墨色の光沢を放つそれを受けとり、愛弟子の手のひらに置く。
「火山地帯で採れる天然ガラスだね。加工もしやすい。でも……キリクにはちょっと、渋過ぎない?」
「いや。これでいい。キリクはな、見た目はこうだが、研磨次第で随分と変わるぞ。鋭利にも、丸くすべらかにも――そなた次第だ。まぁ、大いに励め」
「おやおや。預かる身としては、責任重大だね」
「し、……精進します。ありがとうございます、炎の司」
キリクは、こわごわ黒曜石の原石を眺めてから、そぅっとそれを腰に下げたポーチに仕舞った。今は、師匠の手をなるべく煩わせないよう昼食の支度をすべきだ。
てきぱきと、ハムとチーズを挟んだ固めのパンの包み布をひらいてゆく兄弟子の傍ら、妹弟子もその手伝いを始めた。
が、その顔色は優れない。珍しくどこか悄気ているように見える。
手元に視線を落としたまま、エメルダはぽつんと呟いた。
「どうせ、わたしには無いのよね……?」
「ん。無くはないが。そなたはスイと揃いが良いのだろう? 緑柱石は特に、性質からして“火”と程遠い。あまりつよくは薦められんのだが」
「わかってます……うん。いいの、ちょっと寂しかっただけ」
いつになく項垂れるエメルダに、さすがのスイも眉根を寄せる。
その愁えた視線のまま、セディオとは反対側、右隣に陣取るサラマンディアへと目配せした。
意味は正しく伝わったようで―――紅の髪の偉丈夫は、はぁ……とため息を溢したあと、「翠の」と渋々呼びかける。
「なぁに? サラマンディアさん」
「やる。手を出せ」
「……え、何を……ぅわっ! これ……??」
コロン、と小さな手のひらで転がるのは、これまた小さなオレンジ色の可愛らしい石。大きさはエメルダの小指の爪ほどだ。
ぐ、と覗き込んだセディオは少し目をすがめて呟いた。
「……日長石だな。小粒だが、内側に炎を閉じ込めたような輝きでいい石だ。小さくても太陽みたいで、お前らしい」
「あ……」
「もし気に入ったなら、新しいプレートの片隅にでも嵌め込むといい。若木には陽の光が似合う……長ずるまでは、スイの元で健やかにあれ」
「ありがとう……ございます……っ。ど、どうしよう、スイ! すごく嬉しい……!!」
困り果てているのに心底嬉しそうにも見える表情で、二番弟子は師を振り仰いだ。
にこ、と微笑むまなざしは深い紫色。
「うん。……その気持ちは、この先ずっと貴女を支えてくれる大事なものになるよ。よかったね、いい出会いは何にも替えがたい。―――サラマンディア。この子らの師として、私からも礼を」
「構わん。何時であれ、新たな同胞の誕生は喜ばしい。殊、宝石の精は近ごろ憂き目に遭いすぎだ」
「憂き目? それは……スイがどうやってか、人間の手でヒトに変えられたこと……だけじゃ、ないのか?」
「それも大きいが」
サラマンディアは、すっと大きな手を伸ばすと一つ、丸い胡桃パンを取って束の間、黙り込んだ。
やがて焼きたての小麦と木の実の香りが立ち込め、ふわ……と、一同の鼻先をくすぐる。
ほかほかになったパンを、スイが広げる大判の白い布の上に「ほれ」と落とした。
黒髪の魔術師は、にこにことそれを人数分に切り分けてゆく。
「ありがと、サラマンディア。やっぱり、下層都市での昼食はあなたのところが一番だ」
「うむ、そうだろう。……で、細工師よ。憂き目についてだが―――本当に知らんのか? 近ごろ、特にケネフェルで宝石の精霊が幾人も姿を消している。精霊付きの宝石狩りも甚だしい。
スイは、トーリスからの情報を元に奴らに先んじて同胞を助けられぬか、ちょくちょく向こうに足を伸ばしておったのだが、いつも後手でな……今回の翠の子は暁幸だった。他の姉妹は軒並み狩られたあとのようだし」
「……サラ。その辺で」
くい、と衣装の肘の辺りを引く美女に金の視線を流しつつ、それでも炎の化身は語ることを止めなかった。
それに耳を傾けつつ、ふと見ると、キリクの隣でエメルダの顔がみるみる青ざめてゆく。
(宝石の精の失踪……。まさか……?)
胸のなかがひやりとする。良くない予感がした。
「人の子の魔術師らの意向らしいが。古き地の守護者たるケネフェル王室は、今どうなっておるのだ……? 答えよセディオ、そなたに聞いておるのだ。放逐されし王子よ」
会見を終え、持参した昼食を広げ始めたスイ達に、人型のサラマンディアはごく軽い調子で話しかけた。
スイは水筒から茶を注ごうとした手を、ぴたりと止める。
「そう。……どう? サラマンディア。この子達に、あなたの眷属で合いそうな石はある?」
「まぁ、なくはない。キリク、か? そなたにはこれだ」
くるり、と閃かせた手から手品のように一塊の、ごつごつとした原石が現れた。
「これは――」
何です? と、問おうとした少年の声は、ちゃっかりスイの隣に腰を降ろした小豆色の髪の青年によって遮られた。
「黒曜石か」
「正解。さすがだな、細工師」
「どーも」
くすくす、と二人のやり取りに笑みを溢した黒髪の美女は、うっすら墨色の光沢を放つそれを受けとり、愛弟子の手のひらに置く。
「火山地帯で採れる天然ガラスだね。加工もしやすい。でも……キリクにはちょっと、渋過ぎない?」
「いや。これでいい。キリクはな、見た目はこうだが、研磨次第で随分と変わるぞ。鋭利にも、丸くすべらかにも――そなた次第だ。まぁ、大いに励め」
「おやおや。預かる身としては、責任重大だね」
「し、……精進します。ありがとうございます、炎の司」
キリクは、こわごわ黒曜石の原石を眺めてから、そぅっとそれを腰に下げたポーチに仕舞った。今は、師匠の手をなるべく煩わせないよう昼食の支度をすべきだ。
てきぱきと、ハムとチーズを挟んだ固めのパンの包み布をひらいてゆく兄弟子の傍ら、妹弟子もその手伝いを始めた。
が、その顔色は優れない。珍しくどこか悄気ているように見える。
手元に視線を落としたまま、エメルダはぽつんと呟いた。
「どうせ、わたしには無いのよね……?」
「ん。無くはないが。そなたはスイと揃いが良いのだろう? 緑柱石は特に、性質からして“火”と程遠い。あまりつよくは薦められんのだが」
「わかってます……うん。いいの、ちょっと寂しかっただけ」
いつになく項垂れるエメルダに、さすがのスイも眉根を寄せる。
その愁えた視線のまま、セディオとは反対側、右隣に陣取るサラマンディアへと目配せした。
意味は正しく伝わったようで―――紅の髪の偉丈夫は、はぁ……とため息を溢したあと、「翠の」と渋々呼びかける。
「なぁに? サラマンディアさん」
「やる。手を出せ」
「……え、何を……ぅわっ! これ……??」
コロン、と小さな手のひらで転がるのは、これまた小さなオレンジ色の可愛らしい石。大きさはエメルダの小指の爪ほどだ。
ぐ、と覗き込んだセディオは少し目をすがめて呟いた。
「……日長石だな。小粒だが、内側に炎を閉じ込めたような輝きでいい石だ。小さくても太陽みたいで、お前らしい」
「あ……」
「もし気に入ったなら、新しいプレートの片隅にでも嵌め込むといい。若木には陽の光が似合う……長ずるまでは、スイの元で健やかにあれ」
「ありがとう……ございます……っ。ど、どうしよう、スイ! すごく嬉しい……!!」
困り果てているのに心底嬉しそうにも見える表情で、二番弟子は師を振り仰いだ。
にこ、と微笑むまなざしは深い紫色。
「うん。……その気持ちは、この先ずっと貴女を支えてくれる大事なものになるよ。よかったね、いい出会いは何にも替えがたい。―――サラマンディア。この子らの師として、私からも礼を」
「構わん。何時であれ、新たな同胞の誕生は喜ばしい。殊、宝石の精は近ごろ憂き目に遭いすぎだ」
「憂き目? それは……スイがどうやってか、人間の手でヒトに変えられたこと……だけじゃ、ないのか?」
「それも大きいが」
サラマンディアは、すっと大きな手を伸ばすと一つ、丸い胡桃パンを取って束の間、黙り込んだ。
やがて焼きたての小麦と木の実の香りが立ち込め、ふわ……と、一同の鼻先をくすぐる。
ほかほかになったパンを、スイが広げる大判の白い布の上に「ほれ」と落とした。
黒髪の魔術師は、にこにことそれを人数分に切り分けてゆく。
「ありがと、サラマンディア。やっぱり、下層都市での昼食はあなたのところが一番だ」
「うむ、そうだろう。……で、細工師よ。憂き目についてだが―――本当に知らんのか? 近ごろ、特にケネフェルで宝石の精霊が幾人も姿を消している。精霊付きの宝石狩りも甚だしい。
スイは、トーリスからの情報を元に奴らに先んじて同胞を助けられぬか、ちょくちょく向こうに足を伸ばしておったのだが、いつも後手でな……今回の翠の子は暁幸だった。他の姉妹は軒並み狩られたあとのようだし」
「……サラ。その辺で」
くい、と衣装の肘の辺りを引く美女に金の視線を流しつつ、それでも炎の化身は語ることを止めなかった。
それに耳を傾けつつ、ふと見ると、キリクの隣でエメルダの顔がみるみる青ざめてゆく。
(宝石の精の失踪……。まさか……?)
胸のなかがひやりとする。良くない予感がした。
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