翠の子

汐の音

文字の大きさ
52 / 87
4章 枷と自由

51 学術都市での心得と、その応用

しおりを挟む
「さて、と」

 ゴトン、と作業台の上に数個の貴金属と原石が転がる。次いでぼん、と置かれた布袋。中身はサラサラとした銀砂だ。
 セディオは淡々と南東を向く窓辺から、右手側の寝台とは逆方向の壁を埋める棚の前に立ち、スゥッと腰の位置ほどの引き出しをひいた。きちんと揃えられていた半紙を適当に取り、再び戻る。

「――黒曜石オブシディアンに」

 はらり、と行儀よく椅子に掛ける金茶の髪の少年の前に一枚。

「クリスタル・クォーツと日光石サンストーンか」

 わくわくと隣の椅子に腰掛ける、翠の髪の少女の前にも一枚。
 残りは二人のちょうど間のスペースに置く。カタン、と椅子を引くと、セディオ自身も一枚取り、木の机を三台連ねた窓辺の作業台に向かった。各自、そっとペンを取り……思案する。
 室内に、たちまち静かな時間が訪れた。


 地下の力の司グレートエレメンタルへの挨拶を終えた翌日。まだ朝食を終えたばかりの午前八時。

 ――――早速、三名は学術都市の住民である身分証の元となる、プレート造りを命じられた。誰をか云わん。家主の魔術師どのからだ。



   *   *   *



 スイは、朝食の後片付けをしつつ三名に昼のお弁当を用意すると、軽やかに笑んで告げた。

『じゃ、私は黒真珠と買い物に行ってくるよ』
『んぁ? あぁ、気を付けてな。帰りは? どうすんの。食事とかは……地下の貯蔵庫にある分と菜園の野菜使ってもいいんなら、俺らだけで夜は何とでもできるけど』

 手伝いがてら、使用済みの皿や調理器具を洗っていたセディオは、清水を張ったから視線を外さずに問う。
 カチャ……カチャン、と大きな手でおだやかに食器を扱う音。手慣れている。

『それは心強いね。良かった。……うーん……買い物自体は、昼過ぎで終わると思うんだけど。ひょっとしたら帰りは明日になるかも。
 ほら、帰りの転移先は固定されてないと言ったろう? 門の子の機嫌次第でまた、“輝水晶きずいしょうの谷”に飛ばされかねない。すると、帰宅は自然と明日になる』

 はた、とセディオの右隣で皿を拭いていたキリクの手が止まった。首を傾け、斜め後ろの師を仰ぎ見る。

『……谷から、ここまでは転移できないんですか?』

 もっともな質問だね―――と、師である美女は微笑んだ。黒目がちな、潤んだように見える瞳が窓から射し入る光に煌めき、一瞬、明るい紫の色となる。

『出来ないことはない。でも、やりたくはない』
『?? ……どういうこと? 師匠なら、お願いすればあの子達、絶対言うこと聞いてくれるでしょ』

 水気を切った皿やカテラリーを所定の位地に戻しつつ、くるりと振り向いたエメルダが問いかけた。
 スイは、これに困ったように笑む。

『だからだよ』
『?』
『……門の子らは、あまり数が多くない。世代交代も、そもそもない。“始まりの時”からずっとそのままの数で存在を続ける、とても珍しい精霊なんだ。彼らをあまり酷使したくない。
 急ぎでもなければ自分の足で、が、ここの暗黙のルールだよ。ただし下層都市はその限りではない』
『……』
『……』
『……なんでだ?』

 代表するように、低く声を発した青年に。
 ひょい、と肩をすくめた魔術師はあっけらかんと答えた。

『力の司達の行動は、読めない……。何かがあってからでは遅いからね。身の危険を覚えたら即時撤退が、学術都市ここのルールでもある。範囲や距離が少なければ、門の子達への負担も少ないし』
『あぁ……』


 なるほどね、と三名は心から納得した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...