70 / 87
5章 二つの魔術
69 何気ない時間のなかで
しおりを挟む
門の精霊が人の世からきっちり隔てた、いわば精霊の世。そこに安息を見いだした人間――学術都市の住人らにとって夕刻は、当たり前だが一日最後の食事の時間に充てられる。
街の外れ、魔術師の家もその理からは外れない。家主を欠いてしょんぼりするエメルダも、それを慰めるキリクも。心ここにあらずでありながら、てきぱきと調理の主戦力となるセディオも。
今はそろって厨房に立っていた。
作業台を兼ねる食卓とは別の小さなテーブルに椅子が二脚。その一脚に、今日二度めの来訪者が座っている。
壁側に寄せられた小休憩のためのスペースはいかにもすみっこで、およそ豪奢な美貌を湛えるかれにはそぐわない。
にも拘わらず、ちょこん、と収まる様子はどことなく毛足の長い猫を思わせた。
(ウォーラをつかまえて猫を連想するとか……やばい。疲れてんな、俺)
視界の端にちらちらと映る存在をあえて無視し、セディオはつとめて淡々と夕食の準備に専念する。
「……ん、こんなもんかな」
ふわ、と香る月桂樹の葉と野菜や肉の旨み。澄んだスープから立ちのぼる湯気。
ポトフの鍋から蓋を取り、僅かに顔を寄せて匂いを嗅ぐ仕草をした青年は独り言のように呟いた。手早く側にあった塩や胡椒を加え、「エメルダ、皿。四人分な」と、たまたま後ろを通りがかった少女に指示を出す。
「はーい」
返事をしたエメルダは、すぐに食器棚へと向かった。
調理に使った器具を洗っていたキリクが手元から顔を上げ、きょとんとする。
「味見しないんですか?」
「しねぇよ。匂いで大体わかるだろ」
「へー……」
几帳面な少年は、自分が作るときは大抵味見を欠かさない。各種材料や調味料の類いも出来るだけレシピ通りの配分を心がけている。
が、年長者を立てることを徹底して養い親から教わった身として、最終的には何も告げなかった。
四角い食卓には既に、焼きたての堅パンと切り分けられたフルーツが盛りつけられている。
「じゃ、飯にするか――おいウォーラ、待たせたな。食ってくだろ? こっち来いって。話もたっぷり聞かせてもらう」
「……あぁ」
カタン、と椅子を鳴らして白い佳人が立ち上がった。
窓から差す斜光に、ゆらめく髪が茜色の光を一度弾かせる。つい、そのさまに見入ってしまった三者を置き去りに、ウォーラはあっさりと席を移動した。
はっ……と気づき、面々も動き出す。
癪だが、こういう何気ない場面で、この男が全き宝石の精霊のなかでも別格なのだと見せつけられる。
「はい、セディオさん。お皿」
「おう」
深めの陶製の大皿をかさねて目の前に差し出すエメルダ。
――自分が加工し、世に送り出す手助けをしたのだと思うと、そのこまっしゃくれた言いようにもまぁまぁ可愛いげを感じる。
まっすぐにこちらを見上げる、くりっとした大きな緑柱石の瞳。極めて愛らしい容貌。……生を受けてさほどの時間も経ってはいない。まっさらな、新しい命だ。
ぽふ。
セディオは皿を受け取る前に、ふわふわと空気をはらむ翠の髪に手を置いた。
「…………何? なんで?」
「いや、何となく」
怪訝そうな少女に、思わず吹き出しそうになる。
不在がちな恋人への想いとは確固として別に、ちいさな同居人達への愛着も深まりつつあるのを実感した。
人であろうと、なかろうとも。
(スイの最初の持ち主……ミゲルって細工師も、こんな感じだったのかね。作品ってぇか……、自分の子どもみたいな)
腰に当てていた左手で皿を受け取ると、料理の腕も悪くない細工師の青年は、ほろほろのジャガイモや甘そうなニンジン、キャベツがごろりと入るポトフを豪快に盛っていった。
街の外れ、魔術師の家もその理からは外れない。家主を欠いてしょんぼりするエメルダも、それを慰めるキリクも。心ここにあらずでありながら、てきぱきと調理の主戦力となるセディオも。
今はそろって厨房に立っていた。
作業台を兼ねる食卓とは別の小さなテーブルに椅子が二脚。その一脚に、今日二度めの来訪者が座っている。
壁側に寄せられた小休憩のためのスペースはいかにもすみっこで、およそ豪奢な美貌を湛えるかれにはそぐわない。
にも拘わらず、ちょこん、と収まる様子はどことなく毛足の長い猫を思わせた。
(ウォーラをつかまえて猫を連想するとか……やばい。疲れてんな、俺)
視界の端にちらちらと映る存在をあえて無視し、セディオはつとめて淡々と夕食の準備に専念する。
「……ん、こんなもんかな」
ふわ、と香る月桂樹の葉と野菜や肉の旨み。澄んだスープから立ちのぼる湯気。
ポトフの鍋から蓋を取り、僅かに顔を寄せて匂いを嗅ぐ仕草をした青年は独り言のように呟いた。手早く側にあった塩や胡椒を加え、「エメルダ、皿。四人分な」と、たまたま後ろを通りがかった少女に指示を出す。
「はーい」
返事をしたエメルダは、すぐに食器棚へと向かった。
調理に使った器具を洗っていたキリクが手元から顔を上げ、きょとんとする。
「味見しないんですか?」
「しねぇよ。匂いで大体わかるだろ」
「へー……」
几帳面な少年は、自分が作るときは大抵味見を欠かさない。各種材料や調味料の類いも出来るだけレシピ通りの配分を心がけている。
が、年長者を立てることを徹底して養い親から教わった身として、最終的には何も告げなかった。
四角い食卓には既に、焼きたての堅パンと切り分けられたフルーツが盛りつけられている。
「じゃ、飯にするか――おいウォーラ、待たせたな。食ってくだろ? こっち来いって。話もたっぷり聞かせてもらう」
「……あぁ」
カタン、と椅子を鳴らして白い佳人が立ち上がった。
窓から差す斜光に、ゆらめく髪が茜色の光を一度弾かせる。つい、そのさまに見入ってしまった三者を置き去りに、ウォーラはあっさりと席を移動した。
はっ……と気づき、面々も動き出す。
癪だが、こういう何気ない場面で、この男が全き宝石の精霊のなかでも別格なのだと見せつけられる。
「はい、セディオさん。お皿」
「おう」
深めの陶製の大皿をかさねて目の前に差し出すエメルダ。
――自分が加工し、世に送り出す手助けをしたのだと思うと、そのこまっしゃくれた言いようにもまぁまぁ可愛いげを感じる。
まっすぐにこちらを見上げる、くりっとした大きな緑柱石の瞳。極めて愛らしい容貌。……生を受けてさほどの時間も経ってはいない。まっさらな、新しい命だ。
ぽふ。
セディオは皿を受け取る前に、ふわふわと空気をはらむ翠の髪に手を置いた。
「…………何? なんで?」
「いや、何となく」
怪訝そうな少女に、思わず吹き出しそうになる。
不在がちな恋人への想いとは確固として別に、ちいさな同居人達への愛着も深まりつつあるのを実感した。
人であろうと、なかろうとも。
(スイの最初の持ち主……ミゲルって細工師も、こんな感じだったのかね。作品ってぇか……、自分の子どもみたいな)
腰に当てていた左手で皿を受け取ると、料理の腕も悪くない細工師の青年は、ほろほろのジャガイモや甘そうなニンジン、キャベツがごろりと入るポトフを豪快に盛っていった。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~
黒鴉そら
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」
自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。
全然関係ない第三者がおこなっていく復讐?
そこまでざまぁ要素は強くないです。
最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる