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6章 掌中に収まらぬ宝
76 うち壊す少女
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――いっぽうその頃。
老人が語る行いに顔をしかめていたスイは、ふと不思議そうに目をしばたいた。ごく小さな女性の声が、微かに部屋に谺したからだ。
「……長へ。長へ面会を望む……」
ふわり、と目の前を影が過る。琥珀だった女性とスイだけがそれを目で追った。ヨーヴァには見えていないようだった。
風精だ。
階下の受付で、魔法具に囚われていた元素霊の集合体。
たなびく髪は短く、姿は少年。向こう側が透けて見える緑色の輪郭は、川辺の蛍のほうがまだ目立つだろう。
(……私が精霊なら、戒めを壊せるのに……)
人間の身ではそうはいかない。ましてやここには、助力を願えるほどの密度をもった精霊の存在は皆無だった。
恵み――地に満ちるべき魔法の気配が、ひどく薄い。だから他所の精霊も寄りつかない。悪循環だ。
やきもきと見つめていると、残像のような姿が一瞬、揺らいでぶれた。伝言は途切れている。
三名が、それぞれの胸で訝しみ始めたとき。
パァンッ
「!!」
突如、小さな閃光が弾けて消えた。
かそけき微風が頬を撫でる。つむじ風ですらない。
ヨーヴァは傍らの秘書に淡々と問いかけた。
「……消失? 不備か、アナエル」
「いいえ長。試作品でしたが、順調でした。繋いだ風精の質にもよりますが、まだ数週間はもったはずです。これは」
眉を動かさずに答える秘書――アナエルの言を、スイは遠慮なくぶった切った。瞳に若干、紫の色味が戻っている。
「そう。消失じゃない。解放だよ。かれ、ようやく出られたと喜んでる。……可哀想に。こんなに生命を削られて」
「スイ」
ソファーから立ち上がる魔術師に、ヨーヴァは初めて慌てた素振りを見せた。
「――おわかりでしょうが、出られませんよ。今、この部屋は封じてある。行き来できるのは術の行使者と許可を受けた者だけだ」
「だろうね。“おいで、風の子。外に出るまで私のそばに”」
スイが虚空に向けてまなざしと腕を伸ばす。
すると、手のひらを上に差し出された長衣の袖がふわっと靡いた。
微風はゆるゆると彼女の周囲を巡っている。ほんの僅かだが、長い黒髪が時おり揺らめく。
「……相変わらず、見境のない」
げんなりしたヨーヴァは呆れたように呟いた。スイは、つっけんどんに言い返す。
「きみに言われたくないね。目的も外法なら、手段も最低のきみだけには」
* * *
「あぁぁあ! 何てことをしてくれたんですか!? 粉々っ、ひどいっ!」
几帳面そうな女性が、見るも無残に砕け散った水晶に触れることもできず、戦慄いている。
――新式魔術師のギルドタワー。
その一階受付では騒ぎが起きていた。さすがにフロア中から視線を浴びて居心地の悪さを感じたセディアだが、(しょうがねぇなあ)と諦める。
最初は穏便に面会の申請をしていたのだが。
「よしよしエメルダ。いい子だ、落ち着け」
「……落ち着く……? むりよセディア。これを見殺しにしたら、わたしは『わたし』じゃなくなっちゃう」
「うんうん。だろうなー」
「ま、待って! それより貴女、さっき、魔法具にちょっと触れただけですよね。一体どうやって……」
割ったのか。
声に出すのも憚られたのか、女性は言葉の途中でぴたりと固まり、視線を上げた。
カウンターの向こう側では、華やかな美形姉妹が並んで立っている。
小豆色のふわふわ髪。小さいほうの妹は、ふん、と顎をそびやかした。頭の上に姉の手が乗ったままだが、まるで気にしていないらしい。
「教えない」
「は……?」
傲然と言い放つ少女に、女性はますますもって混乱した。「やぁ、ちょっといいかな」など、さらに空気を読まない客まで現れ、瞬時にぶち切れそうになる。
(うわぁ……)
さすがに大事の気配を察し、応援に駆けつけた同僚の男性は絶句した。状況をざっと視認する。
内心大いにまごついたが、姉妹の後ろからひょっこり顔を出す新規の客人に声をかけた。
「えぇと……そちらのご用件は? すみませんね、いま、少々立て込んでまして」
珍しい黒銀の髪の青年だ。金茶の髪の少年を伴っている。
かれは場にそぐわぬ穏やかさで、にこりと笑んだ。
「いえ、お構いなく。勝手にお邪魔するよ。連れを迎えに来ただけだから」
「クロウさん、それは……流石に通らないでしょう。おまけに、見るからにエメルダがやらかしてるじゃないですか。いいんですか? これ、器物破損ですよ」
意外なことに、この場で最も良識的な発言をこぼしたのは、最後尾の少年だった。
老人が語る行いに顔をしかめていたスイは、ふと不思議そうに目をしばたいた。ごく小さな女性の声が、微かに部屋に谺したからだ。
「……長へ。長へ面会を望む……」
ふわり、と目の前を影が過る。琥珀だった女性とスイだけがそれを目で追った。ヨーヴァには見えていないようだった。
風精だ。
階下の受付で、魔法具に囚われていた元素霊の集合体。
たなびく髪は短く、姿は少年。向こう側が透けて見える緑色の輪郭は、川辺の蛍のほうがまだ目立つだろう。
(……私が精霊なら、戒めを壊せるのに……)
人間の身ではそうはいかない。ましてやここには、助力を願えるほどの密度をもった精霊の存在は皆無だった。
恵み――地に満ちるべき魔法の気配が、ひどく薄い。だから他所の精霊も寄りつかない。悪循環だ。
やきもきと見つめていると、残像のような姿が一瞬、揺らいでぶれた。伝言は途切れている。
三名が、それぞれの胸で訝しみ始めたとき。
パァンッ
「!!」
突如、小さな閃光が弾けて消えた。
かそけき微風が頬を撫でる。つむじ風ですらない。
ヨーヴァは傍らの秘書に淡々と問いかけた。
「……消失? 不備か、アナエル」
「いいえ長。試作品でしたが、順調でした。繋いだ風精の質にもよりますが、まだ数週間はもったはずです。これは」
眉を動かさずに答える秘書――アナエルの言を、スイは遠慮なくぶった切った。瞳に若干、紫の色味が戻っている。
「そう。消失じゃない。解放だよ。かれ、ようやく出られたと喜んでる。……可哀想に。こんなに生命を削られて」
「スイ」
ソファーから立ち上がる魔術師に、ヨーヴァは初めて慌てた素振りを見せた。
「――おわかりでしょうが、出られませんよ。今、この部屋は封じてある。行き来できるのは術の行使者と許可を受けた者だけだ」
「だろうね。“おいで、風の子。外に出るまで私のそばに”」
スイが虚空に向けてまなざしと腕を伸ばす。
すると、手のひらを上に差し出された長衣の袖がふわっと靡いた。
微風はゆるゆると彼女の周囲を巡っている。ほんの僅かだが、長い黒髪が時おり揺らめく。
「……相変わらず、見境のない」
げんなりしたヨーヴァは呆れたように呟いた。スイは、つっけんどんに言い返す。
「きみに言われたくないね。目的も外法なら、手段も最低のきみだけには」
* * *
「あぁぁあ! 何てことをしてくれたんですか!? 粉々っ、ひどいっ!」
几帳面そうな女性が、見るも無残に砕け散った水晶に触れることもできず、戦慄いている。
――新式魔術師のギルドタワー。
その一階受付では騒ぎが起きていた。さすがにフロア中から視線を浴びて居心地の悪さを感じたセディアだが、(しょうがねぇなあ)と諦める。
最初は穏便に面会の申請をしていたのだが。
「よしよしエメルダ。いい子だ、落ち着け」
「……落ち着く……? むりよセディア。これを見殺しにしたら、わたしは『わたし』じゃなくなっちゃう」
「うんうん。だろうなー」
「ま、待って! それより貴女、さっき、魔法具にちょっと触れただけですよね。一体どうやって……」
割ったのか。
声に出すのも憚られたのか、女性は言葉の途中でぴたりと固まり、視線を上げた。
カウンターの向こう側では、華やかな美形姉妹が並んで立っている。
小豆色のふわふわ髪。小さいほうの妹は、ふん、と顎をそびやかした。頭の上に姉の手が乗ったままだが、まるで気にしていないらしい。
「教えない」
「は……?」
傲然と言い放つ少女に、女性はますますもって混乱した。「やぁ、ちょっといいかな」など、さらに空気を読まない客まで現れ、瞬時にぶち切れそうになる。
(うわぁ……)
さすがに大事の気配を察し、応援に駆けつけた同僚の男性は絶句した。状況をざっと視認する。
内心大いにまごついたが、姉妹の後ろからひょっこり顔を出す新規の客人に声をかけた。
「えぇと……そちらのご用件は? すみませんね、いま、少々立て込んでまして」
珍しい黒銀の髪の青年だ。金茶の髪の少年を伴っている。
かれは場にそぐわぬ穏やかさで、にこりと笑んだ。
「いえ、お構いなく。勝手にお邪魔するよ。連れを迎えに来ただけだから」
「クロウさん、それは……流石に通らないでしょう。おまけに、見るからにエメルダがやらかしてるじゃないですか。いいんですか? これ、器物破損ですよ」
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