翠の子

汐の音

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6章 掌中に収まらぬ宝

77 姫を助け出す姫

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「閉じられてる……」
「? 見りゃわかる。開ければいいだろ?」

 塔の最上階。
 案内された一行は、黒衣の男性が押しても引いてもびくともしない扉の前で立ち止まっていた。
 男性――魔術師ギルドの事務所職員は、やれやれとかぶりを振る。

「残念ながら、普通の鍵ではありません。内側から『術』で閉じられてるんです。いつもなら、例の魔法具で呼びかけて解いてもらうんですが」
「すみません、壊しちゃって……」

 ――――壊していない。
 実際は関与していないはずのキリクが、申し訳なさそうに謝った。
 ちなみに、壊した張本人はひどく不機嫌そうな面持ちでかれの後ろに佇んでいる。腕を組み、そっぽを向いて知らんぷりだ。

 職員の男性は、エメルダが水晶玉に触れた瞬間を見ていない。
 そもそも、非力な少女がを、触れただけで壊せるなどと本気で思ってはいない。むしろ。

 男性はにこっと微笑んだ。

「いいえ、こちらこそ。あなた方のせいで割れた訳ではないでしょうに弁償金まで支払っていただいて……
 あれは開発中の試作品です。媒介となる水晶の真球はそれなりに高価ですが、いただいた代金で充分まかなえます。不具合で魔法具が壊れることはままありますから、ご心配なさらず」

 炸裂する営業の弁。
 事務所うらかたでギルド運営にのみ携わるかれにとっては、金払いの良い不思議な一行は上顧客にしか見えなかった。聞けば、現在おさの元を訪れている先客を迎えに来ただけと言うし。

「じゃあ」

 セディアが交渉のために身を乗り出す。妙に迫力のある美女に、男性は機敏に反応して向き直る。
 が、その時。

 ふいに、滑るように黒真珠が動いた。「失礼」と、一言断って扉に触れると、珍しく盛大に顔をしかめる。

「……眷属だ。しかも歪んでる」
「でしょ? 気持ち悪いったらないわ。魔法の波長に人間の意思がじわっと混ざってる。あり得ないことよ」
「おや」

 後ろから投げかけられた、幼い声の鋭い指摘。
 振り返ると、瞳を青に変じたエメルダと、ぴたりと目が合った。

「触れなくてもわかる?」
「わかるわよ。くろ……クロウは、わからなかった?」

 あやうく名を言い直す少女に、黒銀髪の青年は場違いなほど柔らかな笑みを浮かべる。

「うん。僕は本体の都合で、感応力がとびきり鈍いんだ。エメルダは凄いね。どんな本体? あとで教えて」
「あ、あの……?」

 ギルド職員は困惑しつつ片手を挙げた。
 黒真珠はうっすらと目を細める。口許には酷薄な笑みがあった。

「――あぁ。言い忘れたけど、僕達には旧式魔術の素養がある。『見えないもの』への理解は深いつもりだよ。階下したに行って、さっきの水晶の破片を全部集めて持ってきてくれる? 何とかできるかもしれない」
「ほ……っ、本当ですか? わかりました、ただちに!」

 真正直に受け取った職員は、嬉しげに顔をほころばせた。言葉通りにあわてて階段へと駆けてゆく。その背を見送る一行。


「で? ほんとに何とかできんの?」


 残念美女。

 ちょっぴり、そんな単語が浮かぶほど言動と見た目の一致しないセディアが黒真珠に問いかけた。
 黒真珠はあでやかに微笑み返す。「まさか」

 そのまま、さらりとエメルダに視線を向けた。

「エメルダ、きみ地属性だよね。れっきとした鉱物だし、陽の恵みと木々の癒しも含む色宝石カラーストーンではあるけど――……ここ」

 ぺたり。

 扉ではない。
 おもむろに移動すると、ごつごつとした岩壁に手を添えた。反対の手でこんこん、とノックして見せる。
 下手に力を加えては、逆に手を痛めてしまうだろう。なので、ほぼ音は出ていない。だけだ。

「わかる? 形を変えて組まれちゃってるけど。石の壁ってね、本来、大地に眠る岩だったんだよ」



   *   *   *



 ドオォォ……ンッ!!

「?」
「なっ……何事だ!?」

 
 潔い大音量と衝撃のあと、唐突に壁が吹き飛んだ。
 正確には粒子となり、消し飛んだ。もうもうと砂塵があがるなか、ケホ、ケホッと咳き込む気配がする。小柄な少年のようだ。気配は――四名。

 スイは身構え、元琥珀アンバーでもある女性はすばやく背にヨーヴァを庇った。
 闖入者はいっさいの緊張感なく、崩れた壁をよいしょ、と乗り越えてくる。

「スイ……!」
「えっ、……ん? あなた……?」

 いち早く現れた暗い赤毛の美女は、まだ目を白黒させているスイに駆け寄ると、遠慮なく華奢な体を抱き締めた。情熱的にかき抱いたと言っていい。
 ――背は同じほど。
 傍目にはうるわしい美女の抱擁だ。が、なぜだろう。見てはいけないもののような気がする。
 ヨーヴァは超絶に渋い顔で声をかけた。

「どちら様かな。まさか、こんなにも不粋に壁を壊されるとは思わなかった。大事な逢瀬の途中だったんだが」
「……あぁん?」



 美女の声が一段低められる。
 ぎらりと光をつよめる瞳。すばらしく長い睫毛に彩られるそれは、――ここ数代のケネフェル王室によく出る深く澄んだ青。
 ヨーヴァは、ちりりと記憶を刺激される。「まさか。いや……男と聞いている」と口のなかで呟く。

 女王より若く、数段華やかな美女はヨーヴァを頭の天辺から足の先まで眺めたあと、ふん、と鼻で嘲笑わらった。スイの肩と腰に腕を絡めたまま。

「生まれ変わって、出直して来いよ爺さん。俺のスイを捕まえて、こともあろうに『逢瀬』……? ハッ、ふざけんな。帰るぞスイ。あぁ、あとなお前」
「!!?」

 ぎょっと目を剥く老爺に容赦なく、ふつふつと沸く怒りに瞳の色彩いろを燃やす美女は、さらに言葉を突きつけた。

「お前が犯した過ちで、最たるものがスイへの暴挙だが。俺はそれだけには感謝してる。
 けどな。あとは最低、くそくらえだ。何考えてるかは知らねぇが、これ以上宝石の精霊に手ぇ出すんじゃねぇよ色ボケ爺」

「な……!!」
「……おさ、あの女殺していいですか」
「えっ」


 良心的な少年の驚きの声のあと、しん、と場が静まる。
 後続のもの達も。
 核心過ぎるその部分では、誰もが空気を固まらせた。

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