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6章 掌中に収まらぬ宝
79 忍ぶ王太子
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開口一番。
フランは呆然と、やや垂れた茶色の目をしばたいて呟いた。
「……ひどい騒ぎだね?」
「そうですね……」
随伴した二人の騎士のうち、一人は神妙に頷き返す。
もう一人は「少々お待ちを。聞いて参りますので」と話すや否や、機敏に身を翻した。
フランが背面に流した視線の向こう側。喧々囂々と喚きあう黒山の人だかりへと怖じけることなく駆けてゆく。
黒山――この場合は黒衣の集団。すなわち業務どころではない非常事態にごった返す、ギルド勤めの新式魔術師達だった。
待つことしばらく。
一階のひらかれた大扉をくぐり、磨き抜かれた石の床のエントランスに足を踏み入れた時点で大まかな騒動は伝わった。現在フラン達は、無人の受付カウンターの前で所在なく佇んでいる。目立つのを避けるため、フードを目深に被ったまま。
(……長の部屋)
(爆発が)
(阻まれてる、上がれない)
(怪しい客人)
「「…………」」
悲しいかな。漏れ聞こえる単語だけである程度の予想がついた。(自分の勘が特段、冴えているということはない)
案の定、私服姿の騎士はフランの耳へとそっと、口許を寄せた。先ほどの相槌よりはよほど声を低めて囁く。
「こう申し上げては何ですが。自分は完全にスイ殿のお味方をしたいと存じます。議会の大元締めはここと、職工の大ギルド連盟なんですから」
「……それは……」
私も同感だが。
返そうとした言葉を舌に乗せる直前、聞き込みを終えた小柄な騎士が戻ってきた。
行ったときと同様、身のこなしはとても素早い。表情や呼吸に乱れは一つも見られなかった。
「お待たせいたしました」
「どうだった? やはり彼女の?」
「いえ。それが……、どうやら、怪しいのは後続の客人達だと」
「『後続』?」
訝しそうなフランを前に、騎士はちらりと背後に目を遣った。
おもむろに未来の主君である青年の腕をとり、若干強引に外へと連れ出そうとする。
――待て。何を、と。
問いかけは黙殺された。ごく自然に交わされる目配せのみで、大柄な騎士が殿を請け負う。
ややあって。
(明るい……まぶしいな、外は)
入り口から離れ、大通りに面した街路樹の葉陰まで辿り着いたとき、騎士はようやく立ち止まった。
明るい午前の陽射しが街の喧騒を彩っている。通りをゆく人びとは気忙しく、一々フラン達を気にしたりなどしない。ただ流れるように避けて、それぞれの目的地へと歩き去る。
誰の注目も浴びていないことを確認してから、フランは口をひらいた。
「……騒ぎは、スイの仕業ではないのか?」
窖から出たあとのような眩しさに目を細めつつ、再度尋ねる。
くるり、と振り向いた騎士は周囲を見渡し、さりげなく顔を寄せた。大人三人、ぼそぼそと話し始める。
「はい。まずは旧式魔術師の女性が一人、ギルド長のヨーヴァを訪ねてきたそうです」
「スイだね」
「えぇ。問題はそのあと。何かと印象的な四人連れが来たそうで」
「――うん?」
「受付の魔法具が割れたり、とにかくおかしかったと。それでも羽振りの良い一行だったので、信用して最上階まで案内したら、ちょっと目を放した隙に爆発音がしたと」
「え……、何だそれ。普通に大事じゃないか。事故? 外側からじゃ、あんまりわからないが」
ちょっと引き気味なフランに対し、温度を変えない態度を貫く小柄な騎士は、きっぱりと首肯した。
「は。現在、ギルド職員が昇れるのは塔の五階手前までだそうです。階段の途中からは何かに遮られて、穴が空いて崩れた壁は見えるそうなんですが。打つ手なしだと、ひどい騒ぎでした」
「そうか」
さて、どうしたものか。
(……ん……?)
そのとき、思案顔に暮れていたフランが、ふっと顔をあげた。先ほどまでとは別の意味できつく眉根を寄せる。
空を見上げる。何もない。何も、ないが――
「? フラ……いえ、若様。どうなさい、まし、た……??」
訝しむ王太子を呼び直し、大柄な騎士も同じ方向を厳しいまなざしで見つめた。小柄な騎士も。
次いで、ばらばらと何か、普段と違う気配を察した者から順に、聳え建つ堅牢なギルドタワーの頂上へと視線を凝らす。
みし、みし、と。
かかる重圧。向けられる誰かの意思。
空気が重みそのものとなる、初めての感覚に、背に冷や汗が伝う。胸が早鐘を打った。
ごくり。
誰かの、或いは自分の喉が鳴る。突如として「それ」は来た。
「!! 皆――離れろ! 塔から、退け!!!」
フードがはらりと落ち、小豆色の髪がこぼれるのもお構いなしにフランは叫んだ。
同時に。
塔の頂上の一部分が、轟音とともに派手に砕けた。
フランは呆然と、やや垂れた茶色の目をしばたいて呟いた。
「……ひどい騒ぎだね?」
「そうですね……」
随伴した二人の騎士のうち、一人は神妙に頷き返す。
もう一人は「少々お待ちを。聞いて参りますので」と話すや否や、機敏に身を翻した。
フランが背面に流した視線の向こう側。喧々囂々と喚きあう黒山の人だかりへと怖じけることなく駆けてゆく。
黒山――この場合は黒衣の集団。すなわち業務どころではない非常事態にごった返す、ギルド勤めの新式魔術師達だった。
待つことしばらく。
一階のひらかれた大扉をくぐり、磨き抜かれた石の床のエントランスに足を踏み入れた時点で大まかな騒動は伝わった。現在フラン達は、無人の受付カウンターの前で所在なく佇んでいる。目立つのを避けるため、フードを目深に被ったまま。
(……長の部屋)
(爆発が)
(阻まれてる、上がれない)
(怪しい客人)
「「…………」」
悲しいかな。漏れ聞こえる単語だけである程度の予想がついた。(自分の勘が特段、冴えているということはない)
案の定、私服姿の騎士はフランの耳へとそっと、口許を寄せた。先ほどの相槌よりはよほど声を低めて囁く。
「こう申し上げては何ですが。自分は完全にスイ殿のお味方をしたいと存じます。議会の大元締めはここと、職工の大ギルド連盟なんですから」
「……それは……」
私も同感だが。
返そうとした言葉を舌に乗せる直前、聞き込みを終えた小柄な騎士が戻ってきた。
行ったときと同様、身のこなしはとても素早い。表情や呼吸に乱れは一つも見られなかった。
「お待たせいたしました」
「どうだった? やはり彼女の?」
「いえ。それが……、どうやら、怪しいのは後続の客人達だと」
「『後続』?」
訝しそうなフランを前に、騎士はちらりと背後に目を遣った。
おもむろに未来の主君である青年の腕をとり、若干強引に外へと連れ出そうとする。
――待て。何を、と。
問いかけは黙殺された。ごく自然に交わされる目配せのみで、大柄な騎士が殿を請け負う。
ややあって。
(明るい……まぶしいな、外は)
入り口から離れ、大通りに面した街路樹の葉陰まで辿り着いたとき、騎士はようやく立ち止まった。
明るい午前の陽射しが街の喧騒を彩っている。通りをゆく人びとは気忙しく、一々フラン達を気にしたりなどしない。ただ流れるように避けて、それぞれの目的地へと歩き去る。
誰の注目も浴びていないことを確認してから、フランは口をひらいた。
「……騒ぎは、スイの仕業ではないのか?」
窖から出たあとのような眩しさに目を細めつつ、再度尋ねる。
くるり、と振り向いた騎士は周囲を見渡し、さりげなく顔を寄せた。大人三人、ぼそぼそと話し始める。
「はい。まずは旧式魔術師の女性が一人、ギルド長のヨーヴァを訪ねてきたそうです」
「スイだね」
「えぇ。問題はそのあと。何かと印象的な四人連れが来たそうで」
「――うん?」
「受付の魔法具が割れたり、とにかくおかしかったと。それでも羽振りの良い一行だったので、信用して最上階まで案内したら、ちょっと目を放した隙に爆発音がしたと」
「え……、何だそれ。普通に大事じゃないか。事故? 外側からじゃ、あんまりわからないが」
ちょっと引き気味なフランに対し、温度を変えない態度を貫く小柄な騎士は、きっぱりと首肯した。
「は。現在、ギルド職員が昇れるのは塔の五階手前までだそうです。階段の途中からは何かに遮られて、穴が空いて崩れた壁は見えるそうなんですが。打つ手なしだと、ひどい騒ぎでした」
「そうか」
さて、どうしたものか。
(……ん……?)
そのとき、思案顔に暮れていたフランが、ふっと顔をあげた。先ほどまでとは別の意味できつく眉根を寄せる。
空を見上げる。何もない。何も、ないが――
「? フラ……いえ、若様。どうなさい、まし、た……??」
訝しむ王太子を呼び直し、大柄な騎士も同じ方向を厳しいまなざしで見つめた。小柄な騎士も。
次いで、ばらばらと何か、普段と違う気配を察した者から順に、聳え建つ堅牢なギルドタワーの頂上へと視線を凝らす。
みし、みし、と。
かかる重圧。向けられる誰かの意思。
空気が重みそのものとなる、初めての感覚に、背に冷や汗が伝う。胸が早鐘を打った。
ごくり。
誰かの、或いは自分の喉が鳴る。突如として「それ」は来た。
「!! 皆――離れろ! 塔から、退け!!!」
フードがはらりと落ち、小豆色の髪がこぼれるのもお構いなしにフランは叫んだ。
同時に。
塔の頂上の一部分が、轟音とともに派手に砕けた。
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