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(4)女性にモテる顔
しおりを挟むとりあえず今すべきは、この際どくて少し不快な状況を何とかすることだ。
僕はメイドににっこりと笑いかけた。
「えっと、君、名前はなんと言ったかな」
「は、はい、ノーラと申します!」
「ノーラ。いい名前だね。いろいろありがとう」
頬を赤くしたノーラが僕の笑顔に見惚れている隙に、そっと腕に絡んでいる手を外した。甘い体臭と体温も遠のいて、僕はやっと息をついた。
ノーラが我に返る前に逃げておこう。
「では、ノーラ。僕は酒場に行くよ。お金を貸してもらえて本当に助かったよ」
「あ、あの、貸すんじゃなくて私は差し上げたつもりで……」
「必ず返すよ。目処が立ったらなんとか連絡を取るから」
「はい、だったらそれで!」
若いメイドは目を輝かせた。
僕が腕から引き離したことはまだ気付いていないらしい。
やっぱり今のうちに逃げた方が良さそうだ。ノーラは気が利くし情も深そうだけど、いろいろ拗れると揉めそうな気がする。
僕はもう一度笑顔を向け、早足で屋敷を後にした。
晴れた日に図書院まで歩く道の途中で横道に入ると、酒場がある。
日中も食事処として営業しているらしいが、夕方のこの時間はすでに酒を目的とした客で賑わい始めていたようだ。
扉を開けると、騒々しい物音が広がって、僕は思わず足を止めてしまった。
外に比べると中は薄暗くて、どこへ行けばいいかもわからない。今回の目的である代筆屋もいるのかどうか。
「あら、もしかしていつも図書院に通っているお貴族様?」
肩や胸の露出の高い色っぽい女性が、目を真ん丸にしながら声をかけてきた。僕がそちらを見ると、ますます目を大きくした。
「……うわぁ、すっごくきれいなお兄さんね。自信なくしちゃうわぁ」
「えっと、ちょっと聞いていいかな」
「あら、なぁに。女の子の指名の仕方? それとも生きのいい愛人の探し方? うちに来る人たち、ワイルド系はけっこうお薦めよぉ」
……へぇ、女性を指名できるのか。興味はないが、システムとしては気になる。
でも、愛人の探し方というのはよくわからない。この酒場は男性客ばかりで、女性はあまりいないように見えるんだけど……。
いやいや。今はそう言う雑談より、情報だ。
「ここに代筆屋がいると聞いたんだけど」
「お貴族様が代筆屋に用があるの? あ、もしかして秘密のお手紙?」
「え?」
「ふふっ。大丈夫よぉ。訳ありならそれ以上は聞かないわ。あっちにいるから連れて行ってあげる!」
色っぽい女性は、僕の腕を取るとぐいぐいと引っ張った。
この女性、化粧が濃いし派手な格好をしているけど、思ったより若いのかもしれない。そうだ、もう一つ聞いておかなければ。
「手紙を急ぎで届けてもらいたい時は、どうすればいい?」
「急ぎなら、代筆屋の近くにいる人に小金を渡せばいいわよぉ。この時間ならまだ飲まずに我慢している人がいるし、すばしっこい子供たちもいるから」
「そうか。教えてくれてありがとう」
「気にしないで。あ、ごめん、呼ばれちゃった。あのテーブルの、暇そうにしているおじさんよ」
「うん、ありがとう」
女性は名残惜しそうに僕の手を握って、すぐに軽やかに遠くのテーブルに向かった。にやけた男たちが、大歓迎しているのが見えた。
なるほど。
酒場のシステムと庶民の人間心理には興味がある。後でまた観察するとして、まずは手紙が優先だ。
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