とある会社員と妖精王のはつ恋

園生

文字の大きさ
2 / 11

妖精王と出会う 2

しおりを挟む
「ただいま」
 
 玄関のドアを開けてすぐに靴をぽいぽいと勢いよく脱ぎ捨てると、部屋の奥から現れた男が眉根を寄せた。

「おい。行儀が悪い。靴はそんなふうに脱ぐものじゃないだろう。ちゃんと揃えて並べておけ」
「はいはい」

 しかめっ面でぶつぶつと小言を言う男が、裕太の代わりにやれやれと屈んで靴を拾う。それを眺めながら、裕太は不思議な気持ちになる。
 腰まである長い金髪はうねりがあり、大柄な逞しい体にあったボリュームがあるが、今はそれを一つにまとめている。
 裕太がコンビニで適当に買ってきたシュシュで。
 適当とは言っても、ヘアゴムよりちょっと高めのやつで、オエングスの髪の色に似合う淡いブルーを選んだ。オエングスの量の多い髪も難なく束ねることが出来たから、奮発して買ってよかったと思う。
 それに、それを買って手渡した時のオエングスの反応も良かった。

(なんだ、それは)
(えっと……俺からのプレゼント? 家の中で時々、髪を邪魔そうにしてるから気になって)
(そうか。……ありがとう)

 いつも渋面ばかりをしているオエングスの顔がふわりと綻んで、裕太は息をのんだ。
 形の良い眉がクッと上がって、透き通った青い瞳が柔らかな光を纏い、固く引き結んでいることの多い唇の端が微かに上がる。そして大事そうにシュシュを受け取って、そこに付いていた値段のシールを剥がしてすぐに裕太に着けて見せてくれた。
「どうだ、似合うか」と、後ろを向いてむせたオエングスに、「似合う……んじゃない?」となぜかしどろもどろになってしまいながら裕太は返事をした。
 雑誌やテレビで目にする、外国の俳優やモデルよりよっぽど整った顔をしているオエングスが微笑むと、その攻撃力や破壊力がさらに増すと知ったのはその時だ。

 美形すごい。
 妖精王、すごい。

 真っ赤になってしまいながら、オエングスに「妖精ってみんなイケメンばっかなの?」と訊いたら「イケメン?」と首を傾げてスマホで検索しそうになったから慌てて止めた。
 オエングスのことを自分がそういう風に思っていることを知られると、なんだか少し気まずい。
 王というからには、きっと妖精の中でも一番の美形に違いない。だから、ただの人間である自分が見惚れてしまってもきっとおかしくはない。
 そう結論を出して、裕太はそのときのおかしな心臓の動きについて追求することはやめておいた。

「裕太、夕飯は食べてきてないだろう」
「遅くなったから、会社でちょっとクッキーとかつまんだけど。食べてないよ」

 家でオエングスが自分の帰りを待っていてくれているだろうと思ったから、腹が鳴っても、帰りがけに同じく残業をしていた同僚に「ラーメン、食って行かない?」と魅力的な誘いをされても断った。……けれど、それはわざわざオエングスに言うほどのことでもない。

 一人で食べるご飯より、二人で食べるご飯の方がずっと美味しい。

 そのことを思い出させてくれたのはオエングスだ。
 そして、オエングスと一緒に食事をするひと時を裕太はとても大事に思っているけれど、それをオエングスに知られるとなんだか気恥ずかしい気もするので黙っておく。

「夕飯、作ってくれたんだ。なに?」
「お前がこの間、食べたいと言っていたものに挑戦してみた」
「え、なんだろう」

 鼻をひくつかせながらキッチンへと向かい、鍋の上の蓋を取って中を覗き込むと、裕太は思わず歓声を上げた。

「すごッ! 煮込みハンバーグ! これ、俺の一番好きなやつ」
「味見をしてみたが、なかなかだった」
「きのこも入れたんだ。へえ~!」
「ああ、ぶなじめじ……だったか? たくさん入れたぞ。弱火でよく煮込んだから、とろみがついてていて美味しいはずだ」

「だから早く手を洗ってうがいをして来い」とオエングスに言われて裕太は頷く。

「上着とネクタイをかせ。皺にならないようにハンガーにかけておいてやる」
「あ、ありがとう……」
「ズボンはプレッサー……だったな?」

 手を出して待っているオエングスに慌てて脱いで渡すと、オエングスがそのまま受け取ってクローゼットのある部屋へと向かう。
 その背中をぼうっと見送ってから、裕太は洗面所へ駆け込んだ。

「部屋着はいつものやつか」
「あ~ そう! そのへんにあると思うんだけど。いつものグレーのスウェット!」

 ワイシャツを脱ぎ、洗濯かごに突っ込んでオエングスに返事をする。
 何から何まで世話をしてもらい、これではまるで昔見たドラマに出てくる新婚の夫婦のようだと、思わず裕太は顔を赤らめた。
 こまごまと妻に世話を焼かれている夫の図を頭の中で思い描き、その姿を自分に置き換える。そのアツアツぶりに「いやいや。今の時代、そんなことしてる夫婦なんていないし」と慌てて頭を横に振る。
 今は、夫婦共働きの時代だ。奥さんだってきっと旦那さんと同じように疲れて帰ってくるだろうから、そんな風に世話を焼いたりなんかしないだろう。
 もし世話を焼いてあげるとしても、体力のある旦那さんの方じゃないのか?
 最近では、学生時代の友人たちからちらほら結婚の報告を受けたりもすることもあるから、そう現代の事情まで込みでリアルに考えてしまって、裕太はますます動揺した。

 いやいや、なに考えてるんだ。
 っていうか、オエングスと俺が新婚って……。ただの同居人! 
 オエングスはただの居候だから!

「どうした、裕太。そんな面白い恰好をして。夕飯をよそってやるから、早く席につけ」

 洗面所からいつまで経ってもやって来ず、「あ~」だの「う~」だのしゃがみ込んで頭を抱え奇声を発していた裕太に、オエングスが不審に思ったのかやって来て、呆れたように声をかけた。


 テーブルの奥の席に腰をおろすと、並べられた料理を見て目を丸くする。
 ほこほこと湯気を立てて良い匂いがするきのこの煮込みハンバーグと共に、美味しそうな野菜のサラダがある。サラダにはふわふわの半熟たまごが乗せられていて、彩りもいい。
 グラスを片手にやって来たオエングスに「また料理の腕があがってる!」と言うと「そうか?」と、とても嬉しそうだ。
 手を合わせて声を揃えて「いただきます」をすると、口の中に放り込むようにして食べ始めた。
 もう少し味わってゆっくり食べたいところだが、自分の好物ばかり並べられたらそうもいかない。
 残業して帰宅時間が遅くなってしまったこともあり、がつがつと夢中でほおばる。

「裕太、あんまりそう急いで食べるな」

 オエングスに苦笑されてグラスにビールを注がれ、交代でビールを受け取ってオエングスのグラスにも注ぐ。
 もごもごと口の中のものをしっかり飲み込んでから、裕太はやっと口を開いた。

「俺、卵が好きだって、オエングスに教えたっけ?」
「いや。……好きなのか?」

 わざわざサラダの上に半熟の卵がかけられているから、わかっていて作ってくれたのかと思ったらどうやら違うらしい。

「うん、少し……いや、かなり好きかな。こういう半熟のとろっとろのやつが特に」

 そう言うと、「そうか。覚えておこう」と頷いている。

「ハンバーグはどうだ」
「ばっちり、ばっちり。めちゃくちゃ俺好みの味で驚いた」
「そうか」

 胡椒のきいたハンバーグは少し濃い目のしっかりとした味付けで、ビールがすすむ。
 三分の二ほど食べて腹が少し落ち着いたところで、スピードを落として改めてゆっくり味わうと、オエングスが「……実は」とおずおすと切り出した。

「お前が好きだと言っていたハンバーグは焼くのが難しいな。ひっくり返す時にうまくいかなかったから、途中で煮込む方に変えたんだ」
「え、そうなんだ」
「だからほら……よく見ると形が崩れているだろう」

 そう言われてみると確かに崩れているが、気にするほどのことでもない。

「そのままでも、別に良かったと思うけど」

 裕太は言うが、オエングスは首を横に振る。

「……美しくなかった」
「どっちにしろ最終的に腹の中に入るんだから、俺は見た目はそこまで気にならないけど」
「確かにそれはそうかもしれないが。見た目もいいに越したことはないだろう」

 オエングスの言うことも一理あると思うが、そこまで見た目の「美しさ」にこだわってしまうなんて、もったいない気がする。せっかくこれだけ味がいいのに。

「じゃあ、災い転じて福となす、だ」
「……ふむ」

 箸をとめテーブルに置いてあるスマホで、すかさず意味を検索し始めたオエングスに、裕太は苦笑いした。

「……言い換えると怪我の功名、とやらだな?」
「ってほどのことでもないと思うけど。まあ、そうだね。さらに良くなったから、そうなるのかな。それに俺は焼いてあるのより煮込んである方のが好きだから、オエングスが失敗してくれてかえってラッキーだったかも」
「それなら良かった」

 ほっと表情をやわらげたオエングスに、裕太は微笑んだ。

「で、オエングス。今日は一日、何してた?」

 自分が会社に行っている間、ずっと家にいるオエングスが何をしていたか気になって裕太が尋ねると「洗濯だ」と短く簡潔な答えが返ってきた。

「え、洗濯? 週末にランドリーでまとめてやるから別にいいのに」
「暇だったからな」
「後は?」
「掃除だ」
「そ、掃除? 汚れてたっけ、うち」

 慌ててきょろきょろ周りを見渡すがよくわからない。

「お前は気にならないようだが、私は前々から気になるところがあった」

 テレビの情報番組で見た、細かなやり方で家中あちこち掃除してまわったと聞いて、裕太の手からぽろりと箸が転げ落ちた。
 まだ肌寒いこの季節にベランダを掃いたり、窓の拭き掃除までしたと聞いて唖然となる。

「えええ~。オエングス……妖精王、だったよね」
「そうだが?」

 シュシュをつけて家中忙しく動き回るオエングスの姿が脳裏に浮かぶ。もはや妖精王ってなんだっけという図だ。
 てっきり家でずっとテレビばかり見てゴロゴロしていると思っていたのに。
 それでは外に出て働いている自分並みに、いや下手をするとそれ以上忙しかったのではないか。

「……昨日まではずっとテレビ見てたよね?」
「こちらで過ごすにはわからないことが多すぎたからな。情報を集めるために、一番良かったんだ」

 食い入るようにずっと色んな番組を見ていたオエングスに、自分のように暇つぶしかと思って呆れていたけれど、まさかそんな意図があったとは思わなかった。
 いつも気楽でいいな、なんて思っててごめん、と裕太はこっそり心の中で謝った。

「まあ、別にそれだけでもなんだが」

 裕太の複雑な胸中を察したのか、オエングスがにやりと笑う。
 驚いていると、スッと綺麗な眉を上げて人の悪そうな表情を作った。

「人間の作るドラマとやらは、なかなか興味深くて面白い。妖精卿ではなかなか見ない展開にハラハラさせられて、人間のことを随分と学ばせてもらった」

 一体何を見てそう思ったんだろう、と気になったけれど、なんだか怖いからドラマのタイトルは聞かないでおこう、と裕太は思った。

「ド、ドラマに出てくるような愛憎劇とかは、現実では滅多にないと思うよ。どんなドラマを見ていたかわからないけど、そんなに悪い人間ばかりじゃないと思うし……」

「わかってる、わかってる。裕太を見ていれば、それはよくわかる」
「え、俺?」

 きょとんとするとオエングスがこちらをちらりと見て、なぜか深いため息を吐き出す。

「こんな素性がわからず、急に目の前に現れたわけのわからない男を受け入れて、ずっと一緒に暮らすような人間だっているんだからな」

 オエングスの言葉に、「なんだ、そういう自覚があったのか」と思ったが、続けられた言葉に目を剥いた。

「まあ、裕太は特別かもしれないが。……私のような男がもし他に現れても、絶対に相手にするなよ。お前は人が良すぎて騙されそうで心配だ」


 それ……オエングスが言う?

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

処理中です...