願い。

ノワール

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第1章 出会い

1.

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———— ここはアデルキュア王国。


国土は広くないが、そもそもが農耕国家であったため、国王をはじめ国民も穏やかな気質が多い国であった。

軍事力は強くないが、自然豊かな国で風光明媚な場所が多く、大陸中でも有名なシェルン湖がある。

シェルン湖には光の女神アデルがまつられ、自然豊かな場所と共に観光も盛んな国であった。農耕国家といっても南の領地には金剛石の鉱山があり、観光と金剛石のおかけで貧しい国ではなかった。貧しい国ではなかったが、金剛石を巡りたびたび周辺の国からの脅威にさらされていた。

金剛石を特産とし、国を発展させることはできたが、在りしものは過ぎればいずれ無くなることがわかっていたため、代々の国王は必要な分だけの金剛石を採り、畑を耕し、女神に祈りを捧げる穏やかな日々を送っていた。


情勢が変わったのはアデルキュア王国の山からアウイナイトが発見されたことから始まる。

アウイナイトは希少性の高い石で、0.1ctの大きさでもかなり大きいとされ、同じ青の宝石であるサファイアと比べても、とてつもなく高価な石であった。また、とても柔らかい石であったため、採掘するのに高度な技術が必要で、宝飾品に使うにしてもその技術を持つ職人は世界でも数えるほどだった。


高価な希少石で、採掘にも高い技術が必要。そうなれば否が応でも価値は上がる一方であった。


昔は、アウイナイトは少量なりとも他国でも採れていた。その濃い青は女神アデルの瞳の色とされ、女神の祝福を受けたものとして守護石に用いられてきたのだ。


しかし、いつの頃からかその希少な石を巡り、凄惨な争いが繰り返された。そして、たかが石のために多くの血と涙が流された。


鉱山がある国では莫大な富をもたらし、見た者を魅了する深い青が人々を狂わせていったのだ。


そして徐々にアウイナイトは枯渇し、ここ百年ほどは新たな石が採掘されることはなかった。

怒りと哀しみに染まった人々は、女神アデルが愚かな人間に怒り、争いの元であるアウイナイトを隠したのだと噂し、安堵した。


これでもう愚かな争いはなくなるだろうと。


いつの世も欲は人を狂わせる。
自然を破壊し尽くし、弱者を虐げ、生命いのち生命いのちとも思わず蹂躙する。
自らの限りない欲望のために。


なぜ在るもので満足しないのか。


もっともっとと。人の欲望には限りがない。
哀しいことに人の欲の前には善も悪もない。


そんな石が発見されたとなればどうなるか。
もうおわかりだろう。


アデルキュアの国王はアウイナイトが発見されたと聞き、恐れおののいた。かつてのような争いが繰り広げられるのが火を見るより明らかだったからだ。


確かにアウイナイトがもたらすものにより国は豊かになるだろう。国王として国を豊かにし、国民の生活を向上させることは義務でもある。だが、それと共にどれだけのものを引き換えにしなければならないのか。


まして、他国からの侵略に対抗できるだけの軍事力もない。国を、そこに住む人々を、ただただ蹂躙されるのは明らかだった。


悩みに悩んだ国王は、莫大な富より平穏を選び、アウイナイトについて箝口令を敷き、国内はもとより国外に情報を出すことを一切禁止した。議会でもアウイナイトについて議論することさえ禁じたのだ。


「あれは人の手には余る」


苦々しい顔でそう呟いた国王は、端正で、若い頃は令嬢にさぞ人気があったであろう顔が、石が発見されてから一気に老け込んだように見える。


しかし、どこの国にも余計なことをする輩はいるもので、時をおかずしてアウイナイトの噂は他国に知れ渡ることになる。人の口に戸は立てられぬということだろう。


「愚かなことをっ⋯⋯! あれのせいでどれだけの争いが起こったか知らぬ訳ではなかろうに⋯⋯っ」


国王は奥歯をギリギリと噛み締め、憤怒の形相で怒り狂った。



そうして、どうしたものかと日々頭を抱えていたところに、大陸を二分している大国サージアス帝国から使節団を派遣したいとの書簡が届いたのだった。

サージアス帝国とは全く国交がなかった訳ではなかった。

金剛石が枯渇しない程度に取引はあったのだが、このタイミングでの使節団の派遣。 

その目的は明らかだった。

国王には使節団を拒否する選択肢はなかった。なにせ国土も違えば経済力・軍事力も格段に上なのだ。


「うぐぐっっ! 石の問題に、使節団の派遣⋯⋯。しかも使節団を派遣したいと言っているが、拒否できないのだから、ある意味脅しではないかっ⋯⋯!」


国王は文字通り頭を抱えた。


「まぁ、このタイミングですからね。あちらの目的は明白です。ですが、アウイナイトとなると今までとは話は変わってきます。金剛石とは比較にならない価値で、どの国も喉から手が出るほど欲しがっていますからね。どんな無理難題を吹っかけられるか⋯⋯」


国王の執務室で同じく王太子も頭を抱えた。


戦々恐々とする国王らを置き去りにしたまま具体的な策もなく、二週間後にサージアスからの使節団が来ることが決まった。


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