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1巻

1-3

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 必然、防具店で働く気の弱そうな美少女などは、彼らからすれば格好の獲物えものとなるわけだ。
 そんな彼らを相手にするうちに、初めはやりがいを感じていたはずの防具店の仕事も、今ではただの作業になってしまっていた。

「はあぁ……フリドさんに申し訳ないなぁ……」

 雇い主の男性の顔を思い浮かべて、気分が重くなる。
 どうして私が彼に雇われることになったのか。話は数日前にさかのぼる。


 セルフィアの町をくまなく歩き回り、住民に顔を売ってしまった私は、その事実に気付かないまま一つの宿屋に入った。
 老夫婦と孫娘の三人で営む小さな宿屋で、特別部屋がいいというわけではないが、隠れ家的な雰囲気が気に入った。漂ってきた晩ごはんのいい匂いにつられた、というのもある。
 ちなみに晩ごはんは、カローナさんの強い希望でハンバーグになった。こういう異なる意見の対立は、大抵しつこい方に軍配が上がるのだ。
 小さな木造の、可愛らしい部屋で一泊した私は、まずは服や日用品を買い揃えに行った。
 宿屋から出ると既に人だかりができていて、流石に二日目ともなると、野次馬も遠慮なく声をかけてきた。

『あらあら、カンナ。人気者ね』
「嬉しくありませんよ……」

 能天気なカローナさんを恨みつつ、男性たちからの熱烈なお誘いを断って、宿屋のおばあちゃんに聞いた服屋に向かって歩いた。
 とりあえずは無難にということで、紫紺色しこんいろのような暗いむらさきのローブを買った。私は魔法を使えますよ、という証の刺繍ししゅう袖口そでぐちにしてもらい、顔が見えないように深くフードを被る。
 紫色のローブは素人魔法使い用の衣服らしく、この町でもちらほらと着ている人を見かけたため、私が着ていてもそこまで変ではないだろう。
 それから、シャツやズボン、下着類の他に、作りの良い頑丈そうなブーツと、ついでに可愛らしいシンプルなブレスレットを買った。
 やはりくつにはお金を惜しんではいられない。別に人に見られるからとか、素敵な場所に連れて行ってくれそうなんてメルヘンな理由ではなく、単純に靴くらいいいものでないと、歩き回るのに辛いのだ。特に、この貧弱な体では。

『貧弱なんて。失礼ね』
ろくに走ることもできないくせに、よくもまあそんなことが言えますね」
『……カンナは意地悪ね』
「お互い様でしょう」

 私は昨日一日で、この体のポンコツさを嫌というほど思い知ったのだ。
 歩けば疲れて動けなくなり、走っても徒歩とほとんど速度は変わらない上に、頻繁ひんぱんに転んでしまう。椅子を引いて座るのにも一苦労だ。食事中にあごが疲れて、肉がめなくなってしまった時には流石に呆れて何も言えなかった。

「どんな生活を送れば、ここまで何もできない体が出来上がるのか……」
『不老不死の体で、ずーっと引きこもっていれば完成よ』
「別に作りたいわけじゃありませんから!」

 一通り衣服を揃えた私は、雑貨屋で細々とした日用品を買ったあと、一度宿屋に荷物を置きに戻った。
 その後、職業斡旋所しょくぎょうあっせんじょという場所に顔を出し、私でも働けそうな仕事はないか探した。

「といっても、なかなかないですよねぇ……私にもできる仕事なんて……」
『カンナは仕事ができないの?』
「あなたの体が足を引っ張ってるんですよ!」

 最初は飲食店で働こうとしたが、ホールで動き回ることも、キッチンで大量の料理を作ることも不可能なことに気付いた。一時間もしないうちにぶっ倒れて、店に迷惑をかけてしまう。
 ならば収納魔法を活かして運送業の手伝いなどはどうかと考えたが、何日も移動し続けることはできない。馬車での移動の辛さは初日に十分思い知った。
 自分にできることはなんだろうと、あれこれ頭を悩ませてみたものの、どうしても体力のなさが最後の障害になってしまう。
 いっそ自重せずに好き放題魔法を使ってしまおうかとも考えたが、後が怖いので、それも実行には移せない。誰かに目をつけられて、何らかの厄介事に巻き込まれるところまで、容易に想像できた。
 どうしたものかと頭を抱えていた時に斡旋所の職員に紹介されたのが、その時たまたま従業員募集の届けを出していた、イスク防具店の店主、フリド・イスクさんだった。
 まだ若い店主で、二十代後半くらいだろうか。人のい優しそうなタレ目に、短い茶髪がさわやかな好青年、という印象だった。
 フリドさんの話では、今までは一人で店を回していたが、鍛冶かじに専念したいため、新しく受付兼販売員を雇うことにしたそうだ。
 一人一人の希望を詳しく聞いて、時間をかけてオーダーメイドの防具を作るタイプではなく、汎用型の廉価れんかひんを大量に製造・販売する体制に切り替えていきたいらしい。
 私にとっては好都合な仕事だった。普段は店内の掃除そうじをして、疲れたらカウンターに座って休憩する。お客様が来れば応対し、重たい防具を持たなければならない時だけは魔法でなんとか誤魔化す。適度に働けて、適度に休める。理想的な職場だった。
 こうして、私はイスク防具店の従業員として働くことを決めたわけだ。
 ……ところが。


「ねー、カンナちゃん。この胸当ての付け方教えてくれない?」
「はい、カンナちゃん。これプレゼントね」
「どうする? このあと飯行く? 行こっか? 俺、全然待つよ?」

 働き始めて三日目で、このさまだ。店内は人でごった返し、まともに掃除もできやしない。ただ黙々と客の戯言たわごとを聞き流し、防具を売り続けるだけの日々だ。

「はあぁぁ……ほんと、フリドさんに申し訳がない……」

 深い深い溜息をつく。
 従業員として働くのであれば、当然顔を隠すフードは外さなくてはならない。
 私が顔を出して受付に座っていると、またたにそのうわさは町中に広がって、店内は見物客であふれるようになった。
 いわく、「とんでもない美少女が防具屋で働いているぞ」と。
 一応私が働きだしてから売り上げはうなぎ登りで、フリドさんは喜んでくれていたが、私としては心が重い。特別手当をもらうのを固辞こじしたほどだ。
 だってお客さんたちは、物が廉価で買いやすいので、私との話の切っ掛けに買っているだけだ。そんなのは、きっと鍛冶師の本懐ほんかいじゃないだろう。
 何より、フリドさんの作る防具は本当に良い品なのだ。普及品とはいえ、「安くて良い品を」をモットーに、一つ一つ心を込めて作っている。お金のない駆け出しのハンターや、命をけて町を守る兵士たちが、少しでも傷つかずに済むように。その命を散らさなくて済むように。毎日真剣に作っているのを、私は知っている。
 だからこそ、悔しいのだ。

「でも、どうすればいいんだろ……」

 もっと、フリドさんの防具をちゃんと見て欲しい。
 私は勝手にそんな願いを抱きながら、その日も店が閉まるまで、ひたすら防具を売り続けた。
 ……ところで出待ちをしている男たちは、今日はいつになったら帰ってくれるのだろうか。



 4 フリド店主の悩みごと


「カンナちゃん……お昼ご飯の前に、ちょっと相談があるんだけど……いいかな?」

 仕事にも慣れてきた、ある日のお昼休憩中。イスク防具店の店主であるフリドさんから、深刻そうな顔で話しかけられた。
 イスク防具店では、お昼時には一度店を閉めて、二人で昼食をとる。フリドさんは放っておくと一日中何も食べずに防具を作り続けるため、私が勝手に決めたルールだ。
 おにぎりやサンドイッチなど、短時間で済ませられるような簡単な料理を私が作る。出来上がったらフリドさんを呼んで二人で食べたあと、隣のイスク武器店へお裾分すそわけするというのが、ここ何日かの流れだった。
 ちなみにイスク武器店の店主はフリドさんのお父様であるクロードさんで、厳格げんかくな、いかにも武器職人といった感じのしかつめらしいお方だ。
 閑話休題かんわきゅうだい。フリドさんから相談を持ち掛けられた私は、休憩中の思わぬ恐怖に固まってしまった。
 まさか、クビ!? と、あらぬ想像が頭をよぎる。心当たりのある人間は、悪い方に考えてしまうものだ。
 顔を引きつらせて固まる私に向かって、フリドさんは心配そうに声をかけてくる。

「あの……カンナちゃん? 大丈夫?」
「はい!? だ、大丈夫ですよ! 相談ですよね! 何でしょうか!」
「う、うん…………本当に大丈夫……?」

 いけないいけない。心配をかけてしまった。
 まだクビだと決まったわけではないのだから、気丈に構えておかなければ。

「ふぅ……すみません、大丈夫です。それで、相談とは?」

 呼吸を整えて、改めて尋ねる。
 フリドさんの目を真っ直ぐに見つめると、やはりどこか深刻な問題で悩んでいるように見える。自然と背筋が伸びた。

「うん、実はね……今のお店の状態についての話なんだけど……」
「……あ……やっぱり私、クビですか……」

 ジワッと、瞳に涙が浮かぶ。
 短い間だったし、何もできなかったけれど、いい思い出にはなったなぁ……
 そんなことを思っていると、慌てた様子でフリドさんが手を横に振った。

「ク、クビ!? まさか! カンナちゃんをクビになんかしないよ! カンナちゃんにはたくさんお世話になってるし、とっても感謝してるんだから!」
「え……あ……そうですか……よかったぁ……」

 フリドさんの言葉に安堵して、思わず息が漏れる。
 しかしすぐに気を引き締め直すと、再びフリドさんと目を合わせた。

「すみません。続けてください」
「うん……今って、一つ一つ特注で作ってるわけじゃなくて、同じ形の商品をいくつもまとめて作って売ってるでしょ? 個人に最適な防具って訳じゃないけど、その代わり安くて、ある程度の品質を保証する、って感じで」
「そうですね」

 私は頷きを返す。フリドさんは話を続けた。

「……本当に、それでいいのかなって思ってね……」
「……というと?」

 それの何がいけないのか、私には分からなかった。
 お店の経営方針はそれぞれだ。高級志向のお店もあれば、安く多く売ろうというお店もある。付加価値をつけたり、宣伝を工夫したり、アフターサービスを充実させたりと、みんなが努力して差別化を図っている。それぞれに独自性があり、そのどれもが間違いではない。
 そして少なくとも、イスク防具店ではこの体制で利益が出ているのだ。自分のスタイルを疑う理由が、私には分からなかった。
 ……私の存在や、売れ方に不満がある、という訳でもないようだし。

「このまま同じ物を作り続けても、僕は鍛冶師として成長できないんじゃないかと思うんだ」

 フリドさんは不安そうな目をこちらに向けながらも、はっきりとそう言った。

「僕にはある目標がある。いつか、父さんを超える鍛冶師になることだ。でも、今みたいな毎日を続けても、父さんに近付けるような気がしないんだ」
「……なるほど」

 私はゆっくりと頷きながら、どう返したものかと考えていた。
 本当に真っ直ぐで、努力家の青年だと思った。いや、年齢的には壮年そうねんか? そういえば壮年って何歳くらいを指すんだっけ? まあ、見た目が若いし青年でいいか。

「カンナちゃん……君はたまに、父さんの店にも手伝いに行ってるよね。率直に、僕と父さんの作品がどう違うのか、教えて欲しいんだ」
「手伝いと言っても、お昼を届けて、ついでにお店の掃除をするくらいですけどね。商品には絶対に触るなと言われてるので。そもそも私、鍛冶については素人しろうとですし」
「それでもいい。いや、むしろ完全な第三者の意見が聞きたいんだ」

 フリドさんは真剣な目でうったえてくる。
 うう、そんなに真っ直ぐな目で見つめられましても……困ったなぁ……

「……そうですね……では、少し待っていてください」

 私はそう言って席を立つと、店頭に並べられていた二つの籠手こてを持ってきて、フリドさんの前に置いた。

「この二つの籠手、どう思いますか?」
「え? どうって……やっぱり普通すぎて、個性がないというか……」
「違います。ここを見てください」

 二つの籠手を揃えて重ねる。すると片方の籠手の親指の部分が、もう片方よりもほんの僅かに短かった。

「これは……でも、これくらいの誤差はどうしても……」
「フリドさんはさっき言いましたよね。同じ形の商品を作って売っている、と。これ、同じ形ですか?」
「そ、それは……」

 フリドさんは悔しそうに下を向く。私だって、こんなあしを取るような真似はしたくない。だが、これは彼が望んだことだ。

「お父様……クロードさんの作品は、全て一点ものではありますが、そのどれもが細部に至るまで完璧に作りこまれているように感じました。きっと同じものをもう一振り作ってくれと言えば、寸分すんぶんたがわず同じものを作り上げることでしょう」

 フリドさんは黙って聞いている。私はそのまま続けた。

「フリドさんは先ほど、『これくらいの誤差』と言いました。『これくらい』、職人が最も言ってはならない言葉です。それは、妥協だきょうです。クロードさんは自分の作品に対して、絶対に妥協は許しません」

 フリドさんはしばらく何も言わなかった。
 私が席に着くと、ゆっくりと顔を上げて、恐る恐る尋ねてきた。

「でも……父さんが作っている物と、僕が作っている物は違う。父さんの作品は誰から見ても個性的で、魅力的で……僕のは、地味で、普通で、無個性で……そんな物を完璧に作ったからって、父さんを超える鍛冶師になんて……」
「個性とは、人と違うことではありません」

 フリドさんの話を遮って、私は声を上げる。
 一度水で喉を湿らせると、再び話し出した。

「先ほども言いましたね。個性がないと。ですが私は、個性のない人間なんていないと思っています」
「え……どうして……?」

 フリドさんは目をぱちくりとさせて聞いてくる。

「私は、ちょっと人と違ったり、変わったりしている人だけが個性的なんだとは少しも思いません。後付けされた不純物を全て取り除いていって、何もつくろうものがなくなった時、最後に残った人間性……その人をその人たらしめる、嘘偽りのない内面からようやくにじてくるもの……それが人の個性だと思っています。個性のない人なんて、絶対にいないんです」

 そこまで言って、私は目の前に置かれた籠手を手に取った。
 素人ながら、良い品だと思う。使う人のことを考えて作られている。細部の研磨けんまや、丸みを帯びた側面部、適度な重量感。丁寧ていねいな仕事で作られた、優しい防具だ。

「クロードさんの武器が魅力的なのは、クロードさん自身が魅力的な人だからです。彼の内面に人をきつける魅力があって、そしてそれを表現できるだけの技量があるからこそ、彼の武器は人から愛されるのです」

 私は指先で籠手の感触を確かめながら、フリドさんの目を見て言った。

「そして私は、フリドさんにも、クロードさんに勝るとも劣らない素敵な個性があると思っています。ですから、自分の作品を卑下ひげして言う必要なんて、まったくありませんよ」

 にこりと微笑んで、籠手を差し出す。
 フリドさんは差し出された籠手をじっと見つめたあと、優しい手つきで受け取った。

「……ありがとう、カンナちゃん」
「いえいえ、つたない相談相手ですが。さ、話は一旦置いておいて、まずはお昼食べちゃいましょう。今日は和風きのこパスタですよ」
「和風……? よく分からないけど、美味おいしそうだね」

 そう言って、フリドさんは微笑ほほえむ。防具を作り続けて、きっとお腹も空いていることだろう。
 どんな小さな悩みごとでも、お腹が空いていては解決するのは難しい。逆に美味しい物を食べて笑っていれば、大きな悩みごとだってどうでもよくなったりするものだ。
 さあ、ご飯にしよう。
 お昼のパスタが、フリドさんの口に合えばいいのだが。

『……だし醤油じょうゆがあるのに、和風って概念がいねんはないのね……』

 うるさいわ。私も思ったわ。


「だいたいですね。『いつか父を超えられるだろうか』なんてはてしない未来に不安を感じている内は、全然大丈夫ですよ。はっきり言って余裕ありすぎです。甘々です」

 昼食後。
 二人で洗い物をしながら、私は口をとがらせてフリドさんに苦言をていしていた。

「世の中には、どうなるか分からない未来のことも、過ぎ去ってしまった過去のことも、どちらも考える余裕がない程、毎日を懸命けんめいに生きている人だっているんです。まあ、そこまで場当たり的になれとは言いませんが、しかし少しくらいは見習ってみてもいいかもしれませんよ。毎日が不安なのは、不安を感じるだけの余裕があるからですから。遠い未来に思いをはせる余裕なんかないくらい、毎日目の前の仕事に没入してみてはいかがですか?」

 私から受け取った皿をタオルできながら、フリドさんは苦笑いを浮かべる。

「前から、カンナちゃんは見た目と歳の割にしっかりしているというか……働き者だとは思っていたけど……何というか、すごい所で暮らしていたんだね……?」
「そんな仕事中毒者を見る目で見ないでください。私は普通です」

 泡のついた手でフリドさんの視線をぱたぱたと遮りながら、私は続けた。

「そうですね……何か一つ目標を作って、とりあえずしばらくはそれに邁進まいしんしてみる、というのはどうでしょう?」

 私の言葉に、フリドさんが皿を拭く手を止めた。

「え? 目標なら、さっきも言ったように、父さんを超える鍛冶師になるっていう……」
「ああ、違います。そういうのではなくてですね。んー……」

 水につけたフォークを指先でもてあそびながら、少し頭の中で考える。

「いいですか、フリドさん。『目標』を立てる時は、できるだけ具体的な内容にしなくてはなりません。また、達成するまでの明確な道筋が見えないようなスケールの大きなものを、目標にしてはいけません。それは子どもが抱く夢や憧れと同じようなものですから。それでは絶対に続きません」

 フォークを手に取って、身振り手振りをつけながら説明する。しかしひじの方まで水が垂れてきたので、途中でやめた。

「努力を続けるコツは、確実に終わりがあって、達成までの道筋、つまり自分のやるべきことが明確に思い描ける目標をこまめに立てること。そして適度な休息とご褒美ほうびです。それを念頭に置いて、今の自分が何を目標にするべきなのかを考えてみてください。大きなことを言えばいいという訳ではない、大事な作業なんですよ。目標を考えるというのは」

 全ての皿を洗い終わった私は、ピッピッと手についた水滴を払って、掛けてあったタオルで拭いた。そして人差し指を突き出して、顔の前に持ってきた。

「ああ、それともう一つ。一度決めた目標は、達成するまで絶対にやめないでくださいね。『本当にこんなことでいいのだろうか』とか、よそ見したり、疑ったりせず、必ず最後までやり抜きましょう。それが、今、あなたのするべきことなんです。そう信じてやり抜けば、それはフリドさんの自信になります。自信は人を成長させ、やがてかけがえのない財産になるんです」

 フリドさんは呆気にとられたような顔で、私を見つめていた。
 しまった、喋りすぎてしまっただろうか……
 少し気恥ずかしくなった私は、お裾分け用に魔法で温め直したお昼ご飯を手に取ると、逃げるようにその場を後にする。

「わ、私、クロードさんにお昼届けてきますね! ついでに掃除でもしてきますから、フリドさんは休んでてください!」

 深くフードを被ると、店の裏口から外へ出る。
 外の冷えた空気が火照ほてった顔に気持ちいい。
 深呼吸を一つして、私はお隣のイスク武器店へと足を向けた。


 イスク武器店の店内は、相変わらずおびただしい数の武器で溢れかえっていた。
 刀剣類、長柄ながえ武器、打撃武器、投擲とうてき武器、射撃武器など、ジャンルを問わず種々雑多な武器たちが、ところ狭しと壁や床を占領している。武器で壁面を覆い隠すという光景は、なかなかに圧巻だった。
 さらに驚くべきは、そのどれもが超一級品の武器だということ。
 イスク武器店の店主であるクロード・イスクさんは、国内でも屈指の鍛冶師として、とんでもなく有名らしい。ただの矢の一本でさえ、彼が手がけたものは安宿の一泊、料理屋の一食よりも遥かに高額になるのだ。そんな武器が無造作に壁に掛けられているのだから、ある意味ではセルフィアの町で最も贅沢ぜいたくな部屋と言えるかもしれない。
 さらにさらに驚きなのが、その全ての商品をクロードさんが記憶しているということ。ここだけでも数千本はある武器の全てを把握しており、さらには今までに売れた武器すらも覚えているという。
 なので盗まれたりすればすぐに分かり、必ず犯人を見つけ出して制裁を加えるため、今では町でクロードさんから盗みを働こうとするおろものは一人もいなくなったのだとか。
 クロードさん曰く、『抱いた女のことはすぐに忘れても、自分の子のことを忘れるやつはいないだろう』だそうだ。率直にこの人何言ってんだろうと思った。

「クロードさん、こんにちはー。お昼ごはん持ってきましたよー」

 カウンターの裏に回り、そのまま部屋の奥へと進む。
 分厚い扉にへだてられたその奥で、クロードさんは鉛筆えんぴつを握って、何やら設計図でも書いているようだった。


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