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第三話
しおりを挟む「初めまして、カティア様。ルナ・バルファレアです」
美しい所作でカテーシーを披露した彼女が、今日からカティアのマナー講師を務める。
レオナルドの遠縁の叔母に当たるらしく、何か話を聞いているのだろう。
初対面にもかかわらず既にカティアに対する視線は鋭い。
「初めまして、ルナ様。本日からよろしくお願いいたします」
丁寧に、最大限の敬意と感謝の気持ちを込めて頭を下げる。
だがそんな彼女の想いは、
「なんですか、そのお辞儀は。使用人ですか、みっともない」
という言葉と共に切って捨てられる。
「貴婦人はむやみに頭を下げません。全く、今まで何を学んできたのかしら。嘆かわしい」
こうして、冷たく孤独なレッスンを受ける日々が始まった。
「背筋は真っ直ぐ」
ピシッ!
「顎を挙げて」
ピシッ!
「口角を上げて」
ピシッ!
注意の度に、背中、顎、頬を扇で叩かれる。
「なんて無知なの」
「それでも貴族ですか」
「こんな人が妻だなんてレオナルドも可哀そうに」
悪意ある言葉が胸に刺さり、緊張でますます動きがぎこちなくなるカティア。
カティアはただ、レオナルドに迷惑をかけないよう、必死にルナの教えに食らいつくしかなかった。
――公爵夫人として最低限のことをしなければ。
でなければ、カティアがここにいる意味がない。
――居場所が無いから。
もう、帰る場所はない。
あの家はきっとカティアを望まない。
義母と義姉の暴力に怯える日々はもう嫌だ。
――なるべく迷惑をかけずにここにいたい。
どんなに冷たくされても。
どんなに無関心でいられても。
カティアは自分の義務を果たすだけだ。
次の日からはマナーのレッスンに加えて、ダンスのレッスン、一般教養の勉強が追加され、文字通り朝から晩まで勉強漬けの日々となったカティア。
それでもカティアは、勉強が楽しかった。
勉強する機会をくれたレオナルドに心の中で感謝した。
誰もがカティアに冷たく接する中、一般教養とダンスを教えてくれる男性だけは、初めからカティアに対して好意的だった。
「初めまして、カティア様。一般教養とダンスを教えるルーダ・トレダンスです」
誰かににこやかに微笑みかけられたのは初めてで。
その瞳に嘘はなく。
「初めまして、ルーダ様。本日からよろしくお願いしますね」
付け焼刃のカテーシーを披露したカティアを、彼は決して蔑んだり笑ったりしなかった。
勉強の間も無知なカティアを決して馬鹿にせず、丁寧な教え方に自然と心がほぐれる。
リラックスしたカティアはスポンジが水を吸うように知識を吸収し。
その日から、カティアの目に映る景色は少しだけ色鮮やかになった――ほんの、少しだけ。
夜会まで1週間とちょっととなったある日、カティアはルーダと共にダンスのレッスンをしていた。
ルーダは勉強に限らず色々な話をし、そしてそれをカティアはキラキラした目で聞き入り、真摯に受け止める。
そんなカティアの姿勢が微笑ましく、好ましくて。
――どんなことであれ、真剣に取り組む人は好きだ。
高貴な人相手に失礼をしてはならないと緊張していた彼は、次第にカティアに対して砕けた口調で話すようになっていた。
「ふふふ、ルーダは良いお兄ちゃんなのね」
控えめな笑みを浮かべるカティア。
勉強の合間の雑談が、孤独を抱えるカティアの心を癒す。
ルーダは孤児院育ちで、才能を見出され、神官として教会で働いているらしい。
休日は孤児院に帰り、年下の子供たちの遊び相手を務める。
立派な兄だ。
「孤児院の人たちにはとても良くしてもらったんです。なので少しでも恩返しがしたくて」
照れたように微笑みながら孤児院での生活を語る彼の顔には親愛の情が浮かんでいて。
血が繋がっていないのに、そんなにも愛し、愛される関係が少し――いや、とても羨ましかった。
「さぁ、今日は実際に一緒に踊ってみましょうか」
今までカティアは型を習うだけでパートナーと共に踊ったことはない。
差し出された手に、カティアはおずおずと手を乗せた。
踊りながら思う。
――少し、近くないかしら。
ギュッと引き寄せられるたび、心臓が跳ねる。
顔が熱い。
間近に感じる視線を直視できず、カティアはルーダの胸元を見つめるしかなかった。
「カティア様、目線を上げて、もっとパートナーに寄りかかってください」
ルーダに軽く注意されてしまい、項垂れる。
自分でもわかっていた。
何故か、昨日までのように身体がうまく動かないのだ。
「緊張……してしまって」
「これで緊張していては本番持ちませんよ。パートナーが側にいることに慣れましょうね」
にっこり微笑まれ、カティアの頬は引きつるのだった。
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