望まぬ結婚の、その後で 〜虐げられ続けた少女はそれでも己の人生を生きる〜

レモン🍋

文字の大きさ
18 / 30

第十七話

しおりを挟む







 期待していなかった。
 信じてもいなかった。

 それなのに、彼はそこにいた。

「どうして……」

 夜、癒えない傷の痛みで目を覚ましたカティアは、ベッドわきに佇むレオナルドの存在に気づく。
沈痛な面持ちでカティアを見つめる彼。

 カティアはどうしていいかわからなかった。
 ただ身を強張らせ、まるで自分を守るかのように布団を引き寄せる。
 無意識に震える手をぎゅっと握りこみ、それでも彼と視線を合わせることはできない。




 怯えるカティアを見て、レオナルドは自分がしてきた仕打ちが彼女をどれほど傷つけ苦しめてきたかを思い知らされた。

「……大丈夫か?」

 おずおずと問いかけるレオナルドの姿は、以前とは異なっていて。
 侮蔑も、嫌悪も、軽蔑も。以前確かにそこにあった光は今はなく。
その瞳に宿るのは――溢れんばかりの後悔だった。





*~*~*~*~*~*~*~*~





「カティア様?」

 心配そうなマリアの声に、カティアはハッと意識を戻す。

「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて。心配しないでください、傷はそれほど痛みませんから」

 嘘だ。本当はとても痛い。
あの怪我から一か月、意識を取り戻してから2週間たった今でも傷は絶えずずきずきとした痛みをもたらし、眠れない夜もある。

 それでも、心配してくれるマリアやセバスにこれ以上負担をかけたくなくて、カティアはわざと明るく振舞う。――何でもないふりをするのは得意だ。


 アリアが部屋から出ていくのを確認し、カティアは溜息を吐く。
 今、カティアの頭を占めるのはレオナルドのことばかり。

――一体どうしてしまったの?

 お互いに干渉しないでうまくやっていければいいと思っていた。
 この先静かに平穏な生活を送れればそれでいいと思っていた。
 彼からの愛も、心配も、一かけらの関心さえも期待してはいなかった。――それなのに。


 あの日から彼は変わった。
 2週間前、カティアの意識が戻ったあの日から、レオナルドはカティアに酷く優しくなった。
 毎晩必ずカティアの部屋を訪れる彼の瞳は真実心配そうで。
 罪悪感で変わってしまった彼に感じるこの感情の名前が分からない。
 胸が締め付けられ、額の傷がじくじくと痛む。

 分かっているのは、カティアの存在が彼と彼女を引き裂いている、ただそれだけだった。



「すまなかった。謝って許されることではないことは分かっている。それでも、本当に申し訳なかった」

 そう言って深く頭を下げた彼。
 真摯に謝るレオナルドの姿が、誰か別の、知らない人間のようだった。


「……気にしないでください。私はこの家に来て、今までで一番幸せです。レオナルド様が気になさるようなことは何もありません。だから、これまで通りでいきましょう。それが一番の正解です」

 それなのに、彼は変わった。変わってしまったのだ、カティアの傷のせいで。

 きっとレオナルドは正義感が強い人なのだろう。だからこそ、罪悪感で苦しんでいるのだ。――自分が放っておいた間に妻が怪我をしたことに。自分が彼女を守った陰で、妻が消えない傷を負ったことに。

 額の包帯をそっと撫でる。
 「気にしなくていい」――そう何度も言ったのに、そのたびにレオナルドの瞳の中の罪悪感は一層濃くなるのだ。




 窓の外を見ると、ちょうどレオナルドが帰宅したところだった。

――今日もまた、彼は私に縛られる。


モヤモヤしたこの感情の名は、一体何なのだろうか。







しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

いくら時が戻っても

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
大切な書類を忘れ家に取りに帰ったセディク。 庭では妻フェリシアが友人二人とお茶会をしていた。 思ってもいなかった妻の言葉を聞いた時、セディクは――― 短編予定。 救いなし予定。 ひたすらムカつくかもしれません。 嫌いな方は避けてください。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

大好きだけどお別れしましょう〈完結〉

ヘルベ
恋愛
釣った魚に餌をやらない人が居るけど、あたしの恋人はまさにそれ。 いや、相手からしてみたら釣り糸を垂らしてもいないのに食らいついて来た魚なのだから、対して思い入れもないのも当たり前なのか。 騎士カイルのファンの一人でしかなかったあたしが、ライバルを蹴散らし晴れて恋人になれたものの、会話は盛り上がらず、記念日を祝ってくれる気配もない。デートもあたしから誘わないとできない。しかも三回に一回は断られる始末。 全部が全部こっち主導の一方通行の関係。 恋人の甘い雰囲気どころか友達以下のような関係に疲れたあたしは、思わず「別れましょう」と口に出してしまい……。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

処理中です...