魔法少女狩り

チャハーン

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新人狩人編

第三話 身近に潜む罠

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「………」
「ど、どうですか?」
 事務所の中、彩花は上司と一緒に画面を睨んでいた。
「確かにこれは…ジェム・ラピスの可能性が高い…」
「本当ですか!」
 つい先日、彩花は隣に住む幼なじみである御守が魔法少女であることを偶然知り、証拠写真をグループに持ち込んだ。

「ジェム・ラピスの懸賞金は…」
 彩花は生唾を飲み込んだ。
「ふむ…ほう!」
「ど、どどうなんですか!?」
 上司はパソコンを動かし彩花によく見えるよう、懸賞金が書かれたページを見せた。
「ひぃ…ふぅ…みぃ…は!?四千万円!」
「奴はジェム・トパーズとつるんで裏社会に莫大な損害を出している」
 上司は笑いながら言った。
「手を貸そうか?人手は要らないか?」

 彩花は一瞬、手を貸して貰うべきか悩んだ。手を貸してほしいと言えば、現場班長たちも応援に駆けつけるだろう。しかし相手が相手だ、いくら中身が普通の高校三年生とはいえ魔法少女であるなら油断は出来ない。返り討ちにされる可能性が高いだろう。
「いらないです。私一人でなんとかします」
「そうか…無事を祈っている」

 * * *

「えっ、あたしの家?別にいいけど…」
「本当?ありがとう~じゃあいつ頃がいいかな?」
 誰かの家に訪れる時、誰かを家に呼ぶ時は最低でも数日前から連絡を入れておくべきだ。そうすることでより綿密に準備することが出来る。
「うーん、じゃあ…土曜から親が出張行くし土曜とかは?」
「グッド、なら土曜に突撃するね」

 魔法少女、ジェム・ラピス捕獲作戦は今週の土曜日に始まる。
 捕獲の手筈はこうだ。まず御守の家に誰もいないことを確認した上で、一泊二日の「お泊まり会」を実行する。誰にも邪魔が入らないので隙をついて魔法少女に変身するためのキーアイテムを奪取する。
 まさかお泊まり会の相手が自分を狙っているとは思わないだろう。計画は滞りなく進み、夜に寝込みを襲って予め待機させた車に連れていく。

「我ながら完璧ね…」
 彩花は一人で呟く。キーアイテムさえ奪ってしまえば相手はただの一般人だ。眠ったところを襲えば一撃必殺間違い無し、というわけだ。


 金曜日の夜、仕事を終え解散直前に班長と話したところ、激励の言葉を賜った。彼は激励ついでに、彩花に魔法少女の残忍さを教えた。
「いいか、魔法少女ってのは表面は正義のヒーローだがその内面は腐り果てている。己の私利私欲のために、怪人と手を組んで街を襲ったこともある」
 しかしどうしてそんなことを私に?彩花は疑問そうに聞いた。

「お前が、密かに魔法少女に憧れを抱いているからだ」
 ───でも、
「もちろん憧れを抱くのは自由だが、夢を見る前に現実を知らなければならない」
 班長は深刻そうな顔で続ける。
「俺の街は怪人によって破壊された。だが実際は…反乱分子を根こそぎ粛清するためだったのさ。魔法少女にとっての反乱分子だ」
 休憩中の作業員、笑顔で帰宅の準備をする作業員、未だ仕事をする作業員。彼らを見るとある特徴に気づく。
 これといった共通点がないことだ。

「お前みたいに明るい考え方の作業員も一定数いる。ここの採用担当は目利きらしいからな。だが…大半は魔法少女に故郷や家族を滅ぼされた同胞だ」
 班長は自販機で売られている飲み物の中で、一番高いコーヒーを奢った。

「絶対に生きて帰ってこい」

 * * *

 高校生女子二人、共通の趣味は特に無し。なら何故お泊まり会を?答えは簡単、上原御守は彩花以外の友達がいないからだ。両親は出張、一日の大半が暇で埋め尽くされ、それが九日続くとなれば誰であろうと気が狂う。
 暇を潰すためにはやはり親しい友人と一緒に過ごすのが効率的にも心の健康的にも一番いい。

「はいこれお土産」
「お土産って…どこか行ったの?」
「御守のお母さんの友達?親戚?がドイツ行ったらしいからそれを」
 彩花はお年玉を渡す親戚のように、小さな袋にお菓子を詰めて渡した。これがお土産なのか?と思ってしまうだろうが、彩花は常に奇行に走るのでこの程度は大して気にするところではない。

 ───睡眠導入剤入りチョコ、古典的だけど一番確実。

 ───寝込みを確実に襲えるために一服盛らせて貰うよ。

 少しばかりの後ろめたさはあったが、やがて吹っ切れることになる。

 二人で対戦ゲームをする間、何度も彩花は賞金の使い道を考えていた。小さい頃であれば、一億円あったら何をするか?と、よく想像力を働かせたものだが、今になると貯金や投資など現実的な視点でしか物を判断出来なくなっている。

 四千万───途方もない大金だが、土地を買うには不十分すぎる。

「ねぇ、聞いてるの?」
「あごめん…考え事してた」
「対戦中にボーッとするなんて論外だよ!あたしが彩花より強かったらこの時間で三回くらい倒せてたから」
 でも私よりは弱いから結局勝てないじゃん、口から出かけたがなんとか抑えた。

「おっかしいなぁ…毎日毎日練習してるのにどうして勝てないの?」
「やっぱり魔法使うには向いてないんでしょ」
「そんなわけない!毎日練習してるもん!」
 フッと嘲笑し、「彩花の勝ち」の文字が映し出された。
「もうお昼か…」
「ちょっと!勝ち逃げする気?」
「何回やっても私には勝てないよ」

 彩花がこのゲームで負けることはない。魔法少女として日々魔法を放っていても、ゲームの世界も同じように魔法が強いとは限らない。
 やはり魔法少女に変身しないと反射神経や運動神経は改善されないのだろうか。そうであれば連れていく時とても助かるはずだ。


「ビーフオアミート?」
「ミート!で…なんの肉?」
「えっとー…鶏かな」
 キッチンで原材料名に目を凝らしている御守が言った。袋の中に入った謎肉を鍋で茹でればいいが、中身が何の肉なのかはわからない。食肉であることは確かなはずだが───如何せん謎肉の正体が分からないと食欲が湧かない。

「これ何かわかる?」
「形は鶏だけど豚肉な気もしてきた」
 炎が鍋底を熱し始め、やがて水が沸騰する。熱湯で六分、袋を切って皿に移せば完成だ。

「ちょっと!焦げてる!!」

「焦がしちゃったね…茹でるだけなのに」
「なんでタイマー付けとかなかったのさ~私がお風呂入ってる間に寝落ちでもしてたの?」
 上裸の彩花が怒った顔で御守に説教した。
「あのね御守、火を使う時は必ず傍で見守ってなきゃいけないって私言ったよね?」
「ちが…いや、だって…」
「だっても何もないでしょ、もったいない…半々で食べるよ」
「なんでさ、あたしが全部食べるって」
「私の監視不足、それの反省」
 呟くように言うと一人で盛りつけを始めた。
「赤の皿が私のだよ」

 御守が向こうを向いているのを再度確認すると、睡眠導入剤を青の皿にふりかけた。睡眠薬で良かったのでは?と思ったが薬局で安価かつ簡単に入手出来るものはこの睡眠導入剤──しかもかなり弱いもの──しか無かった。
 ───これで上手く行けばいいんだけど…チョコは全然食べないし。
 薬を盛り終えると、テーブルまで食器を運んだ。謎肉のステーキと牛肉のハンバーグが半々ずつ盛り付けられているのを見ると御守は目を輝かせた。
「わぁ…すっごい美味しそう!」
「ま、私のカバー力があればなんとでもなるよ」
 彩花はひと仕事終えて流した汗を拭うと服を着始めた。白とピンクで彩られたパジャマだ。

「それじゃ」
「いただきます」

 ─────

 どうしてこれほどまで効き目が出たのかはわからない。薬に対する抵抗力が常人より遥かに低いのか、それとも体内で化学反応を起こして睡眠薬の効果が跳ね上がったのか。
 しかしそんなことは今はどうでもいい。彩花は組織に連絡を入れて迎えを寄越すよう伝えると、床に倒れた御守をソファーに運んだ。
「念の為縛っとくか…」
 ガムテープを探し出すと、彼女の口と四肢を拘束した。初心者なので縛り方はよくわからなかったが、とりあえずぐるぐる巻きにしておけばいいだろうと考えた。

「ふ…ふふふ…ふっ」
 自分でも気持ち悪い笑い方をしているとはっきり感じ取ることが出来る。親友であり魔法少女が今現在、自分の手の中にあるという事実に対して興奮を隠せずにいた。
「バッジ…バッジはどこだっけ?」

 魔法少女が変身するためのバッジ、彼女らがいつも胸に付けている──主に星や宝石の形をしている──金色のバッジを証拠として渡さなければ賞金は貰えない。組織の車が到着するまでおよそ九分、それまでに探さなければ不安要素が増えてしまう。
「やっぱり二階にあるよね?」
 眠っているのだから当然返事は返ってこない。
「ふむ…」
 二階、御守の部屋を開けた。一つのバッジがLED灯の光をキラキラと反射し、ベッドの上に乱雑に置かれていた。
「バッジって…もっと大事なものなんだよね…?」
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