魔法少女狩り

チャハーン

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新人狩人編

第八話 樋口詩織

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「うっ…あぅ…」
 アスナが目を覚ますと、自分が宙吊りに拘束されていることに気づいた。両手の自由が効かず、

 ───縄で縛られていない?

 ふとアスナは上にある自分の両手を見た。
 手は縄で縛られておらず、天井に埋め込まれている。樹脂状の何かが、ウレタンフォームに似た物質が壁の隙間を埋めるように、彼女の手を固めていた。
「シオン!目を覚まして!」
 もがきながら隣のシオンに向けて叫ぶ。同じように固められていたシオンは目を覚まさずぐったりとしている。
「起きたか」
 二人の後ろから声がし、足音がする。

 ショートパンツを履き、黒革のスタジアムジャケットを羽織っている女性───樋口詩織が現れた。胸には幾重にも包帯を巻いており、一昔前のスケバンを思い出させる。
「私たちを捕まえてどうするつもり?」
「ここで始末する」
「殺したら協会が黙っていないわよ」
「捕まえるだけなら協会も黙るの?」
 アスナは拘束されていない足を、水泳初心者のようにばたつかせる。離せと連呼し、負け犬の遠吠えのように聞こえる。

「あそこの水色を賭けて勝負する?」
「……私が勝ったら?」
「二人とも解放してあげる」
「どうしてそんなことを?」
「………」
 詩織はしばらく考え込んだ。
 そして口を開くとこう答える。
「処理する時暴れられたら面倒、だから?」
「弱らせてから殺すってわけね?趣味が悪い…」
 詩織が指を鳴らすと樹脂は砕け、そのままアスナは地面に放り出された。突然のことだったので受け身を取ることが出来ず、尻もちをついて痛がった。

「お前と戦うのはあいつ、私の相棒フェーちゃん」
「こんにちはぁ~また会ったね!」
 アルラウネのフェーちゃんがどこからともなく現れる。
 にこにこと挨拶しているが、その笑顔の裏には、魔法少女を一撃で気絶させるパワーが秘められている。
「はいこれ、君の武器だよ」
 アスナのフレイルをフェーちゃんが手渡す。
 何度見てもアルラウネのこの大きさには威圧される。
「私に勝負を挑んだこと、後悔させてあげる」

 * * *

「それでは試合開始」
 一人と一匹が案内された場所は、かつて上原御守とフォスが戦った闘技場だった。その時とは違いカメラも観客も無く、閑散ときているが。
 開戦のゴングが鳴り、先に動いたのはアスナだ。フェーちゃんに向かって一直線に全速力で走る。
 フェーちゃんは少し遅れて蔓の鞭を振る。亜音速の鞭だが、油断せず奇襲で無ければ避けることは、魔法少女にとって容易いことだ。
(この程度なら避けれる…!)
「おっとぉ?速いじゃんね」
 アスナの正拳をすんでのところで躱す。余裕綽々の声で煽り、鞭による攻撃を続けた。

「破ッ!」
 拳は地面を貫いた。アスナは勝ち誇った表情を浮かべる。
「隙を生じぬ二段構え」
 手応えあり。もう片方の手にあるフレイルが直撃する。この至近距離でこの破壊力、まず重症は免れないはずだ。
(……やったか?)
 無数の蔓による攻撃は止んだ。
 ゴトン、という何かが落ちる音、そして液体が滴る音が聞こえる。警戒を解くことなくアスナは構える。
「いったた…」
「まだか…」
「もー、フェーちゃんの足一本無くなっちゃったじゃん!」
 ちぎれた蔓を、胴体にある触手で持ち上げる。蔓からは緑色の液体が滴り、地面に触れると高温のアルコールのように揮発した。

 ───同時に、地面を少しずつ溶かした。

 地面を溶かす酸性の体液に気づくことなく、アスナは攻撃を続ける。蔓はミサイルのように一直線に飛ぶもの、鞭のように振るわれるもの、そして高い防御力を発揮するものと、その技の豊富さには感服するほどだ。
(支援があれば…もっと楽に戦えるのに!)
 心の中で愚痴を漏らす。
 しかしその愚痴が、一瞬の気の緩みが致命的なミスとなる。

「猛毒の霧《ポイズンミスト》~!」
 触手の一本が膨らみ、空に向けて霧を飛ばした。
 突進したアスナは予備動作に気づけず、霧に直撃してしまう。
「うっ…これは?」
 咄嗟に鼻と口を腕で守る。正体不明の霧だが、まず吸っていいものではないだろう。
「吸っちゃったねぇ~!」
 意気揚々とフェーちゃんは言う。
 ───何を言って、
「うッ…」

 目が

「あああぁぁッ!!」

 目がヒリヒリと痛む。
 いや、そんな生易しい次元ではない。
 角膜に直接催涙スプレーを振りかけられたような痛みが走る。

(溶けて───)

 霧を喰らった皮膚の全てが痛む。
 既に片目は使い物にならず、残った目ではまともに物の輪郭を捉えることも出来ない。
「いやあぁッ!」
 武器を手放しその場に倒れる。何度も何度も腕で指を擦るが痛みが取れることはなく、寧ろ悪化していると言える。

「負けたね」
 詩織が指を鳴らすと、
「了解~食べちゃっていい?」
「食べてよし」
「じゃ、美味しくいただきます!」
 蔓がアスナの体を持ち上げる。宙吊りになった彼女は、もはや抵抗すら力も残っていない。

 丸く膨らんだ袋の口が開き、アスナが運ばれる。中には透明な消化液で満たされており、濃度も先程の霧と比べて文字通り次元が違う。
「や、やぁ!死にたくない!」
「大丈夫だよ~溶かされる痛みを味わう前に窒息するから」
 アスナを自分の顔に持ってくると、子供をあやすように優しい声で言った。内容はおぞましいものだが。

「ちょっと待って、バッジ取らなきゃ」
「ふぇ?わかったよ」
 フェーちゃんは二十メートル程先にいる詩織に向けてアスナを投げた。彼女は優しく投げたつもりだろうが、勢いあまってコンクリートの壁に穴が空いてしまった。
「………死んでないね、というか気絶したのが幸い」
 詩織がバッジの裏のボタンに触ると、衣装が光と共に分解されて消えた。

「よし、今度こそ食べていいよ」
 アキレス腱辺りを掴むと、砲丸投げをするように振り回して勢いがついたところで投げた。
 今のアスナ、もとい和泉葵はただの人間だ。慎重に投げないと落下の衝撃で命を落としてしまうだろう。空を舞うアスナを、腕ほどある太さの蔓で捕まえると、最後に顔を覗き込んだ。

「いただきます、獲物ちゃん」

 * * *

「おつかれ」
 消化器官である袋を叩いて言うと、笑顔が返ってきた。
「美味しかった?」
「うん!結構魔力あるみたいだからほら!」
 フェーちゃんは先の戦闘で負傷した蔓を見せた。既に再生が終わりかけている。

「じゃあ次の任務行こう」
「次の任務って?」
「新人の、最近話題の大型新人の歓迎会……かな?」
 詩織は工藤彩花の顔写真を持ちながら言った。
「ごはん?」
「一応味方、食べちゃっだめだよ」
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