最強魔術師は褒められたい

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最強魔術師は褒められたい 2

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 ――日の岩軍事養成高等学校。
 人工島に建つこの学校は、中央都からフェリー、あるいは大橋を使って向かう特別区だ。
 その特別区のど真ん中にあるのが『日の岩軍事養成高等学校』である。
 校長による『入学式のご挨拶』も軍人らしく簡素に終わり、次には在学生代表の挨拶が待っている。
 スマートに、いっさい無駄のない動きで校旗に一礼をしてから教壇に立ったのは、入試の実技試験の時に俺のペアを務めた『ほぼ真っ白な人』だ。
 入試試験の時同様、肌と同じくらい真白い制服に、同じく白いファーのついたペリースを身に着けた『ほぼ真っ白な人』は、立つだけでSubの視線はもちろん、DomやSwitch、Neutralだって惹きつけた。

「大日本帝国の時代、この世界は第二性の発現と、それに伴った魔力器官の発達を発見しました。それから何百年という年月が過ぎ、こうして僕たちは、強い魔力器官を持って生まれた」

 在学生代表の挨拶だというのに、『ほぼ真っ白な人』は、原稿を持っている様子はない。
 ノールックで挨拶が出来るなんて随分凄い人だ。

「その事を、新入生諸君も、いつか誇りに思う日が来ることを願っています。武の魔力、あるいは、補助の魔力かもしれない。自身を見つめ、最適解へと、共に辿りつけるように精進しましょう。困ったことや相談事があれば、いつでも、きみたちのルームメイトになる先輩に相談をしてほしい」

 曇りの一つもない碧眼が、だだっ広い体育館中をゆっくりと、まるで新入生ひとり一人の顔を覚えようとしているかのように見回していく。

(…ん…?)

 一瞬、その碧眼と目が合ったような気がした。
 まあ、ゆっくりじっくりと動いていく視線に対して、俺たちはみんな『ほぼ真っ白な人』の方を向いているはずだから、不思議でもないんだけど。
 なんなら新入生全員が「あの人と目が合った!」と言ったって可笑しくない。
 だが、『ほぼ真っ白な人』が、微かに口角を上げたような気がしたのは……それこそ気のせいか。

「僕たちは、決して一人では成せない事を成すために、学んでいるのだから。その事を、どうか念頭において、楽しい学校生活にしましょう。以上――在校生代表、レイリック・ハイン」

 静かながらに凛とした強さが滲みでる佇まいに、隣に座った女子生徒が、恍惚のため息を漏らす。
 他にも、同じく新入生が座る区画から似たような色めいたため息があちこちから漏れ聞こえた。

(まあ、強いDom相手なら、Subはそうなっても可笑しくないよな、普通)

 俺だって、ないわけではないけれど。
 あんなに強そうなDomに褒められたら、きっと天にも昇る心地なんだろう。
 まあ、夢みたいなものだし、幻想みたいなものだし、現実じゃないからなと思うと、その妄想じみた考えもすぐに消え去った。
 在校生代表が綺麗なお辞儀をすると、体育館中が拍手に包まれる。俺も一応、拍手はしっかりとしておいた。


 滞りなく入学式が終わると、クラス担任の先生についていって教室へと案内される。
 一クラスはおおよそ二十人程度。それが何クラスかある。
 俺のクラスの先生は藤崎先生といって、少々年代が上の、白髪交じりで顔つきが優しいおじいちゃん― とまではいかないが、オジサンだとちょっと若すぎる年代の ―先生だ。

「この後は、きみたちのルームメイトとなる三年生の先輩が、教室まで迎えに来てくれますからね。それまでの間は、みなさん、緊張せず、ゆっくりと過ごしてください。お隣の席の人と自己紹介をしていても良いですよ」

 おじいちゃん先生は孫でも見る様な優しい目でクラス中を見回した。

(自己紹介ったってな…)

 これから同じ教室で過ごすクラスメイトたちの様子を見てみるが、誰も彼も表情は硬く、中には胸に手を当てて深く息を吐き出している子もいた。
 無理もない。なにせ、同室になる先輩とこれから一年を過ごすということは、その人とこれから一年間、プレイをすることを意味しているんだから。
 兄貴の話じゃ、部屋の組み分けも第二性の傾向に沿ったものになるらしい。
 この『日の岩軍事養成高等学校』の入学願書に、自身の第二性とその傾向を記載する欄があったから、多分、書かれた内容をもとにルームメイトを決めるんだ。
 本当に学校側は、自分の第二性の傾向に合った相手を選んでくれるのだろうか。
 性格に難はないだろうか。
 どんな相手なんだろうか。
 そんな不安でクラス中の空気が緊張に包まれているのだって、おかしくない。
 俺の場合、同室になる人にがっかりされるのがオチだなと思うと、その不安も諦めで消し飛んだけど。
 入試一位通過の魔力器官の持ち主が、第二性の傾向は褒められることが好きなSubだなんて、あまりにも、そう、俺の性格にも見た目にも合っていない。
 兄貴みたいに可愛い顔つきだったなら、魔力器官が強かろうがSubで褒められるのが好きだからと言っても妙にしっくりくるに違いなかったのに。
 Domだって、俺みたいなのより兄貴みたいなタイプの方が好きだろう。
 弟の俺が思うのもなんだが、兄貴が笑った顔は可愛いらしい。
 どうせ褒めて笑ってくれるなら、可愛い方が良いに決まってる。

「……っ、」
「…ん?」

 斜め前の席の子が、顔を青くして小さく震えているのが見えた。
 俺が見た限りその子はSubで、すっかり身が縮こまっている。背中を丸めて、見てすぐにわかるぐらい肩が素早く上下して、随分と、苦しそうだ。

「あー…大丈夫?」
「ひっ?! あ、えっ…あ、…う、うん…だい、じょうぶ…」

 驚かせてしまったようだが、その子は俺を見るとほっとした様に小さく息を吐き出した。
 話しかけてきたのがDomではなくSubだった事で安心したのかもしれない。
 互いにSubである事を認識できるのは、人によってはそれだけで安心感に繋がるらしい。

「けど、あんまり緊張しすぎると、Sub Drop起こすだろ…? あー…あのさ…あんまり、無理しないほうが、良いんじゃ…?」
「う、うん…けど…もうすぐ、お迎えに、来るって言うし…」

 様子を伺うように問いかける俺に返された言葉は、今にも消え入りそうだった。
 茶色い、ふわっとしたショートの髪に、俺よりも幾分か細い体躯をしたクラスメイトは、その辺の女子よりも可愛げがある様に見えた。
 その子の視線が、ちらちらと、何度も教室の扉へと向く。
 ペアとなる先輩が来てくれるのを待っているのか、それとも、その存在がどんな相手かと不安で緊張しているのか。
 俺にはどっちなのかわからないけど、このままSub Dropに陥ってしまえば初めて顔を合わせるDomにCareをされるとことから始まる。
 どんな人なのかもわからない相手に、突然Careを名目にCommandを入れられる事になる。
 そっちの方がしんどいだろうに、どうしてか、クラスメイトは体調が悪いと周りに訴えようとはしない。

「ああ、大丈夫ですか? 永田くん。ケアルームに行きましょう。迎えの生徒には、先生から伝えておきますから」

 俺たちの様子に気付いたおじいちゃん先生が、たいして慌てもせずにゆっくりとした足取りで俺たちに寄ると、優しい、安心させるような声色でSub Drop寸前のクラスメイトに声をかけた。
 永田と呼ばれたクラスメイトはその様子に目を白黒させるも、すぐに、小さく首を横にふる。

「け、けど、あの…」
「入学式で、とても緊張したでしょう? それに、今までに出会ってきた人とは違うお相手に、初めて会う事になる。みんな、一様に緊張するものですから。何も可笑しいことじゃ、ないんだよ」
「っ…あの…僕…」

 見守る様な瞳で永田を見る藤崎先生は、永田にだけではなく、クラス中に言っているようだった。
 DomもSubも関係なく、みんな、初めて家族以外と衣食を共にする事に緊張していたらしい。

「そうそう。先生の言うとおりだよ」

 ふいに、随分と余裕を含んだ声がしてクラスじゅうが声のした方へと視線を向ける。
 さっき体育館で在学生代表の祝辞を述べた『ほぼ真っ白な人』が、赤い髪につんつんヘアの、随分ガタイのいい先輩を連れて廊下に立っていた。

「ああ、もうこんな時間でしたか」
「さあ、迎えに来たよ、新入生諸君。僕たち三年は、ルームメイトの名前を知っているから順番に呼んでいくよ」

 その先輩はおじいちゃん先生に視線を向けて頷き、そして遠慮なく教室に入る。
 隣に立っていた赤い髪の先輩が、真っ先に動き出した。
 その先輩が向かったのは、緊張と不安で目をぐるぐると回している永田のところだ。

「景、迎えに来たぞ」

 ガタイに似合わず、低くも柔らかい声で、永田に、親し気に声をかける。

「あ…臣くん…」
「緊張しただろ。よく頑張ったな。Good boy」
「…あ…う、ん…」

 低くも優しい声と、部外者のSubでも分かるほどに柔らかなCommandを与えてもらって、なんなら頭までその大きな手でそっと撫でられた永田が、ようやくふにゃりと、蕩けたような笑みを浮かべた。
 なんだ、なんだ。俺は何を見せられているんだ。
 目の前の光景はまさに理想のDomとSubの関係性だ。
 優しいDomに、柔らかく、緊張をほぐすように褒められて喜ばないSubが居るなら会ってみたいものだと思うぐらい、理想の光景。
 どうやら二人は知り合いらしい。
 信頼関係も築けていて、きっと、相性だって良いんだろう。
 ああ、なるほどな。この一年間、きっと、こういう場面をたくさん見ることになるんだろう。
 一年もあれば、男子同士だろうが女子同士だろうがある程度信頼は築ける。多分。
 そうして自分たちだけの理想の関係になっていくんだと思うと、俺にはやっぱり縁遠いな、と、緊張の他に理想も合わせて、心の中のゴミ箱にぽいっと捨てた。

「レイ、俺たちは先に行くぞ」
「うんうん、それじゃあ可愛い新入生ちゃんをよろしく」

 永田を立ち上がらせて、臣と呼ばれた先輩はその体躯を活かして永田をおぶる。
 クラスじゅうが、理想の光景に恍惚としたため息を吐き出したり、羨望の眼差しを向けたりながら教室から出て行く二人を見送った。

「二人はねぇ、あれだよ、あれ。…何だったかな…ああそうそう、オサナナってやつなんだよ」

(幼馴染…。だから、ケアルームに行かずに待ってたのか)

 同室が誰なのか、もしかしたら永田は知っていたのかもしれない。

「それじゃあ、新入生諸君、名前呼んでいくよ」

 先輩はにこりと愛想よく笑って、手に持っていたバインダーを開いた。
 名前を呼ばれたクラスメイトたちは次々と、廊下で待っていた三年生に歓迎されて二人で廊下を歩き出す。
 他のクラスでも同じようなものなのか、廊下は三年の先輩であふれ返っていた。
 時々廊下から「あ、ケアルームですね、わかりました」と聞こえてくるから、永田の様に緊張からSub Dropを起こしてしまう新入生は結構居るのかもしれない。
 毎年恒例の事のようで、だからおじいちゃん先生も慌てずに対処をしていたのだろう。
 次々と名前が呼ばれて、教室の中の人口がどんどん減っていく。それに伴って、廊下で待機していた三年の先輩の人数も減っていった。

「じゃあ、最後に──里々春 黒羽くん。きみはこの僕、レイリック・ハインと同室だ。これから一年、よろしく頼むよ」

 『ほぼ真っ白な人』が俺に、柔らかな笑みを向けてくる。
 俺と先輩しか残っている人が居ないとなると、心の準備をする必要もなかった。同室になる事はないだろうなと思っていただけに、意外だなとは思ったが。
 これからこの人と、一年を共に過ごすことになるのか。
 きっと、がっかりされるんだろう。
 兄貴みたいに可愛い容姿ではない俺が、強い魔力器官を持ちながらも実は褒められたいという欲を持っている事に。

「っす。よろしくお願いします」

 軽く頭を下げてから、すっかり三年生の居なくなった廊下を白い先輩と共に歩き出した。
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