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最強魔術師は褒められたい 1
最強魔術師は褒められたい 4
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翌日から、早速授業が始まった。
特別区の育成学校と言っても高校教育を兼ねている学校だ。当然、国語や数学、理科、倫理や歴史、外国語などの、普通の高校で行うような授業も時間割に組まれている。
一時間目は、その一般課程の授業だった。
そして二時間目は、とうとうこの学校ならではの『魔力器官の魔力を用いた授業』に移る。
一般課程の授業を受ける教室とは違い、魔力を用いた授業は通常の教室の三倍の広さがある場所――入試試験を行った、特別棟で行われる。
魔力器官を持って生まれた俺たちは、生まれつき、ある程度の『魔力の型』が決められている。男である、女である、あるいは血液型と同じように、生まれ持った特性というやつだ。
魔力の型には複数種類があり、一般的には武力型、アシスト型、治療型、そして武力型とはまた違った攻撃型なんてものも存在する。
武力型は主に武器を用いた戦いを行うが、アシスト型は、その武力型や攻撃型のアシストが得意だ。
治療型は医療班の様なもので、傷ついた肉体を瞬時に回復させる力がある。
そして見栄えのインパクトが最も強いのが攻撃型だ。
炎や雷、水といった力を使う、一番『魔法めいている』型。
特性といっても、それしか使えないわけではない。
中にはアシスト型と攻撃型を使い分けることが出来るといった、複数の型を使用できる人も存在する。
魔力器官自体は人類全員が持っている器官で、魔力の使い方は中学で習う。国語や数学と同じように、必修科目だ。
つまり、中学で習う初級レベルであれば誰もが使える状態というわけだ。
問題は『魔力器官には強さが存在する』という事。
得手不得手があるように、生まれつき魔力器官が強い人、弱い人が存在する。
この学校に集まる人は、最低でも『人並みよりちょっとは魔力器官が強い』という人たちだろう。
そして、この魔力器官の特性の力は第二性の犯罪に対する任務で必要とされる事が多い。
もちろん一般的な犯罪に対しても有効だが、基本的に、一般的な犯罪は警察が管轄となるため、俺たちが目指す場所はとは対応が異なる。
銃の誤射ではないけど、魔力器官が強すぎる警察官が犯人を捕まえるために魔力を用いた結果、過剰とみなされることもあるみたいだ。
だから警察が対応する事件では、そもそも魔力を用いらないようにしているなんて話も聞いた事がある。
「では、基本的なアシストからやっていきましょう」
特別棟の広い教室で早速始まった授業。
俺の居る『アシスト型』の他、教室の後ろ三分の一では治療型の授業が行われていた。
『武力型』は武器を手にして動く必要があるし、『攻撃型』は水や炎が飛び交う魔法だから特別棟ではなくグラウンドでの授業になるのだと、移動の間際に誰かが話していたっけ。
その後ろ三分の一。振り返ると、ふわふわの薄茶色の髪をした生徒――永田が、随分緊張した面持ちで先生の話を聞いているのが見えた。
昨日、永田は幼馴染の先輩に担がれるかたちで教室を出たが、少しは回復したらしい。
「それでは――里々春くん」
「え、はい」
慌てて前を向くと、担当の先生― たしか、本井先生とか言ってた ―が、額に青筋を立てて俺に目を向けていた。
よそ見をしていたのがバレたようで、俺は慌てて居住まいを正す。
「入試の時にやった魔法は何か覚えていますか?」
「シールドです」
「では、シールドを先生にかけてみてください」
「え? …はあ…はい」
アシスト魔法のうちの一つ、シールド。
本来であれば、ペアを組む武力型や攻撃型なんかの、チームの主戦力を担う人にかける魔法だ。
特に、武力型は扱う武器によっては犯人との超至近距離での対峙が想定される。相手が魔力を使ったり、あるいは物理的な反撃に打って出る事も、もちろん同じように想定される。
シールドは、そういった時に使う防御特化のアシスト魔法だ。
よくあるRPGゲームで言うところの、防御力を上げる魔法だったり、タンクの役割。それで、主戦力のアタッカーを守ることが出きるやつ。
シールド自体は中学の課程で習う魔法で、本井先生は、学んでもいない魔法を使えと言っているわけじゃない。
随分簡単な事を言い出すなと思いながらも席を立って教室の前に移動し、観察する様な視線を俺に向けている本井先生の横に立つと、教卓一つ分の間合いを取る。
それから、頭の中で大きな三叉路をイメージした。
その三叉路には赤、青、緑の扉がそれぞれ道の終着点にある。アシスト型の魔法が発動できる緑色の扉をほんの少しだけ開けるのには、一秒も要らなかった。
足元には緑の魔法陣が浮かび上がり、本井先生の体が魔法陣と同じ緑色に一瞬だけ包まれた。
「――どうですか?」
「…凄いわね…。コントロールも的確で、放出する魔力量も少なすぎず多すぎず…。さすがだわ」
「ありがとうございます」
軽くお辞儀をしてから、自分がもといた席へ戻る。
『さすが』というのは褒められているんだろうか。それとも『まあ、この程度は出来て当然ね』という意味合いなんだろうか。
考えたが、こんな考え事は無意味だと軽く頭を振って、頭の中から追い出した。授業に集中しないと、また先生に注意される。
「それじゃあ、ペアになって練習しましょう。隣の席の子とペアを組んで」
隣の席のやつ…。クラスメイトの事はまだ覚えていないが、多分、見た事のない顔だ。
「よろしく」
「おう、よろしくな!」
こちらの挨拶に、隣の男子生徒は爽やかな笑顔を俺に向けた。
人当たりは悪くなさそうだ。ビビッドグリーンのピアスをした男子生徒。DomでもSubでもなさそうで、恐らく彼は、Neutralだろう。
制服のブレザーに刺さっているネームプレートには『田島』と印字されていた。
「おまえ、確か入試一位だったんだろ? 二年に兄貴がいるって」
「…ああ、まあ…」
そんな情報、いったいどこで聞いたんだろうか。
兄貴のことはともかく、入試通過の事まで。随分と耳が早い。
曖昧に返事をする俺に、田島は「お前レベルなら、それぐらい出来て当然だよな」と口にして、さして悪気もなさそうに、ただの興味本位であるかの様に、俺に爛々とした目を向けてくる。
(出来て当然…。まあ、この魔力器官の強さならそうかもしれないけどさ…。それでもやっぱ、褒められないのは、ちょっとな…)
田島は俺がSubだって事に気が付いていないだろうから、なんてことない会話のつもりなんだろう。
でも、『出来て当然』なんて言われるのは、やっぱり寂しいような、満たされない様な、心の中が埋まらないような感覚だ。かす、かすっと、風が通り抜けられそうな小さな穴が幾つも空いているみたいに。
そんな感情を隠すように、俺は、平静を装った。
「そうかもしれない。けど、基礎はしっかり固めとかないとな」
「やっぱ出来るやつは言う事違うぜ!」
田島はからっとした笑顔で「俺も見習いて~!」と、これまた底抜けに明るく言い放つ。
妬みでもなんでもなく、ただ本当に、俺ぐらいに魔力器官が強い人間なら出来て当然であると感じているんだろう。
「じゃ、やろうか」
これ以上話していても、周りとの違いを感じさせられるだけだ。
早くこの時間を切り上げたくて、既に席を立ち始めた周りと同じ様に席を立って、シールドの魔法を使う準備をした。
最初の魔力器官の授業を終えて特別教室を出ると、あっという間に廊下に生徒が溢れかえった。
次の授業を行う一般教室のある棟へと移動するため俺も廊下へと出たが、なかなか前に進むことが出来ない。
これはもう少し、時間をずらして教室を出るべきだったようだ。
「あ――り、里々春くん…」
「んあ?」
随分弱々し気な声で呼ばれて振り返ると、小さく震えながら俺を見ている永田がいた。
俺よりも頭一つ分くらい背の小さい永田は、俺の目を見て話そうとすると自然と上目遣いみたいになる。その小ささといい、震え方といい、まるで小動物のようだ。
「あ、あの…昨日は、あの…」
「ああ、大丈夫だったか? あの後」
「あ、う、うん、大丈夫…。臣くんにCareしてもらったから…。心配してくれて、ありがとう」
一気に緊張が解けたようにふんわりと微笑む永田は、兄貴とはまた違ったタイプの可愛らしさがある。
「俺の同室の先輩が、オサナナとか言ってたけど…」
どうせ進行方向も一緒なのだからと並んで一般棟へ移動する道すがら、二人について聞いてみることにした。
「…おさ、なな?」
「幼馴染って事だと思う」
「あ、うん…。小さい頃から、一緒に居て…。その、よく、僕を守ってくれて…」
「そっか。じゃあ同室になれて、安心だな」
「うん。良かった、本当に…」
あの赤髪の先輩の事を語る永田の表情は、昨日、がちがちに緊張して具合が悪そうにしていたのが嘘のように柔らかい。頬まで赤くして、容姿に似合う可愛らしい雰囲気があった。
男にしては少し小さめの背に、柔らかい輪郭もあって、まるで、昔の純文学にでも出てきそうな恋するお嬢さんみたいだ。
…あんまり純文学読んだことないから詳しくは知らないけど。
「里々春くんは、さっきの授業、活躍してたね」
「活躍って程でもないって」
「アシスト魔法の授業を受けてた子たちの声が聞こえてきて…。すごなぁ…。僕も、アシスト魔法がちゃんと使えたら良いんだけどな」
「永田は治療型だろ?」
「うん。アシスト魔法も、使えなくはないんだけど――」
その続きの言葉を聞き取ることは出来なかった。
永田を見ればもにょもにょと口を動かしてはいるが、一人で顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いた。
治療型が治療魔法を使えるのは当然だし、アシスト魔法の基礎部分以上の事が出来ないのも自然なことだ。何もおかしなことでない。
アシスト魔法が使えないことを恥じて俯いたのかと思ったが、途中から「お、臣くんにも…使いたい、な…」なんて言葉がぽそっと聞こえて来たので、俺が考えている事と、実際に永田が考えていたことは全く違うようだった。
ゆっくりと流れる人の波を越えて、ようやく俺と永田は教室の前までたどり着くことが出来た。
次は一般課程の授業で、時計に目をやれば、あと三分ほどで授業が始まるようだ。
移動だけで小休憩終わるとかえげつない。違うルートを探すか、人の波が去るのをいっそ特別棟で待ってから出るとか、何かしら対策しないとだ。
「おい見ろよ! 三年が武力型の授業やってるぜ!」
誰かが、教室の窓に張り付いて言った。
「え、みるみる!」
「私もー!」
三年の武力型の授業という言葉に、窓際に人がわんさか集まってくる。その中には永田の姿もあった。
窓に張り付かずに残っているのは、アシスト型の授業を受けていたメンツがほとんどだ。
ルームメイトである先輩は、第二性の欲求不満解消のために行うプレイにおいてのパートナーであると同時に、この一年、魔力器官を使った実践訓練をしていくペア― あるいは三人一組のチーム ―ともなる。
だが、アシスト型よりも『見て立ち回りを覚える』ことが重要な武力型の生徒が、たとえルームメイト以外の先輩の動きであっても気にするのは、当たり前と言えば当たり前だ。
あわよくば、自分が使っている武器と似たような特徴の武器を扱っている先輩から技を盗むとか考えてるんだろう。
(そういえば、入試試験の時には後ろからしか動きが見えなかったけど、普段、どんな感じの動き方してんだろう…)
昨日は互いの好きなものや傾向を話して一日が終わってしまったから、本来の目的である『養成学校の実践訓練に伴った話』をまるでしていないことに気が付いた。
入試の実践訓練だけでは、あの『ほぼ真っ白』な先輩が普段どんな戦い方をするのか分からない。
これはチームを組んでアシストする俺にとってはせっかくのチャンスというやつなのかもしれないと、俺も席を立ち、窓辺に張り付く生徒に混じった永田の隣に立つ。
永田は「…臣くん…すごい…」と、まるで恋する乙女の様に頬を染めて蕩けた表情をしていた。
赤髪は目立つから、永田の『オサナナ』はすぐに見つかった。
永田のオサナナ先輩からかなり離れた場所に、白い頭を見つけた。他の生徒よりも背が高いのがよく分かる。永田のオサナナ先輩と、身長は同じくらいだろうか。
永田のオサナナ先輩は長い槍を器用に振り回していく。対して先輩の手にはサーベルが握られていた。
遠目だとざっくりとした事しかわからないが、それでも、動きを観察して、どんな戦術を使うのかを見るには十分だ。
先輩が訓練相手に向かって強く踏み出すと、相手は持ち武器らしい弓を構えて矢を放つ。
武力型の矢は魔力で追尾弾となって先輩を追跡するが、先輩はサーベルで矢を払うと、そのまま相手に突っ込んで頭突きをする──ふりをした。
「え…」
(サーベル持ってんのに、得意な間合いじゃなくて頭突き…? 魔力を通してんのはサーベルだろ…?)
魔力を通していない肉体で勝負をしようなんて、だいぶ規格外だ。サーベルで戦った方が間合いが取れて肉体も傷つきにくいうえに、殺傷能力だって高いのに。
なぜ、敢えて肉弾戦の様な動きを見せるのだろうか。
(ちょっと、俺にはわからないな…)
「こらー、もう授業始まるぞ、席につけー」
開けっ放しだった教室の扉の向こうから若い男の先生が入ってきて、怠そうに俺たちに声をかける。
俺たちは、まるで蜘蛛の子を散らす様に窓から離れると各々自分の席について授業の準備を始めたけど、俺は授業中、ずっと、先輩がとった不可解な動きについて考え続けることになった。
特別区の育成学校と言っても高校教育を兼ねている学校だ。当然、国語や数学、理科、倫理や歴史、外国語などの、普通の高校で行うような授業も時間割に組まれている。
一時間目は、その一般課程の授業だった。
そして二時間目は、とうとうこの学校ならではの『魔力器官の魔力を用いた授業』に移る。
一般課程の授業を受ける教室とは違い、魔力を用いた授業は通常の教室の三倍の広さがある場所――入試試験を行った、特別棟で行われる。
魔力器官を持って生まれた俺たちは、生まれつき、ある程度の『魔力の型』が決められている。男である、女である、あるいは血液型と同じように、生まれ持った特性というやつだ。
魔力の型には複数種類があり、一般的には武力型、アシスト型、治療型、そして武力型とはまた違った攻撃型なんてものも存在する。
武力型は主に武器を用いた戦いを行うが、アシスト型は、その武力型や攻撃型のアシストが得意だ。
治療型は医療班の様なもので、傷ついた肉体を瞬時に回復させる力がある。
そして見栄えのインパクトが最も強いのが攻撃型だ。
炎や雷、水といった力を使う、一番『魔法めいている』型。
特性といっても、それしか使えないわけではない。
中にはアシスト型と攻撃型を使い分けることが出来るといった、複数の型を使用できる人も存在する。
魔力器官自体は人類全員が持っている器官で、魔力の使い方は中学で習う。国語や数学と同じように、必修科目だ。
つまり、中学で習う初級レベルであれば誰もが使える状態というわけだ。
問題は『魔力器官には強さが存在する』という事。
得手不得手があるように、生まれつき魔力器官が強い人、弱い人が存在する。
この学校に集まる人は、最低でも『人並みよりちょっとは魔力器官が強い』という人たちだろう。
そして、この魔力器官の特性の力は第二性の犯罪に対する任務で必要とされる事が多い。
もちろん一般的な犯罪に対しても有効だが、基本的に、一般的な犯罪は警察が管轄となるため、俺たちが目指す場所はとは対応が異なる。
銃の誤射ではないけど、魔力器官が強すぎる警察官が犯人を捕まえるために魔力を用いた結果、過剰とみなされることもあるみたいだ。
だから警察が対応する事件では、そもそも魔力を用いらないようにしているなんて話も聞いた事がある。
「では、基本的なアシストからやっていきましょう」
特別棟の広い教室で早速始まった授業。
俺の居る『アシスト型』の他、教室の後ろ三分の一では治療型の授業が行われていた。
『武力型』は武器を手にして動く必要があるし、『攻撃型』は水や炎が飛び交う魔法だから特別棟ではなくグラウンドでの授業になるのだと、移動の間際に誰かが話していたっけ。
その後ろ三分の一。振り返ると、ふわふわの薄茶色の髪をした生徒――永田が、随分緊張した面持ちで先生の話を聞いているのが見えた。
昨日、永田は幼馴染の先輩に担がれるかたちで教室を出たが、少しは回復したらしい。
「それでは――里々春くん」
「え、はい」
慌てて前を向くと、担当の先生― たしか、本井先生とか言ってた ―が、額に青筋を立てて俺に目を向けていた。
よそ見をしていたのがバレたようで、俺は慌てて居住まいを正す。
「入試の時にやった魔法は何か覚えていますか?」
「シールドです」
「では、シールドを先生にかけてみてください」
「え? …はあ…はい」
アシスト魔法のうちの一つ、シールド。
本来であれば、ペアを組む武力型や攻撃型なんかの、チームの主戦力を担う人にかける魔法だ。
特に、武力型は扱う武器によっては犯人との超至近距離での対峙が想定される。相手が魔力を使ったり、あるいは物理的な反撃に打って出る事も、もちろん同じように想定される。
シールドは、そういった時に使う防御特化のアシスト魔法だ。
よくあるRPGゲームで言うところの、防御力を上げる魔法だったり、タンクの役割。それで、主戦力のアタッカーを守ることが出きるやつ。
シールド自体は中学の課程で習う魔法で、本井先生は、学んでもいない魔法を使えと言っているわけじゃない。
随分簡単な事を言い出すなと思いながらも席を立って教室の前に移動し、観察する様な視線を俺に向けている本井先生の横に立つと、教卓一つ分の間合いを取る。
それから、頭の中で大きな三叉路をイメージした。
その三叉路には赤、青、緑の扉がそれぞれ道の終着点にある。アシスト型の魔法が発動できる緑色の扉をほんの少しだけ開けるのには、一秒も要らなかった。
足元には緑の魔法陣が浮かび上がり、本井先生の体が魔法陣と同じ緑色に一瞬だけ包まれた。
「――どうですか?」
「…凄いわね…。コントロールも的確で、放出する魔力量も少なすぎず多すぎず…。さすがだわ」
「ありがとうございます」
軽くお辞儀をしてから、自分がもといた席へ戻る。
『さすが』というのは褒められているんだろうか。それとも『まあ、この程度は出来て当然ね』という意味合いなんだろうか。
考えたが、こんな考え事は無意味だと軽く頭を振って、頭の中から追い出した。授業に集中しないと、また先生に注意される。
「それじゃあ、ペアになって練習しましょう。隣の席の子とペアを組んで」
隣の席のやつ…。クラスメイトの事はまだ覚えていないが、多分、見た事のない顔だ。
「よろしく」
「おう、よろしくな!」
こちらの挨拶に、隣の男子生徒は爽やかな笑顔を俺に向けた。
人当たりは悪くなさそうだ。ビビッドグリーンのピアスをした男子生徒。DomでもSubでもなさそうで、恐らく彼は、Neutralだろう。
制服のブレザーに刺さっているネームプレートには『田島』と印字されていた。
「おまえ、確か入試一位だったんだろ? 二年に兄貴がいるって」
「…ああ、まあ…」
そんな情報、いったいどこで聞いたんだろうか。
兄貴のことはともかく、入試通過の事まで。随分と耳が早い。
曖昧に返事をする俺に、田島は「お前レベルなら、それぐらい出来て当然だよな」と口にして、さして悪気もなさそうに、ただの興味本位であるかの様に、俺に爛々とした目を向けてくる。
(出来て当然…。まあ、この魔力器官の強さならそうかもしれないけどさ…。それでもやっぱ、褒められないのは、ちょっとな…)
田島は俺がSubだって事に気が付いていないだろうから、なんてことない会話のつもりなんだろう。
でも、『出来て当然』なんて言われるのは、やっぱり寂しいような、満たされない様な、心の中が埋まらないような感覚だ。かす、かすっと、風が通り抜けられそうな小さな穴が幾つも空いているみたいに。
そんな感情を隠すように、俺は、平静を装った。
「そうかもしれない。けど、基礎はしっかり固めとかないとな」
「やっぱ出来るやつは言う事違うぜ!」
田島はからっとした笑顔で「俺も見習いて~!」と、これまた底抜けに明るく言い放つ。
妬みでもなんでもなく、ただ本当に、俺ぐらいに魔力器官が強い人間なら出来て当然であると感じているんだろう。
「じゃ、やろうか」
これ以上話していても、周りとの違いを感じさせられるだけだ。
早くこの時間を切り上げたくて、既に席を立ち始めた周りと同じ様に席を立って、シールドの魔法を使う準備をした。
最初の魔力器官の授業を終えて特別教室を出ると、あっという間に廊下に生徒が溢れかえった。
次の授業を行う一般教室のある棟へと移動するため俺も廊下へと出たが、なかなか前に進むことが出来ない。
これはもう少し、時間をずらして教室を出るべきだったようだ。
「あ――り、里々春くん…」
「んあ?」
随分弱々し気な声で呼ばれて振り返ると、小さく震えながら俺を見ている永田がいた。
俺よりも頭一つ分くらい背の小さい永田は、俺の目を見て話そうとすると自然と上目遣いみたいになる。その小ささといい、震え方といい、まるで小動物のようだ。
「あ、あの…昨日は、あの…」
「ああ、大丈夫だったか? あの後」
「あ、う、うん、大丈夫…。臣くんにCareしてもらったから…。心配してくれて、ありがとう」
一気に緊張が解けたようにふんわりと微笑む永田は、兄貴とはまた違ったタイプの可愛らしさがある。
「俺の同室の先輩が、オサナナとか言ってたけど…」
どうせ進行方向も一緒なのだからと並んで一般棟へ移動する道すがら、二人について聞いてみることにした。
「…おさ、なな?」
「幼馴染って事だと思う」
「あ、うん…。小さい頃から、一緒に居て…。その、よく、僕を守ってくれて…」
「そっか。じゃあ同室になれて、安心だな」
「うん。良かった、本当に…」
あの赤髪の先輩の事を語る永田の表情は、昨日、がちがちに緊張して具合が悪そうにしていたのが嘘のように柔らかい。頬まで赤くして、容姿に似合う可愛らしい雰囲気があった。
男にしては少し小さめの背に、柔らかい輪郭もあって、まるで、昔の純文学にでも出てきそうな恋するお嬢さんみたいだ。
…あんまり純文学読んだことないから詳しくは知らないけど。
「里々春くんは、さっきの授業、活躍してたね」
「活躍って程でもないって」
「アシスト魔法の授業を受けてた子たちの声が聞こえてきて…。すごなぁ…。僕も、アシスト魔法がちゃんと使えたら良いんだけどな」
「永田は治療型だろ?」
「うん。アシスト魔法も、使えなくはないんだけど――」
その続きの言葉を聞き取ることは出来なかった。
永田を見ればもにょもにょと口を動かしてはいるが、一人で顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いた。
治療型が治療魔法を使えるのは当然だし、アシスト魔法の基礎部分以上の事が出来ないのも自然なことだ。何もおかしなことでない。
アシスト魔法が使えないことを恥じて俯いたのかと思ったが、途中から「お、臣くんにも…使いたい、な…」なんて言葉がぽそっと聞こえて来たので、俺が考えている事と、実際に永田が考えていたことは全く違うようだった。
ゆっくりと流れる人の波を越えて、ようやく俺と永田は教室の前までたどり着くことが出来た。
次は一般課程の授業で、時計に目をやれば、あと三分ほどで授業が始まるようだ。
移動だけで小休憩終わるとかえげつない。違うルートを探すか、人の波が去るのをいっそ特別棟で待ってから出るとか、何かしら対策しないとだ。
「おい見ろよ! 三年が武力型の授業やってるぜ!」
誰かが、教室の窓に張り付いて言った。
「え、みるみる!」
「私もー!」
三年の武力型の授業という言葉に、窓際に人がわんさか集まってくる。その中には永田の姿もあった。
窓に張り付かずに残っているのは、アシスト型の授業を受けていたメンツがほとんどだ。
ルームメイトである先輩は、第二性の欲求不満解消のために行うプレイにおいてのパートナーであると同時に、この一年、魔力器官を使った実践訓練をしていくペア― あるいは三人一組のチーム ―ともなる。
だが、アシスト型よりも『見て立ち回りを覚える』ことが重要な武力型の生徒が、たとえルームメイト以外の先輩の動きであっても気にするのは、当たり前と言えば当たり前だ。
あわよくば、自分が使っている武器と似たような特徴の武器を扱っている先輩から技を盗むとか考えてるんだろう。
(そういえば、入試試験の時には後ろからしか動きが見えなかったけど、普段、どんな感じの動き方してんだろう…)
昨日は互いの好きなものや傾向を話して一日が終わってしまったから、本来の目的である『養成学校の実践訓練に伴った話』をまるでしていないことに気が付いた。
入試の実践訓練だけでは、あの『ほぼ真っ白』な先輩が普段どんな戦い方をするのか分からない。
これはチームを組んでアシストする俺にとってはせっかくのチャンスというやつなのかもしれないと、俺も席を立ち、窓辺に張り付く生徒に混じった永田の隣に立つ。
永田は「…臣くん…すごい…」と、まるで恋する乙女の様に頬を染めて蕩けた表情をしていた。
赤髪は目立つから、永田の『オサナナ』はすぐに見つかった。
永田のオサナナ先輩からかなり離れた場所に、白い頭を見つけた。他の生徒よりも背が高いのがよく分かる。永田のオサナナ先輩と、身長は同じくらいだろうか。
永田のオサナナ先輩は長い槍を器用に振り回していく。対して先輩の手にはサーベルが握られていた。
遠目だとざっくりとした事しかわからないが、それでも、動きを観察して、どんな戦術を使うのかを見るには十分だ。
先輩が訓練相手に向かって強く踏み出すと、相手は持ち武器らしい弓を構えて矢を放つ。
武力型の矢は魔力で追尾弾となって先輩を追跡するが、先輩はサーベルで矢を払うと、そのまま相手に突っ込んで頭突きをする──ふりをした。
「え…」
(サーベル持ってんのに、得意な間合いじゃなくて頭突き…? 魔力を通してんのはサーベルだろ…?)
魔力を通していない肉体で勝負をしようなんて、だいぶ規格外だ。サーベルで戦った方が間合いが取れて肉体も傷つきにくいうえに、殺傷能力だって高いのに。
なぜ、敢えて肉弾戦の様な動きを見せるのだろうか。
(ちょっと、俺にはわからないな…)
「こらー、もう授業始まるぞ、席につけー」
開けっ放しだった教室の扉の向こうから若い男の先生が入ってきて、怠そうに俺たちに声をかける。
俺たちは、まるで蜘蛛の子を散らす様に窓から離れると各々自分の席について授業の準備を始めたけど、俺は授業中、ずっと、先輩がとった不可解な動きについて考え続けることになった。
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