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ネコが家出した
しおりを挟む螢介は気にしていなかったが、雪里少年は頭をさげてばかりいた。
「ほんとうに申しわけありませんでした。父と母を救ってくださり、ありがとうございます」
「もういいってば。おれより、十翼の連中に感謝したほうが正解だと思うし、」
実際、邪悪なタマシイと亡人を退治したのは地估で、螢介のしたことは聞書くらいである。それさえも、亭主の力に影響をうけてのことであり、雪里に感謝されても、なんとなく気まずい。「これを、お返しします」淡青の傘をうけとった螢介は、「雪里が、ユッくんだったンだな」といって笑った。
「あの日、ぼくは川で溺れて死ぬ螢介さんのタマシイを、母の食糧として、持って帰ろうとしたんです。ですが、さくやさんがあらわれて、黒い傘をあたなへさしだした。もう、螢介さんのタマシイは、ぼくには見えなくなってしまい、あきらめました。……それからしばらく、悪霊みたいな父のほうをなんとかできないかと思って、事故現場に何度も足を運びましたが、父は、ぼくまで轢き殺そうとしました。そうしたら、あのひとが黒い傘をさして歩いていて……」
「雪里、無理に話さなくていいぞ。おれのなかでは、もう解決してる件だ」
「……す、すみません、こんな話、聞きたくないですよね」
「それもちがう。解釈ってのは人それぞれでいいと思うけど、今回だけは譲れない。はっきり云っておく。おれは雪里を恨んでねぇし、過去が知りたい人物はほかにいる。だから、もうひきずるな。現実をしっかり生きてくれ」
やや突き放すような口ぶりだが、雪里少年は涙を浮かべて「ありがとうございます」と頭をさげ、「これからもお世話になります」といって、笑顔をつくってみせた。……ああ、そうか。こいつも、先生にタマシイをつかんでもらったから、ここにいるのか?
「ああ、よろしくな」
螢介は、雪里と握手をして別れた。番傘をさして帰る少年の足どりは軽い。生まれた時代は異なるが、近しい年齢につき、友人としての交流を予感させる。死に直面したさい、亭主があらわれた境遇も似ていた。螢介は「ふう」と息を吐くと、軒下の飯茶碗へ目をとめた。丸一日、ネコの姿を見ていない。
「雨がふってるのに、どこをふらついてンだ、あいつ……」
ふと、雨宿りをする斑猫の存在を意識して、「おまえ、いつからそこに」と、つぶやいた。ネコよりも、ひとまわり大きなからだをしている。……雄っぽいな。野良猫か?
「おいで。そこはぬれるだろう」
口にしてから、ネコを呼んだときと記憶が重なり、螢介はハッとした。……まさか、こいつもただの猫じゃない? 内心あせったが、斑猫はトコトコ歩み寄り螢介の足もとで、ニャアと、ひと声鳴いた。
「おまえ、野良猫か? それとも……、いや、待て待て。おれの考え方がおかしくなってるな。猫は猫だ。そうだよな?」
しゃがんで斑猫の頭を撫でる螢介は、わずかなあいだに思考が現実離れしてきたじぶんを諫めると、「おいで。なにか食べさせてやるよ」といって、斑猫を抱きあげた。おしりにふたつの玉がついていたので、雄だと判明する。
「よしよし、おとなしいな、おまえ。まずは足を洗うからな」
泥水で汚れた足を風呂場で洗い流してから台所へ連れていくと、斑猫は螢介の腕から飛びおりて、床に置いてあるネコ用の茶碗へ鼻を近づけた。においを確認しているのだろうと思い、螢介は気にとめなかった。炊飯器の白米を皿に盛りつけ、かつおぶしをふりかけてコトッと床に置く。斑猫は警戒するようすもなく食べ、ニャアと、満足そうに鳴いた。
「おまえ、名前はあるのか? おれは天蔵螢介だ。先生に云って、おまえをここで飼ってやれたらいいのにな」
螢介は犬好きだが、なぜか猫との縁が深い。斑猫の態度はおとなしく、愛嬌のある顔をしている。雨のなかを追いはらうのは気がひけた。
〘つづく〙
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