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第一部
原罪の箱庭⑼
しおりを挟むアセビがクオンと戯れ合っている頃、リヤンムスカは中庭に佇んでいた。側近の老人から、手筈どおりに事を処理したと告げられると、微かに目を細めた。
リヤンムスカとクオンの関係は、異母兄弟である。父親は無骨だが聡明な男で、三人の女性を愛した。その内にふたりが身籠り、同じ年に男児を出産した。ところが、リヤンとクオンが8歳の時、父親のみならず母親まで熱病に罹り、あっけなく逝った。残された三人目の女性には子どもができなかったので、幼いふたりを代わりに育てた。
「……母上」
リヤンムスカは、寒空の下で幼少期を思いだしていた。クオンと共に過ごした地は、首都から遠く離れており、現在は帝国の軍事拠点として兵士を配置してある。24もの小国を支配するムスカリ帝国の皇帝は、おおいなる野望を隠し持っていた。
「陛下、ここは冷えます。正殿へ参りましょう」
「……ああ。……恩女はどうしている」
「先程、クオンさまが紫寝殿へ向かわれるのを見かけましたので、朝食の時間かと」
「そうか。……恩女の世話役に青寝殿の童子をひとり付けておけ。日々のようすを記録させよ」
「御意」
青寝殿とは、透廊のない独立した建物で、妊婦が隔離されている。男子禁制の場所だが、15歳以下の少年が雑用として働いていた。側近の老人は、青寝殿の女官に皇帝の指示を伝え、午後にはアセビの元へひとりの少年がやってきた。
「初めまして、恩女さま。ぼくはシルキと申します。リュンヌさまのお世話を精一杯いたしますので、よろしくお願いします」
〈シルキ・ロズダー〉は、10歳になったばかりの少年である。ふだんは妊婦に寄り添って体調を見まもっていたが、アセビの世話役へ移動となった。クオンのように詳しい医学の知識は持たないが、青寝殿での経験上、身体作用の一部を承知している少年だ。
「シルキ、おまえはまだ子どもではないか。いつから皇宮に仕えているのだ」
「生まれた時よりずっとです」
アセビは一瞬、皇帝の残忍さに虫唾が走った。幼い童子を扱き使うとは、無慈悲にも程がある。この時代、成人の年齢は男女共に16歳とされた。地方や部族によって異なっていたが、ムスカリ帝国が新たに定めた法であり、判別の基準となっている。
「早速ですがリュンヌさま、いくつか質問に答えてください。ぼくは、恩女さまの健康に気を配る必要があるため、日々の体調を記そうと思います。とくに、月のものはしっかり管理しないと病気の原因になります」
シルキは、持参した巻物を床へびらッとひらくと、墨壺と筆を脇においた。短い黒髪に大きな目をした小柄な少年は、じっと、アセビを見つめてくる。
(なるほど、油断した。シルキは幼くとも皇帝の手下か……)
✓つづく
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