月冴ゆる離宮

み馬下諒

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第二部

花咲く果実⑻

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「うぉーい、シルキ。扉を開けてくれ」

「あっ、クオンさんが戻ってきた!」

 皇宮の衣装部屋から紫寝殿ししんでんへ戻ってきたクオンは、両手に荷物をかかえていた。化粧箱をテーブルにおくと、寝台の上に豪勢な衣装をバサッとひろげる。

「こんな派手な衣服ころもを着るのか?」

 金色の上衣うわぎを手にしてアセビが目を丸くすると、クオンは「専用の下着もあるぜ」と茶化してくる。シルキも手伝いを申しでたが、丁重に断った。

「おまえは廊下にいてくれ。着付きつけ役はクオンひとりでいい」

「では、ぼくは外にいます。なにか手伝えることがあれば呼んでください」

 シルキが扉を閉めると、アセビはクオンに「それはなんだ」とたずねた。医官は手に、物騒なものを持っている。

「これは貞操帯ていそうたいといって、女性器を閉鎖する施錠せじょう装置つきの下着だ」

 貞操帯とは、性交渉や自慰を防ぐために股間に身につける器具である。複雑な構造の錠前じょうまえで開閉する仕掛けになっていた。

「そんなものを用意して、どうする気だ?」

「どうするもなにも、おまえさんに装着するに決まってるだろ。すぐに慣れるさ。それに、貞操帯こいつは皇帝の配慮だ。ありがたく身につけとけ」

「配慮? なぜ、そうなるのだ!? ……わっ、よせっ、やめぬか!」

「おとなしくしろ。寵主のためだ」

 じたばたするアセビを椅子に座らせたクオンは、おびゆるめて下着のひもほどくと、恥ずかしがる寵主をよそに貞操帯を装着し、きわどい位置にある鍵穴を施錠せじょうした。以降、アセビが自分の意思で取り外すことはできない。尿意をもよおした場合、クオンによる解錠が必要となった。

「し、信じられぬ……。これほどわたしにみじめな思いをさせるとは……」
「乳房につける金具もあるが、おまえさんのは小さいから必要ないか」
「ふざけるな!」
「そう邪険にするなよ。おれとおまえさんの仲だろ」
「どんな仲だ。むっつりスケベめ!」
「否定はしないさ」

 股のあいだから顔をあげたクオンは、誕生祭に向けての着付けを始めた。クオンの表情が普段より真剣に見えるため、アセビは次第に不安になった。すると、おもむろに正面から抱擁ほうようされ、不覚にも胸がドキドキと高鳴った。

「クオン、なんの真似だ?」

「……リュンヌ、おまえが何者なにもので、誰を愛していようが構わない。だが、おまえは、どこにいてもムスカリ帝国の国母こくぼだということを忘れるな」

「……いったい、なんの話だ」

 クオンから口づけを受けたアセビは、抵抗できず吐息を呑み込んだ。貞操帯がなければ見境をなくしていたふたりは、ひそかに安堵した。

(わたしが愛しているのは、誰だ……? エリファスさまへの思いは、忠誠心によるもの。だから、わたしが愛しているのは……、本当に愛したいのは……)

 クオンと接吻に及びながら、アセビはリヤンの顔を思い浮かべた。

(……リヤンムスカ・ジャウ。グレンの父で、わたしの夫で、この国の皇帝。……わたしは、あの男を愛するべきなのか……)

 気持ちの整理がつかないまま、クオンに赤化粧をされたアセビは、誕生祭の広間へ向かった。


✓つづく
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