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第二部
花咲く果実⑽
しおりを挟む事件が起きたのは、誕生祭のあとだった。賑やかな宴会は夕刻まで続き、疲れて眠ってしまったグレンハイトは、ヒルダによって寝所に運ばれた。アセビも退屈な演奏を聞くうちに疲労を感じ、臣下と酒杯を酌み交わす皇帝と付き添う皇后に挨拶すると、クオンと共に退場した。
「リュンヌ、先に行ってろ」
透廊の途中で立ちどまったクオンは、背後を気にして云う。薄暗くなった大王殿に人影は少なく、点在する石燈籠に灯る蝋燭の火は、チラチラと風に揺れていた。
「クオン? どうしたのだ」
「いいから先に戻っていろ」
険しい横顔を見せる医官は、紫寝殿までアセビを送り届ける前に、その場から離れていく。なにやら物々しい雰囲気を察したアセビは、女騎士としての勘が働き、すぐさまクオンを追いかけた。
「クオンよ、何処だ?」
正殿より奥に進んだことのないアセビは、中庭に出たところで覆面姿の連中に囲まれた。
「な、何者だ!」
「リュンヌ・ギアだな。騒いだら殺す。おとなしく我々と来い」
(刺客!? ここは皇宮のド真ん中だぞ!?)
つまり、内部の人間が手引きしなければ、そう簡単に待ち伏せることはできない。覆面姿の連中は、短剣をちらつかせてアセビを北舍の裏まで歩かせると、数人がかりで衣服を取り払った。
(……な、なんなのだ、こやつらは! ……わたしを殺す気ならば、中庭でさっさと切ればよいものを、なぜ、わざわざ裸身にする必要が!?)
「おい、見ろよ。なんだ、こりゃ」
「これは……、もしや、貞操帯ではないか」
「なに? 性交渉を不可能にする鍵付きの下着か」
「ど、どうする? このままでは何もできないぞ」
「ふん、こんなもの、引きちぎってやる」
覆面のひとりが短剣で鍵穴を壊そうとしたが、アセビの頭突きを喰らって吹き飛んだ。
「この女がァ! 死にてぇのか!」
地面に押し倒され、手足を摑まれていたが、声をあげることはできた。
「おぬしらこそ、寵主に手をだすとはいい度胸だ! 女だからといって軽んじるでないぞ!」
腕力を発揮して、覆面を振り切ったアセビの視界に、見知った顔の男が映り込んだ。
✓つづく
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