月冴ゆる離宮

み馬

文字の大きさ
上 下
30 / 66
第二部

花咲く果実⑽

しおりを挟む

 事件が起きたのは、誕生祭のあとだった。にぎやかな宴会は夕刻まで続き、疲れて眠ってしまったグレンハイトは、ヒルダによって寝所に運ばれた。アセビも退屈な演奏を聞くうちに疲労を感じ、臣下と酒杯をみ交わす皇帝と付き添う皇后に挨拶すると、クオンと共に退場した。

「リュンヌ、先に行ってろ」

 透廊すいろうの途中で立ちどまったクオンは、背後を気にして云う。薄暗くなった大王殿に人影は少なく、点在てんざいする石燈籠いしどうろうともる蝋燭の火は、チラチラと風に揺れていた。

「クオン? どうしたのだ」

「いいから先に戻っていろ」

 けわしい横顔を見せる医官は、紫寝殿ししんでんまでアセビを送り届ける前に、その場から離れていく。なにやら物々しい雰囲気を察したアセビは、女騎士としての勘が働き、すぐさまクオンを追いかけた。

「クオンよ、何処どこだ?」

 正殿より奥に進んだことのないアセビは、中庭に出たところで覆面ふくめん姿の連中に囲まれた。

「な、何者だ!」

「リュンヌ・ギアだな。騒いだら殺す。おとなしく我々とい」

刺客しかく!? ここは皇宮のド真ん中だぞ!?)

 つまり、内部の人間が手引きしなければ、そう簡単に待ち伏せることはできない。覆面姿の連中は、短剣をちらつかせてアセビを北舍きたやどの裏まで歩かせると、数人がかりで衣服を取り払った。

(……な、なんなのだ、こやつらは! ……わたしを殺す気ならば、中庭でさっさと切ればよいものを、なぜ、わざわざ裸身はだかにする必要が!?)

「おい、見ろよ。なんだ、こりゃ」
「これは……、もしや、貞操帯ではないか」
「なに? 性交渉を不可能にする鍵付きの下着か」
「ど、どうする? このままでは何もできないぞ」
「ふん、こんなもの、引きちぎってやる」

 覆面のひとりが短剣で鍵穴を壊そうとしたが、アセビの頭突きを喰らって吹き飛んだ。

「このアマがァ! 死にてぇのか!」
 
 地面に押し倒され、手足をつかまれていたが、声をあげることはできた。

「おぬしらこそ、寵主わたしに手をだすとはいい度胸だ! 女だからといって軽んじるでないぞ!」

 腕力を発揮して、覆面を振り切ったアセビの視界に、見知った顔の男が映り込んだ。


✓つづく
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

魔法使いと繋がる世界EP1~三つ子の魂編~

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

烙印を抱えて

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

淫乱教師の肉体は暗闇で熟す

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:17

結婚したのに最後迄シない理由を教えて下さい!【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:406

鯉のいない池のほとりで

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

タイトル未定

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...