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スーツの下の化けの皮
第4話
しおりを挟む土曜の朝、幸田は待ち合わせ場所へ向かうため、事前に用意した菓子折りを手にすると、早めに家をでた。年上の自分が、学生より遅れて到着するわけにはいかない。約束の時刻より30分前にバス停留所へ着くと、ベンチに腰かけた。新緑の季節らしく、そよ風が吹いてくる。
しばらくして、無地のTシャツにVネックのカーディガンをはおり、ジーンズ姿の姫季が近づいてきた。遠目からでも目立つレッドブラウンの髪が、さらさらと風に揺れている。
「やあ、姫季くんだね」
幸田はベンチを立ちあがり、軽く腕をあげて挨拶したが、姫季は(あからさまに)顔をしかめ、溜め息を吐いた。
「おっさん丸出しじゃんか」
「うん? なんのことだ? ……あ、ああ、この服装かい?」
姫季は幸田の正面で足を止めると、ブロードシャツの袖口を指でつまみ、「コットンか」と、つぶやいた。衣料品店にて取り扱われる一般的な長袖のシャツに、スキニーフィットジーンズという幸田の私服を、酷評してくる。
「なんでボルドー? レギュラーカラーで選ぶなら、明るめの色にしろよ」
「そ、そうなのか?」
「あんたの肌色に、くすみ系は似合わない」
「……なるほどな。次からは参考にするよ」
専門分野を学ぶ姫季のことばには説得力があるため、幸田は素直に肯定した。遠慮のない口調も、学生という身分が判明した以上、それほど気にならなかった。なにより、姫季は耳に心地よく響く声音をしている。
「それ、なに?」と、
姫季は、ベンチに置いた紙袋を指さして訊く。
「羊羹とマロンケーキだ。先日の礼にと思って買ってきた」
「どっちも甘そうだな」
「苦手だったかい?」
「もらわなきゃ食べない部類だ」
「そうか。きみは辛党なんだな」
「珈琲……」
「え?」
「ブラックコーヒーとなら、甘いものでも食べるから、ついてきなよ。おれの部屋まで案内する」
「きみの? しかし、こんなおじさんがいきなり伺ったりしたら、きみのご両親が驚きやしないか」
「おれ、すぐそこのマンションで、ひとり暮らしだから」
「ひとり暮らし……」
幸田は、苦虫を噛み潰したような顔をしたが、姫季は背を向けて歩きだしている。知り合って間もない他人を部屋に招待するとは、警戒心が(いくらか)欠如している。だが、幸田は社名入りの名刺を渡しており、姫季も造形大の学生である事実をうちあけている。素性を承知している仲につき、必要悪に身構える必要はないのかもしれない。そう結論づけた幸田は、誘われるがまま、学生の部屋を訪れることにした。
「……あのさ」と、
少し離れてついてくる幸田に、姫季は肩越しにふり向いて文句をつける。
「背後を歩かれると気持ち悪いんだけど」
「それは、すまないね」
「目的地が同じなんだから、隣を歩けばいいだろ」
「いいのかい?」
「なにが」
「こんなおじさんと肩を並べて歩いても」
「あんた、さっきから卑屈な発言してるけど、それってワザと?」
「いや、本心だよ」
「だったら、その考えは改めたほうがいいぜ。幸田さんは、そこまで老けて見えないから」
「どうもありがとう」
「べつに褒めてないし……」
顔を背ける姫季だが、短い会話の流れで、幸田は若者に対して、親しみやすさを覚えた。
✰つづく
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