スーツの下の化けの皮

み馬

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スーツの下の化けの皮

第50話

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 去年の春、姫季は石津と出逢い、恋に落ちた。激しく燃えあがる感情のまま肉体を捧げたが、ラブホテルで事件が起きた。濃密なセックスをしたあと、勉強のため海外へ留学すると告げられた姫季は、頭が真っ白になり、凶暴性をあらわにした。石津と離れたくないあまり、一方的に攻撃して、外的に傷つけてしまう。幸田はまだ、彼らの痴情ちじょうのもつれを知らずにいたが、姫季を救済できる唯一の存在だった。もっとも、姫季がかかえる問題は、ひとつだけではない。


「はい、これ」
「どうもありがとう。すまなかったね」

 週末、マンションへ腕時計を取りに足を運んだ幸田は、玄関先で受け取ると、姫季に「寄っていかないの?」と訊ねられた。石津と接触した件を話しておくべきか悩んだが、姫季のほうから質問を受けるまで伏せておくことにした。また、昼間からふたりでいるところを目撃され、下手な追求をされては厄介につき、ランチへ誘いだす予定をあきらめた。

「きょうは帰るよ」という幸田に、姫季の顔は曇りを見せる。
「デートしたい」と要求されたが、首を横に振る。旅行を控えているふたりは、くすッと笑い合った。

「ねぇ、幸田さん」
「なに」
「……おれのこと好き?」
「ああ」
「どこら辺が?」
「俺の知るかぎりのすべてかな」
「……そっか。サンキュー」
「どうかしたのか」
「ちょっと不安になっただけ。おれたちの関係って、誰からも祝福されないから……」
「そんなふうに、周りの意見を気にして落ちこむ必要はないよ。他者の価値観と個人の幸せは、まったくの別ものだからね」
「……うん、ありがとう。……キスしたい」

 幸田は玄関の扉を閉めると、姫季の肩を引き寄せてくちびるを重ねた。

「……ㇵんっ、……んっ、ぅんっ」

 姫季は切ない声でがり、咽喉のどをふるわせた。浅い口づけをくりかえしていると、いきなり胸もとを突き返された。

「姫季くん?」
「あ、あのさ……、これ以上続けると、勃っちゃうから……」
「ああ、調子に乗りすぎたようだ。すまない」
「だから、いちいち謝るなってば!」

 幸田は笑みを浮かべて腕時計をめると、マンションをあとにした。強い陽射しを浴びながら駅舎へ向かい、電車に乗って帰宅する。まもなく、一年で最大の仏事といっても過言ではない墓参りのシーズンとなり、近所の集会所から、盆太鼓を練習する音が聞こえた。


✰つづく
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