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スーツの下の化けの皮/二幕
第59話
しおりを挟むことばや態度で拒絶しても、姫季は幸田を必要としている。あるいは、自分の要求を自然と受け入れ、精神的な支えとなり、安心感や満足感を与えてくれる父性というものに惹かれていたのかもしれない。信頼できる関係は、さまざまな問題が発生しても、共に思考をめぐらせ、解決していくことが可能である。残念ながら、あらゆる意味で肩の力をぬく方法を忘れてしまった姫季は、好感を抱いた存在に執着するいっぽう、失うことを過剰に恐れていた。
夏季休暇を利用して、山奥の温泉地へやってきたふたりは、旅館の一室で心を通わせることに成功した。幸田は、腕にしがみつく姫季の肩に手を添え、静かに語る。
「……心配しなくていい。俺は、どこにも行きやしない。たとえ何かあったとしても、きみから離れる選択はしないと約束しよう。……ぬいぐるみのように、毎日いっしょに寝てあげることはできないが、いつもきみのことを想っている」
項垂れて瞼を閉じていた姫季は、ゆっくり顔をあげた。好きになった男と至近距離で目が合うと、下半身が欲望の在り処を主張してくる。マンションにもどれば、孤独な日常が待っている。だが、幸田の温もりを肉体に刻むことができたならば、ひとりの時間も寂しくはない。強さを分けてほしかった姫季は、「抱いて」と告げた。
「……ああ、そうしよう。俺も、がまんできそうもなくなった」
互いに作り笑いをして、キスをする。それから、ひとりずつ湯を浴びにいき、夕食の膳を片付けたあと、布団を敷いて抱き合った。
「……幸田さん、……大好き」
股のあいだに頭をすべり込ませた幸田は、姫季の陰部を咥え、開口部へ指を添えた。欲望の内側を刺激される肉体は従順に反応し、深奥へ導く準備が整ってゆく。
「こ、幸田さん……、もうそこはいいから、早くきて……!」
切望していた温もりを手に入れた瞬間、快感と苦痛に身悶える姫季は、うるんだ瞳で幸田の顔を見つめた。
「……ね、ねぇ、ちゃんと気持ちいい? 男を抱くのって、初めてなんだろ?」
「……ああ、きみの内部は熱くて、最高の居心地だよ。……締めつけてくる感触もちょうどいい」
幸田の精神は、奇妙なほど落ちついていた。肉体は興奮状態でありながら、姫季を気づかう余裕が残されていた。
✰つづく
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