曙花町男娼夜鷹坂

み馬下諒

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〘60〙やみつき

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「や、やぁッ! 信じらんない……!!」

 ハルチカの意見に耳をかしたヒシクラは、性交渉こそ断念したが、やはり少しは手をだしておくべきだといって、いつもの展開になる。革張りの長椅子に誘導されたハルチカは、そこで下半身を弄ばれた。しかも、ふだんは手を使ってくるヒシクラだが、きょうにかぎっては、熱い舌で陰茎を舐めまわす。

「い、いやッ、でちゃう! も……う……でるから……ッ、」

 高価な食材を味わうかのように、じっくりと細部まで舌を這わせてハルチカをあえがせるヒシクラは、射精の瞬間を見逃さず、尖端を咥えこんだ。

「う、嘘でしょ? 今、おれの……、のんだ!?」

 股をひろげて唖然となるハルチカは、ぐっと腰を低めて自身の興奮を鎮めるヒシクラを見て、本当は挿入したいはずだと思った。

「……あ……あんたって、本当に禁欲主義なんだ。……ふつう、ここまでしたら、最後までがまんできない……よね……。……ご、ごめんなさい、」

「おまえさんの気持ちなら、伝わってるよ。……だがな、タカムラがおれになにをさせたいのか、わかったような気がしたから、手を使わなかったまでだ。凌辱したつもりはないが、少しはりただろう?」

「……それじゃあ、やっぱり、おれのせいで、こんどはヒシクラさんが、」

「こんど?」

「ヒョウエが体罰を受けたのも、哥さんが減俸処分されたのも、全部、おれが枕席でおおげさな声をあげたから……、」

「うしろやぐらは、そんなにきつかったのか? まあ、あのときは三日目だったしな。体力的にも、おまえさんはがんばったほうだと思うぜ。」

 ハルチカの下腹部を手ぬぐいで拭きながら会話に応じるヒシクラは、男娼の負担を軽減するため、定休日を設けるという結論と、即日から体制を変化させた楼主の判断を高く評価した。また、特別休暇(有給みたいなもの)や、三夜連続での性交渉を禁じるなどの追加事項もあり、違法行為が見過ごされやすい花町の娼館としては、快適な職場環境へと進化した。

 身なりを整えたヒシクラとハルチカは、あらかじめ用意されていた茶器と焼菓子に目を留め、ふたりで休憩することにした。見たこともないブランド品のティーカップで紅茶をひと口のんだハルチカは、酸味とほろ苦さを感じた。ショコラケーキはやみつきになる甘さで、パクパク食べてしまった。長椅子の背もたれに寄りかかるヒシクラは、ハルチカに好きだと告白されたが、それは特別な感情ではなく、共同体に対する親近感や、畏敬の念といった区分に等しいため、親密な関係を望まれたわけではない。青年が愛の対象に選んだ人物は、アカラギである。一途いちずな感情は、人間の基礎を強くする。性の変化は自由であり、個人の水準を他者が損ねてはならない。

 初めて食べるショコラケーキを、子どものような笑顔でほおばるハルチカを見つめるヒシクラは、無意識に笑った。タカムラの知的で型破りな気概を認めるいっぽう、性の営みに美徳価値を求める必要があるのかどうか、思考をめぐらせる。

 生殖行為による刹那の快楽は、中毒やみつきになる。成熟した肉体は、共同作業(いわゆる性交セックス)を生活の一部として永続的に取り入れたがるもので、欲望のけ口は弱者に向けられやすい。タカムラは、確立された社会的地位を放棄した男だが、権力は保有していた。稀に見る逸材(アカラギという人財じんざい)が娼館で働く理由は誰にも語られていなかったが、十八歳のキリコに性教育をほどこしたアカラギ(当時二十三歳)は、まちがいなく刹那の快楽を経験しているはずだ。やみつきになったかどうかは不明だが、ハルチカへの手ほどきは熱心だった。 


✓つづく
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