逃げ出した令嬢は魔術師に求婚される

奏多

文字の大きさ
23 / 29

私の今後の行動方針

しおりを挟む
 ひとまず私への興味はそれで収まったので、彼らは砦の中のどこに滞在場所を作るかと話し合いながら、オリヴェイル先生の部屋を出た。

「そうそう、わしはオリヴェイルから上の部屋を借りる手はずになっているからな」

 一番に宣言したのは老魔術師だ。

「転移用の部屋の隣ですから、狭いですし、いいですけど」

 バイアのやや不満そうな声がする。

「それなら私は一階の……」

 とバイアが続けようとしたところで、家庭教師風の女性魔術師が口をはさんだ。

「一階はご老体の補助も兼ねて、私が常駐するように言われています。そこも台所などがあるぶん、部屋が狭いですから、お弟子さんと隣同士の部屋を設けられる、砦の西側の部屋が良いかと思いますよ、バイア殿」

 しかも部屋の位置をそれとなく指定してきた。
 嫌だと言うこともできるだろうけど、それは青年によって封じられる。

「ああ。石づくりの建物は寒くなりますからね。残照が長く部屋に入る西に窓がある部屋の方が夜もいくらか温かいでしょう」

「お師匠様、私温かい方がいいです!」

 ミージュという名前の弟子にもねだられ、バイアは他の人と一緒に砦の西の方へ移動していったようだ。

 主塔が静かになったところで、ジュリアンが私を呼びに来た。

「食事は済みましたか?」
「はい、もう部屋を出ても……?」

 ジュリアンがうなずき、そのままオリヴェイル先生の部屋へ手を引かれていく。
 中にはまだ、老魔術師マドリガルと家庭教師風の女性魔術師がいた。
 思わずびくっとして立ち止まると、二人が苦笑いした。

「大丈夫ですよ、セリナ。この二人は事情を知っています」

 ジュリアンが微笑んでそう言うので、ようやくほっと息をついた。
 すぐに私は二人に一礼した。

「失礼なふるまいをして申し訳ございません、魔術師の方々」

 すると二人は、おっと言いたげに目を見開いてから、微笑んでくれる。

「貴殿の状況はうかがっております。見を隠されたい事情がありながら、ご協力いただきありがとう存ずる。わしはマドリガルと申す魔術師。協会長とも知己の古参であるので、問題があれば知らせてくれたら対応させていただく」

 協会長の知己だと初対面の私に教えるのだから、友人関係にあるのだろう。
 そういった人が私の事情を知ったうえで協力してくれることと、そうなるように配慮してくれたオリヴェイル先生やジュリアンに感謝の気持ちが湧く。
 そっと視線を向けると、私の気持ちがわかったようにジュリアンがうなずいてくれた。

「私はメディアといいます、セリナ嬢。竜の研究をしてきました縁で、今回参加させていただきました。オリヴェイルとも同期の魔術師で気心も知れていますので、オリヴェイルに相談しにくいことがあれば私にお知らせくださいね」

 魔術師メディアは流れるような所作で一礼した。
 賢く理知的で、とても頼りになりそうな女性だ。

「セリナです。お二人にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」

「本当に、想像以上に穏やかなお嬢様だったのですね。本当に人の噂はあてにならない。実地調査の大切さをしみじみと感じますわね」

 メディアがそう言ってほぅっと息をつく。
 研究と同列に語るあたり、彼女は生粋の研究家なのだろう。

「さよう。真実というものは、おのれの手で掴むまではおいそれとその全体像を掴めぬものよ」

 うなずいたマドリガル老が、優しい目をしていった。

「問題はバイアだけじゃな。ケルンやミージュは問題ない。というかミージュはお目付け役みたいな状態だが、あの婦人だけは俗世にしがみつきすぎて、いまだに魔術師になった自覚が乏しいようだ」
「お目付け役の、お弟子さん?」

 マドリガル老の表現からすると、ミージュという女の子の方が協会に近しくて、その意思を受けて動いているようだけど……。

「さよう。バイア殿は、コーレル侯爵家の出身。今の王妃殿が養女となった家なのでな。王家にも影響が強く、」
「養女ですか? あの、初耳です」

 まさか王妃が養女だったなんて思わなかった。
 王家の嫁ぐために、上位の家の出身ということにしたのだろうか。

「王妃はもともとメイドでな」
「メイドっ!?」
「国王がどうしてもと言って聞かず、王妃の利用価値を感じたコーレル侯爵家があのメイドを養女にしたのだよ。王家もそれで彼女を王妃に迎えたわけだ」

 マドリガル老の話に、驚くと同時に納得もする。
 あの王妃が妙にメイドに肩入れするのは、自分と同じ状況だからか。
 国王も反対しなかったのは、自分がそうだったから息子の主張に反論できなかったのと、一応貴族出身だからかもしれない。
 
「そろそろ明日以降の予定を話し合いましょう」

 そこでジュリアンが言う。

「誰か国王や貴族に通じる人間が来そうだとは思いましたが、バイア殿となれば、少し彼女の正体を知られるまで時間を置きたいですね。なのでオリヴェイル先生とも話したのですが、早朝にひっそりとここを訪れて、花を増やしたり様子を見ることにしたいと思います」

 メディア達がうなずいた。

「必要な時だけでもいいと思うの。花の増え方については、ジュリアンだけが確認に来てもいいぐらいよ。本当は私とかが知らせに行ければいいんだけど……」

「手紙の転送陣なんて作ると、魔力の流れでどこと連絡をとっているのか調べられてしまいそうですし。砦から出入りをしていると、何があるのかとついて来かねないですよ、メディア」

 オリヴェイル先生の言葉に、メディアはうなずく。

「ええ。だからジュリアンが確認に来て、必要だった時だけセリナ嬢を連れて来るべきですわ」
「わしもそう思うな」

 マドリガル老もうなずいた。
 それで私の行動方針が決まったので、他の魔術師に見つからないように、こそこそと砦を出たのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。 女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。 そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。 夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。 だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……? ※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません…… ※他サイト様にも掲載始めました!

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

公爵令嬢は皇太子の婚約者の地位から逃げ出して、酒場の娘からやり直すことにしました

もぐすけ
恋愛
公爵家の令嬢ルイーゼ・アードレーは皇太子の婚約者だったが、「逃がし屋」を名乗る組織に拉致され、王宮から連れ去られてしまう。「逃がし屋」から皇太子の女癖の悪さを聞かされたルイーゼは、皇太子に愛想を尽かし、そのまま逃亡生活を始める。 「逃がし屋」は単にルイーゼを逃すだけではなく、社会復帰も支援するフルサービスぶり。ルイーゼはまずは酒場の娘から始めた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...